女神ユキ
文字数が10万を越えました。やっとです。
ゲームでの"死"とは何かと聞かれれば、ほぼ全員がこう答えるだろう。
【戦闘不能状態】と。
HPが0になれば自分のキャラクターは倒れ操作することは出来ない。
そして、ある一定時間の間に"蘇生"を受けなければ倒れたキャラクターは姿を消し最後に訪問した神殿へと転送される。
その際、手持ちの資金は減るものの他のリスクは全くない。
だからプレイヤーにとってゲーム内での死というものは然程の脅威とはならないのだ。
勿論、俺もそう考えている。
この世界に飛ばされた初日。熊に襲われたあの日。死ぬという恐怖を確かに感じた。
だが今の自分はゲームキャラクターのユキであり、この世界はサウザンドメモリーと全く同じ世界だと確信した時…いや、熊を倒したあの時からかもしれない。
『これはゲームなんだ』
心のどこかで、そう思っていた。
だから仮に自分が戦闘不能になったとしても最悪神殿に送られるだけだと楽観視していた。
だが実際はどうだ?
今、目の前で起こっている"コレ"も"ゲーム"だというのか?
嗅いだこともない生臭い鉄の臭い。
悲鳴にも似た叫び声をあげる騎士達。
ある者は片腕を失い、ある者は両足を失い、それでも剣を握り締め魔物へと挑みそして―――絶命していく。
地獄絵図。
「うっ――!?」
胃がグルグルと回りだし吐きそうになる。なんとか堪えるが、不快感は増すばかり。
『逃げろ。』
本能がそう告げる。
だが足はガタガタと震え一歩も動くことが出来ない。
そして…――。
俺が立ち尽くしている間にも視界では多くの騎士が命を失っていく。
何人も…何人も…。
『逃げろ』
………だ。
『こんなのどうしようもないだろ?』
……めだ。
『俺の責任じゃねぇよ。さっさと逃げちま――』
だめだ!!
右の拳で力一杯顔を殴る。
防具で守られていても顔と手には痛みが走った。
確かに逃げたい。あぁ逃げたいさ!
脳からの危険信号は止まることなく鳴り響く。
でも俺なら……ユキなら救えるだろ!?
目を反らすな。
大の男がなにやってる!
やれることやれよ!精一杯!!
それが椎名優樹に出来る唯一のことだろうが!!!
バッと手をかざしシステムウィンドウを開き、迷うことなく職業を選択し女神の項目をタッチする。
黒い鎧は一瞬で消え、見慣れたヒーラーの装備が身を包む。
覚悟は決まった。
いくぞ、椎名優樹。
出し惜しみなしで!全力で!!やれることをやってみせろよ!!
地図を拡大しNPCの場所を把握する。
パーティー登録がされていないのでHPの状況は分からない。
だったら…ここにいる"全員"を回復させる!
「月光陣!」
詠唱と同時に半径1メートルの魔方陣が足元に浮かび上がる。
タンクがいない状況で使うのは自殺行為だが今は選んでいる場合じゃない!
「迅速術!」
後退している部隊で最も敵の軍勢と接触している場所……まずはそこだ!
「ハイヒールオール!」
迅速術の効果でスキルは詠唱なしで発動。
俺が目標と定めた騎士を中心に、青白い光が円状に広がる。
「な、何だ!この光は!?」
「見ろ!傷が…。」
「嘘だろ!?腕が戻って…。」
はっきりとは聞こえないが、ハイヒールで効果は十分のようだ。
光術師が使用する回復スキルは大きく分けて3段階。
ヒール<ハイヒール<エクスヒール、となっている。
回復量が多いエクスヒールはMP消費も多く詠唱時間も長い為、大勢を回復するには不向き。かといってヒールでは回復量が足りない可能性もある。
事前に時限設置型スキルの月光陣を使っているので、魔方陣から出ない限りは回復量が上昇するがそれでも不安が残る。
ならば燃費は良くないが詠唱時間が短く回復量もあるハイヒールが最善の選択だ。
「神速術!ハイヒールオール!!」
少しでも詠唱速度を短縮するため神速術を使い、ハイヒールオールを何度も発動させる。損害の激しい前線から徐々に後方へ隙間が出来ないようターゲットを選ぶ。
今俺がすることは敵を倒すことじゃない。これ以上死者を出さないことだ!
地図で味方の現在地を確認。陣形が半崩壊している為まばらではあるが、密集地から最も離れているは敵の数もそこまで多くない。移動するだけなら大丈夫だろう。
自分のMPを確認。レベル・装備のおかげもありハイヒールオールを連打しても7割といったところだ。
まだ十分あるようにも思えるが、俺からしてみれば7割というのは軽い危険信号である。
不意の事態が起これば対処するスキルを使わなければならない。そういったスキルは大体燃費が悪い。下手をすれば一気にMPが無くなるからだ。
「天使の微笑み!」
MP自然回復速度上昇スキルを迷わず使う。
"アレ"を使うならこのタイミングだ。
天使の微笑みのもう1つの効果であるヒールヘイト半減が付いている今やらなければならない!
「いくぜぇぇ!効果範囲最大!聖域!!」
両手を上げ、ヤケクソ染みた声で叫ぶ。すると、上空から巨大な光の輪が姿を現す。
俺が両手をゆっくり下げると、光の輪もゆっくりと落ちていく。
直径は約1キロ。このサイズはゲームでも見たことがない。職業女神の効果だろうか?
