第7話 学園一の美少女と図書当番
図書室の入口で、制服の袖を引っ張った。
別に、変な格好はしていない。朝から同じ服だ。それでも白河に会う前に、もう一度確かめたくなった。
「こんにちは、水野さん」
「こん……こんにちは」
挨拶からやり直すな、俺。
白河は挨拶には触れず、返却本を指した。
「今日は三十一冊です。こっちの一覧、お願いできますか?」
「任せて。本なら得意だから」
「本なら?」
白河が一覧を胸へ抱えた。
俺は返却本を一冊持ち上げ、やけに大きくうなずいた。
「さっきの挨拶は、本じゃなかった」
「聞きました。こんにちはを二回」
「忘れる作業から始めてくれ」
白河は笑いながら紙を渡した。
番号を確認して、本を分ける。出来る。やっと普通に仕事が出来る。
「これ、小説の棚だよな」
「旅行です」
「旅をする小説だと思った」
「地図もついてますけど」
「親切な小説だと思った」
白河は俺の手から本を取り、地図を広げた。
俺の言い訳、北海道の道路に負けた。
「本なら得意って、どの本でしたか」
「貸して。今から得意になる」
取り返しかけたら、白河はその本を旅行の本の山へ戻した。
俺には、分け終えた小説の山が渡される。
「水野さんは、こっちです」
「信用がなくなってる」
「私が好きな人なので、本までなくすと困ります」
「本はなくしてないからな?」
台車を押す白河を追った。
余計な言い訳をすると、白河の返事まで強くなるらしい。
高い棚の本を戻すあいだ、下の棚は白河が片づけた。
最後の一冊だけ、白河の腕が止まる。
「どうした?」
「これ、さっき見た本だったので」
返す前に開き直している。
俺が待っていると、さらに一ページめくった。
「面白い?」
「ここだけ」
「あと三秒で閉じないなら借りよう」
「三秒は短いです」
「じゃあ、貸出処理してやる」
「……本当に借りたいです」
俺は笑って本を受け取った。番号の確認を終えてから、白河の分を貸し出す。
ほかの本も一度見直した。さっきの俺を信用していいのは、俺くらいだ。
「水野さんも、読みませんか」
「白河が読み終わったら借りる」
「返すの、少し早くします」
「そこは急がなくていい。面白かったところ、あとで聞かせて」
白河が本を抱え直した。
いつもの当番に、待つものが一つ増えた。
◇
当番のあと、自販機の前で白河が立ち止まった。
「水野さんは、ミルクティーですよね」
「今日はココアにしようかな」
「いつもそうやって迷って、ミルクティーですよね」
押しかけた指が止まった。いつもの俺じゃん。
「よく覚えてるな」
「……当番の帰り、一緒になることがあったので」
「俺、そんなに分かりやすい?」
白河は答えず、紅茶のボタンを押した。
缶を取って、鞄の口を一度開けてから閉じた。
「見てたんです。水野さんを」
声が、少し小さくなった。
「好きだと、どうしても。……変ですか」
「変じゃない」
冬花の好きな飲み物なら、俺も覚えていた。
頼まれなくても買えるくらいに。
「俺も、そうだったし」
言ってから口を閉じた。
白河は一度うなずいて、缶のふたを開けた。
「じゃあ、私のも覚えてもらえたら嬉しいです」
無糖の紅茶。
「甘くないほうが好きなの?」
「飲み物は。お菓子は甘いのが好きです」
「プリン、まだ取られてる?」
「昨日も。帰ったら、もう空でした」
白河は缶をぎゅっと握った。
弟の話になると、遠慮がなくなるらしい。
「今度は奥に隠しとけば」
「奥から探すんです、あの子」
困った顔が可笑しくて、笑ってしまった。
白河は唇をとがらせたが、少しすると自分も笑った。
「次のお昼、聞きたいことがあるんです」
「また紙、書いた?」
「これはメモ帳です」
「持ち運べるようになっただけじゃん」
好きな食べ物、休日、音楽。小さい字がずらっと並んでいた。
白河は俺を見てから、そっとページを折った。
「お昼一回では、全部聞けないですね」
「俺が食べる隙間も残して」
「はい。食べ物の質問からにします」
「そういう隙間じゃない」
最後の行が、指に隠れた。
気になるけど、覗き込むのはやめておく。
「じゃあ、明日食べない?」
白河が顔を上げた。
「明後日じゃなくて?」
「俺から迎えに行く。二年A組だよな」
「待ってます」
メモ帳を閉じる手が、少しもたついた。
俺は自販機を振り返って、ようやくミルクティーを買った。
「やっぱり、そっちでした」
白河が嬉しそうに言った。
ココアにしようとしていたことは、もう忘れていた。




