もう一人の転生者 ①
まだ失踪していません。
辛うじて軽傷です。
人間の根源とはなにか。
多分それは"欲求"なのだと私は思う。
他人よりも裕福でありたい。
他人よりも美しくありたい。
他人よりも賢くありたい。
他人よりも強くありたい。
人の欲求は尽きることがない。
現に、この私…ルミナス王国第二王女ソフィア=ラトゥーナにも欲求はある。
だがそれは叶わないもの―――"だった"。
私にはお姉様の様な力もなければ、お兄様の様な知力もない。
王位継承権第三位ではあるものの、私が王位に就くことなど現状まずあり得ないのだ。
他を圧倒する力が欲しい。
お姉様よりも…お兄様直属の聖騎士長よりも強い力が……。
そして―――私は手に入れたのだ。
あの二人に負けないほどの力を――。
「衛兵の連絡によると、じきに遠征部隊が戻ってくるそうです。」
部屋の窓から城下を見下ろし、私はそう口にする。
部屋には私以外の姿はない。
でも大丈夫。
あいつには、常に私の警護をしろと命じてある。
どうせどこかに隠れているに違いない。
「先行部隊の話では癒し手を無事に捕獲。加えて大型種の討伐に成功…。お姉様は戦力を、お兄様は戦果を手に入れる…。なのに、私は何も得られない…不公平だとは思いませんか?」
「…。」
「ですが、それも今宵まで…。貴方の存在を公に発表いたします。」
「…!」
「準備をしておきなさい。私に恥を欠かせないよう…いいですわね?貴方は私の下僕なのですから。」
胸が高鳴る。
こんな気持ちはいつ以来だろう?
「必ず叶えてみせますわ…私の欲求を―――。」
◆◆◆◆◆◆◆
アスタルクを出発して二日目の昼頃。
俺達は無事、王都ルミナスへと辿り着いた。
サウザンドメモリーには三大都市と呼ばれる街がある。
森の住人、エルフが治める国【リーフライト】
アニマと呼ばれる獣人の住む国【ゴルドバ】
そしてここ、【ルミナス】
プレイヤーは最初に種族を選択すると、各三大都市付近にある【始まりの街】へと飛ばされる。
そこでチュートリアルを終わらせると、職業を得る為に首都へ向かうのが一般的な流れだ。
俺のキャラクター【ユキ】は種族が人間だったので、ルミナスがホームグラウンドと言ってもいい。
「僕は先に報告があるので、ユウキさん達はウォードさん達に着いて城へ向かって下さい。では。」
そう言い残すとマルコは駆け足で城へ向かう。
お互いの剣を交えてから、マルコは俺のことを"さん"付けで呼ぶようになった。なんだか弟が出来たみたいだ。
「さて、我々も行きましょうか。それとも街を少し見て回りますかな?それぐらいの時間はありますぞ。」
笑顔で答えるウォードに対して、サラの表情は険しい。余計なことで振り回すなといった感じに見える。
「私は…少し疲れたので休める場所に行きたいのですが…ユウキさんはどうされますか?」
慣れない旅だったのだろう。アリアンナはかなり脱力気味。
俺としても少し休みたい気持ちはあるが…。
「少し用事があってな。知ってる街だ、案内はいらない。アリアンナを先に城へと連れていってもらえるか?」
「承知した。門番にはマルコ殿の名前を告げれば通すはず。後は衛兵が案内するよう手配しておこう。」
「無理を言ってすまない。助かる。」
感謝を伝えると、俺は一人マーケット広場へと足を進めた。
◆◆◆◆◆◆◆
マーケット広場は多くの人でごった返していた。
流石は首都といったところか。アスタルクの軽く倍はいる。
沢山の露店、そこから響く威勢の良い売り子の声。
つい足を止めて物色したくなるが、ここはぐっと我慢の子。
今は目的を早く済ませ、城に向かわなければいかん。
まぁ…行く義理は本来ないのだが、アリアンナを一人にさせるわけにもいかないしな。
