第10話 完璧な美少女にも苦手なものがある
白河の紹介カードは、三行だった。
俺のは、枠からはみ出した。
「……これ、小さい字なら入るかな」
「離れると読めなくなっちゃいます」
図書室の展示は、『雨の日に読みたい本』。
選んだ理由を書いて、入口の棚へ飾る。
俺は好きな場面を全部入れて、まだ終わらない。
「面白いところ、削りたくないんだよな」
「私も、そこ好きです。でも、書いちゃうと先に分かっちゃいませんか」
結末まで書きかけていた。
紙を裏返す。
「何も知らない人に勧めるの、難しいな」
「水野さんは、読み終わってどう思ったんですか?」
「……最初から、もう一回読みたくなった」
「それ、私も思いました」
白河が本を引き寄せた。
好きなところを言いかけて、俺を見て止まる。
「あ、私まで話しちゃうところでした」
二人で笑った。
カードには、『最後まで読んだら、最初のページに戻りたくなります』と書いた。
今度は枠に収まった。
次は、棚の飾りだ。
白河が色鉛筆を並べ、迷わず一色取った。
「絵、描けるんだ?」
「傘と猫にします。猫は、いつも描いてるので」
任せて、俺は画用紙を切った。
しばらくすると、隣から消しゴムを使う音がした。
かなり長い。
「大丈夫?」
「もう少しです」
白河は紙を腕で隠した。
出来たものを見せてもらうと、俺は喉の奥で変な音を出した。
「……これ」
「猫です」
丸い頭に、三角の耳。そこまでは分かる。
体から、細いものが二本伸びていた。
「しっぽ、二本ある?」
「片方は、後ろ足です」
「こっちの?」
「そっちが、しっぽです」
白河も覗き込み、すぐに紙を伏せた。
「猫って言ったら、猫なんです」
「俺、犬だとは言ってない。まだ」
言いながら、また喉が鳴った。
白河は唇を結んで、紙を自分のほうへ寄せた。
「水野さんも、描いてください」
「俺も得意じゃないよ」
「描いてから言ってください」
色鉛筆を渡された。
丸と三角で顔を描く。体は諦めた。
白河は俺の紙を見て、少し肩を落とした。
「……猫ですね」
「顔だけだから」
「私も、顔だけにすればよかった」
伏せた紙を、そっとめくる。
白河はじっと見て、それから俺を見た。
「足はあります。どっちを足にしたら、納得してもらえますか」
そこは譲ってくれるらしい。
俺は口元を手で隠しながら、一本を指した。
「こっちを少し短くしたら、たぶん」
「たぶん……」
白河が鉛筆を動かした。
短くなった後ろ足に、爪が増えた。
俺は駄目だった。
「ごめん、無理」
「笑っていいです。でも、猫じゃないって言ったら、水野さんのも外します」
白河も、紙を見たまま肩を揺らした。
「……なんで増やしたんだろ」
その声に、余計笑ってしまった。
返却本を持ってきた後輩が、俺たちを見た。
「楽しそうですね」
「猫、描いてたんだ」
白河が隠すより先に、俺が紙を持ち上げた。
後輩は顔を寄せる。
「あ、雨に濡れた猫ですか。毛がこうなって」
背中のとがった部分を指した。
白河がぱっと顔を上げる。
「そう、それです」
たぶん、今決まった。
後輩が帰ったあと、俺はまた紙を見た。
「飾ろうよ。雨の日の展示だし」
「本当に?」
「俺のと並べれば、同じ猫だって分かるし」
「水野さんの隣にあると、余計、変じゃないですか」
「……じゃあ俺も、体を描く?」
白河が俺の鉛筆を止めた。
「そのままがいいです」
猫を切り抜き、傘の飾りの下へ並べた。
一匹は顔だけ。もう一匹は、びしょ濡れらしい。
白河が少し離れて眺めている。
「変だけど……可愛いかもしれない」
「俺、結構好きだよ。こっちの猫」
白河は棚へ手を伸ばした。
猫の向きを少しだけ直す。
「……捨てなくてよかった」
白河はまだ笑っていた。俺もつられて笑った。
今度は、ごまかすためじゃない。二人とも、この猫が可笑しい。
「次の飾りは、顔だけにします」
「犬?」
「猫です。私、まだ負けたままなので」
「誰に?」
「……猫に」
白河は新しい画用紙を取った。
俺は隣で傘を切り始める。猫の表情まで負けず嫌いになってきたので、こっちは笑わない傘にした。
「水野さん。明日、この猫、どこが変か教えてください」
「今でよければ」
「今日はもう知ってます。明日の分を、残してください」
白河が画用紙を鞄へ入れた。
俺も笑ってうなずく。そんな理由でも、明日また話せるのは嬉しかった。