「マルコォォォいるかぁぁぁ!!」
マルコ達が南門に配置されているのは知っていた。
無事であるなら返事があるはず…。
「ユ、ユウキさん!?これは一体―――。」
「説明は後だ!全員その輪の中に集めろ!今すぐ!!」
「わ、分かりました!!」
地図に表示されている黄色の点は徐々に聖域の効果範囲内へと集まっていく。
永続設置型スキル聖域。
効果範囲内にいる味方を対象にHP自動回復と物理・魔法防御力上昇の効果を与える。
効果範囲は任意で選ぶことがことが可能だが、範囲が広ければ広いほど消費するMPも多い。
永続設置型スキルではあるがあくまでもMPが続く限りの話であり設置している間MPは減り続け、0になれば自然消滅する。
また、スキル使用中は他のスキルを使うことは一切出来ない。
本来はボスの回避不可能な全体攻撃で全滅を防ぐ際に使うんだけどな。
チラリとMPバーを確認。天使の微笑みの効果があるにも関わらず、ゴリゴリと俺のMPは減っていく。
片手を腰のポーチに突っ込み高純度マナ水を取りだし一気に飲み干す。味は最悪だ。
「でもま、とりあえずこれで窮地は脱したか…"あいつら"は。」
天使の微笑み効果は時間は1分。そろそろ効果は切れるが手持ちのマナ水は腐るほどある。
我慢して飲み続ければサスケが来るまで聖域を維持することは可能だ。
問題があるとすればそれは―――。
「そりゃ、こっちに来るわな…。」
敵の大群は一斉に方向転換し、一直線でこちらへ向かってくる。
何回も使用したハイヒールオール。
そして今も継続して設置している聖域でのヒールヘイトが、俺が来るまでに蓄積された味方へのヘイトを軽く上回ってしまったからだ。
「ざっと300はいるか。」
数はあるが相手は雑魚。
今の俺は暗黒騎士より防御力は落ちるものの、ヒーラーの最強装備を付けている。
加えて、職業効果で死霊系からのダメージは半減出来る。
スキルは使えないがHP回復アイテムを使えば持久戦に持ち込めるだろう。
そうなれば、後はサスケの到着を待つだけ―――。
「なんだ…これ…。」
地図には敵が表示されている。今までの進行速度から考えても、ここに来るまで時間はまだかかるはず。
だが1つだけ。
紫色をした丸だけが異常な速さでこちらに向かってくる。
ボスなのは知っているが、こんな移動速度のボスなんて聞いたことないぞ!?
ふと視線を上げると、大きな土煙をあげながら"ソレ"はグングンこちらへと近付いていた。
次第に聞こえる地鳴りのような足音。
姿ははっきりと見えないが、かなり大きいということだけは分かる。
そして………。
遂にその姿が肉眼で確認出来た。
「冗談だろ…おい……。」
犬だ。
全身真っ黒の巨大な犬がそこにはいた。
だが普通の犬ではない。
頭は3つあり、両足に大きな鉄球付きの鎖を引きずり、炎を撒き散らしながら俺目掛けて一直線に向かってくる。
俺はソイツを知っていた。
ケルベロス。
地獄の門番として有名なヤツはサウザンドメモリーにも勿論いた。
"8人パーティー限定クエスト"のボスとして。
「ははっ…こりゃ終わったな……。」
ケルベロスに勝ったことは何度もある。攻撃パターンも全て覚えている。
今ヤツは移動をしているわけではない。俺に向かって"突進攻撃"を仕掛けているのだ。
本来の動きは遅いが、突進攻撃時は溜めのモーションから一気に加速してくる。
その威力は強大で、装備の揃った上級職のタンクであってもノーバフならHPの5割は持っていかれる。
そんな攻撃をヒーラーの俺が受けたらどうなるか?
結果は言わなくても分かるだろう。
ほぼ即死だ。
回避をするならまだ間に合う。
だが、ここで俺が動けば聖域は消えてなくなる。
今こっちに向かっている敵はいい。ヘイトが完全に俺へと向かっているのだから。
だが増援で向かってくる敵はそうはいかない。
そうなれば、さっきまでと同じ状況が生まれてしまう。
「一発なら…。」
一発なら耐えれる。
装備の中にはHPが最大値まである時、即死級の攻撃を受けてもHP1で踏ん張れる効果があるものも混じっているからだ。
だがHP1とはどんな状況なのか?
ゲームではHP1だろうが見た目に変化はなかった。
だがここでは違う。腕が千切れても、内臓が破裂しても、想像を絶する痛みが走っても、"生きているなら"HPが残っているということだ。
そんなことを考えている間にもケルベロスは猛スピードで向かってくる。
地図の距離から考えるに回避はもう間に合わないだろう。
こうなったら覚悟を決めるしかない。
「一発受けたら全回復…一発受けたら全回復…一発受けたら全回復…。」
一瞬でHPを最大値まで回復するスキルはある。MP消費もないので便利だが、リキャストタイムが尋常でないほど長いやつだ。
それを使えば生き残れる。
……タイミングさえ間違わなければだけど…。
「グオォォォォォォン!!」
咆哮をあげながら迫るケルベロス。
恐怖で目を閉じる。これはどうしようもなかった。
痛みが走ればダメージがあったということだ。
少しでも痛みが走ればすぐに使う。すぐだ!!
歯を食い縛り力一杯手を握る。
ガタガタと体は震え漏らしそうなほどだ。
「南無……三!!」
次の瞬間。
戦場には爆発でもしたかのような衝撃音が響き渡った。




