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第9話 美少女との昼休みは視線が痛い

 白河が迎えに来ると、佐伯は俺の顔を見た。

 弁当を出すと隣の男子にも見られ、入口まで視線がついてきた。


「……そんなに珍しいかよ」

「珍しいに決まってるだろ」


 佐伯は隠す気がなかった。

 他の連中も、急に教科書へ目を落とす。昼休みに、そんなに熱心に勉強するクラスだったか。


「水野さん、行きましょう」


 白河が少しだけ声を強めた。

 俺が入口へ着くと、男子が身を乗り出した。


「なあ、二人って付き合ってんの?」

「まだ。でも今、待たせてるから」

「まだって、いつからまだ?」

「昨日もまだ。明日のことは俺に聞くな」

「どこまで行くの?」

「昼飯。お前は何段階先の質問してるんだ」


 俺が廊下へ出ると、後ろで佐伯の声がした。


「帰ってきたら取材、続けていい?」

「お前、弁当の中身なら答えるからな」


 白河は俺の弁当を見た。

 留め具を親指で確かめてから、俺のほうへ戻る。


「唐揚げですか?」

「何で分かる?」

「さっきから、傾けないように持ってるので。卵焼きなら、そんなに動かないですよね」

「弁当を読むな。俺の顔にしてくれ」

「顔は、毎日見たいです」

「順番に聞くべきだった」


 白河は弁当を抱えて歩き出した。

 俺も追った。顔を見ると、何を言われたかまた思い出す。


 中庭へ出る前に、購買へ寄った。

 白河の弁当だけでは、今日は足りないらしい。


「甘いパン、買いたくて。朝から決めてたんです」

「プリンパン、残ってるぞ」

「一個……二個でも変じゃないですよね」

「二個、食べるの?」

「一個は弟に。買わないと、私のを食べるので」


 白河は二個取って、会計を済ませた。

 鞄へしまうとき、一つだけ端末で写真を撮る。


「名前、書くんじゃなかった?」

「写真があれば、帰ってから数を間違えません」


 俺はパンの袋を見た。

 そんなにして守ったものを、今日も弟に一口取られるのかもしれない。


「俺が取ったら?」

「水野さんには、最初から分けます」

「差がすごいな」

「好きな人なので。取る前に言ってください」


 言われた俺まで、自分の分のパンを買いそうになった。


 ◇


 中庭に座り、二人で蓋を開けた。

 白河の弁当は、おかずが綺麗に並んでいる。色もいい。

 俺のは、端から端まで茶色い。


「毎朝、作ってるの?」

「詰めるのは。これは昨日のおかずで、こっちは冷凍です」

「それでも綺麗だよな。俺の、唐揚げが全部こっち向いてる」

「……本当だ」


 白河が笑いながら覗いた。

 真ん中の卵焼きに、唐揚げが押し寄せている。


「卵焼き、甘いんですか?」

「母さんの。甘いよ」


 白河は自分の弁当へ目を戻した。

 箸が、唐揚げの手前で止まる。


「一個、交換しませんか」

「白河も、甘いの好き?」

「好きです。あと、水野さんの好きな味、食べてみたくて」


 俺の箸も止まった。


「じゃ、じゃあこれ」


 二人同時に差し出して、箸がぶつかった。

 白河が引っ込めたので、俺も戻す。

 もう一度出すと、また同時だった。


「俺、先に置く。箸、待ってて」


 白河の弁当に卵焼きを載せた。

 唐揚げが俺の弁当に来るまで、なぜか息を止めていた。


「……出来た」

「緊張しちゃいましたね」

「交換するだけなのに」


 白河はまだ笑っている。

 卵焼きを口に入れると、その笑顔が少し変わった。


「甘い。おいしいです」

「よかった」


 俺も唐揚げを食べた。

 これも甘めで、ちゃんとおいしい。


「これ、好きだな」

「冷凍です。私、袋から出しただけで」

「後で名前教えて。これ買いたい」


 白河は頷いたあと、ちょっと困った顔をした。


「悔しいので、そのうち私が作ります。この唐揚げより褒めてください」

「作るの?」

「卵焼きは、練習してます。底だけ、よく焦げます」

「火、強いんじゃない?」

「弱くすると、待ちきれなくて上げちゃうんです」


 白河が、箸で空中をくるっと回した。


「見てると母が来て、横から弱くするので。最近は、任せてます」

「俺も、焦がす前に母さん呼びそう」


 おかずを食べながら、家の話をした。

 昨日のメモ帳は出てこなかった。


 渡り廊下から、足音が近づく。

 バスケ部の女子たちだった。冬花も一緒にいた。


「……ここで食べてたんだ」


 冬花が立ち止まった。

 白河の弁当を見て、俺の弁当を見た。

 俺の箸は、唐揚げの上で止まっていた。


「教室だと、落ち着かなくて」

「そっか」


 冬花の友人が、先へ行きかけて振り返る。


「冬花、行こ」

「うん。……また教室で」


 俺も頷いた。

 冬花は何か言いかけた顔のまま、友人を追った。


 甘い卵焼きを、冬花と交換したこともある。

 思い出してしまって、しばらく箸が動かなかった。


「水野さん」


 白河はこっちを見ず、弁当の蓋を膝に置いた。


「今度の図書室の展示、一緒に考えてもらえませんか」

「雨の日のやつ?」

「一人だと、同じ本ばっかり選びそうで」

「俺でよければ」


 白河がこちらを向いた。


「水野さんが、いいです」


 箸を持つ手に力が入った。


「一緒にやろう」


 白河が笑った。

 俺は、残っていた卵焼きを指した。


「もう一個、いる?」

「いいんですか?」


 白河は弁当を俺のほうへ寄せた。

 今回は交換じゃなくて渡す。箸もぶつからなかった。

 渡した途端に、弁当が白河の体のほうへ戻る。


「取らないって」

「今、一個余計にもらったので」

「俺、返せって言いそうに見える?」

「弟なら言います。自分でくれたあとでも」


 白河は卵焼きを食べて、今度は空いた場所を俺へ見せた。


「もう返せません」

「嬉しそうに証拠を消すな」


 俺も唐揚げを食べた。教室へ戻ったときの取材には、こっちの名前だけ答えよう。


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