「えっと…確か武器屋の隣だったよな…。」
ゲーム内マップを思い出しながら目的の場所を探すこと数分。
あっさりとそれは見つかった。
看板の文字はさっぱり読めないが、店の造りがゲームそのままなので間違いないだろう。
保管所だ。
保管所とは名前の通り、プレイヤーの装備・アイテム・素材・金などを預かってくれる施設である。
偽りの塔攻略直後に転生した為、俺の所持しているアイテムや装備はかなり偏っていた。
今後のことも考えて、所持品の入れ替えと現金を引き出しておくべきだろう。
「あの…すみません。」
「いらっしゃませ!安心・安全のジルマ保管所へようこそ!本日はどのような御用件でしょうか?」
ニコニコと営業スマイルを作りながら、ゲーム内と同じ台詞を口にする受付嬢。
「預けてた物を引き出したいんだが。」
「かしこまりました。お客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あー…えっと……ユキ…です。」
「ユキ様ですね?すぐにお調べしますので少々お待ちください。」
そう口にすると、受付嬢は一冊のファイルを取りだし慣れた手付きでページを捲っていく。
おそらく登録者名簿なのだろう。
「あの……お客様…。」
先程までの営業スマイルから一変。
ファイルを持つ手を震わせながら、受付嬢の顔が一気に青ざめる。
「もう一度ご確認致しますが…登録名は……。」
「ユキですが……登録ないですか?」
「い、いえ!しょ、少々お待ちください!!」
店内奥に走っていく受付嬢。
一体なんだっていうんだ?
◆◆◆◆◆◆◆
「こ、こちらでお待ちください!それではっ!!」
深く一礼をすると受付嬢は緊張した面持ちで部屋を出ていく。
あの後、『店主が直接手続きをします』と説明された俺は店の裏口から店内に案内され客間のような場所に連れてこられた。
部屋には高そうな壺やら絵画やらが並んでいる。
結構儲かってるんだな…。
そんな風に見渡していると――。
コンコン
ドアをノックする音。
「はい。」
「失礼しますにゃ。」
ドアノブが回り、開く。
そこに立っているのは一人の小柄な女の子。
見た目は15~6といったところ。
栗色のボブヘアーに大きな丸眼鏡。
顔と同じくらいの鈴が付いたチョーカー。
服はブカブカではあるが、まるで大富豪の様な派手目のデザイン。
そして、スカートの両端には2つのそろばんがぶら下がっている。
「お初にお目にかかりますにゃ。店主のジルマと申しますにゃ。ユキ様。」
深々と頭を下げるジルマと名乗る少女。
彼女の語尾から大体想像がつくだろう。ジルマは人間ではない。人間にはこんな"耳"と"尻尾"は付いていないからだ。
「………ジルマさん…でしたっけ。」
「なんですかにゃ?」
俺の問いにピコピコと耳を動かす。
実に愛らしい動き。今すぐにでもモフモフとしたいところだが、俺にはどうしても聞かねばならないことがある。
「さっきから気になっているんですが……その語尾―――。」
「にゃ?あぁ、気にしないで下さいにゃ!」
「いや、無理だろ!なんで"にゃ"なんだよ!どう見たって――。」
ピョコピョコと揺れる長い耳。
フリフリと動く丸い尻尾。
どこからどう見てもウサ耳とウサ尻尾じゃねーか!!
「いやー、この方が良いと親父殿から教わりまして…にゃっはっは。」
あっけらかんと答えるジルマ。
落ち着け。
落ち着くんだ、椎名優樹。
寛大だ。
寛大な心で現実を受け止めるんだ。
もしかすると、親戚に猫系がいるのかもしれない。
そうだ。きっとそうに違いな―――。
「ちなみに、一族全員がウサギのアニマですにゃ。」
猫の要素は微塵も見当たらなかった。




