第5話 「私はずっと好きでした」
翌日の当番では、約束どおり書架整理を引き受けた。
白河はカウンターで、同じ本を二度手に取っていた。
「それ、さっきも確認してなかった?」
「……しました」
「珍しいな」
「水野さん、今日は見ないでもらっていいですか」
目が合うと、白河は本へ顔を戻した。
俺は慌てて棚に向き直る。
昨日の失敗で、俺を委員から外す相談だったりして。
それにしては、白河が緊張しすぎだ。
分からないまま仕事を終え、鍵を返した。
「中庭でもいいですか。ここだと、人が来るので」
白河についていった。
ベンチの前で止まり、鞄を両手で持って向き合う。
「失恋したばかりなのに、ごめんなさい」
「それは気にしなくていい。俺が勝手に――」
「気になります」
白河が顔を上げた。
「昨日、つらそうだったから。こんなときに言ったら、困るだろうなって」
「何を?」
白河は息を吸い、開きかけた口を閉じた。
「……でも、何も言わないままは嫌なんです」
今度は目をそらさなかった。
「私はずっと、あなたが好きでした」
風で木の葉が鳴った。
その音だけを、しばらく聞いていた。
「……俺?」
「水野奏太さんが、好きです」
名前まで言われた。聞き間違いでも、俺の思い込みでもない。
「待って。俺で、合ってる?」
「水野奏太さんです」
「俺の名前、学年にもう一人いたり……」
「いません。出席番号まで言いましょうか」
「そこまで調べてるの?」
「……聞いたことがあるだけです。今、それは忘れてください」
俺を見ていた白河が、鞄へ目を落とした。
俺は慌てて顔を上げる。
「ごめん。疑いたいんじゃない。ずっと冬花しか見てなかったのに。俺なんかを、白河が好きだって……」
白河は鞄を握り直した。
「私、結構頑張って言ってるんですけど」
声は小さかった。でも、ちゃんと俺に向いていた。
「好きになった人のこと、俺なんかって言われるのは……少し、寂しいです」
「……ごめん」
「信じてほしいです」
白河の頬は赤かった。
鞄を持つ指まで震えている。
「いつから?」
「一年生の五月です。図書委員の仕事で、助けてもらったんです」
「そんなに前?」
去年の五月。返却本が多かったことくらいしか出てこない。
「俺、何したっけ」
「私には、嬉しかったことです」
白河は少し笑った。
「でも、ずっと冬花を――」
「知ってました」
答えはすぐ返ってきた。
「好きな人がいるの、見てたら分かりましたから。私のことも見てほしいなんて、言えなくて」
冬花を待つ俺を、どんな顔で見ていたんだろう。
「今だって、いいタイミングじゃないのは分かってます。でも、また何も言わずに終わるのは……嫌だったんです」
白河は声が詰まっても、笑ってごまかさなかった。
「今日は、返事をもらおうとは思ってません。好きだってことだけ、知ってほしくて」
「どうして好きになったか、聞いてもいい?」
「ちゃんと話します。でも、今日は……もう、いっぱいいっぱいで」
白河が鞄へ顔を落とした。
嬉しかった。俺を見てくれた人がいた。
昨日から詰まっていた息が、少し通った。
でも、嬉しいから付き合う、でいいのか。
俺は白河のことを、ほとんど知らない。
寂しくなくなりたいだけで手を伸ばしたら、今度は俺が傷つける。
「白河。嬉しい。本当に。でも、今すぐ付き合うって返事はできない」
白河の肩が揺れた。指が鞄を強く握る。
俺は慌てて続けた。
「待って。断りたいんじゃない。説明するから、聞いてほしい」
白河が顔を上げた。
「……聞きたいです」
俺が言葉を探す間も、白河はそこで待ってくれた。




