第3話 「勘違い」と笑われた
告白する日の朝、靴下を左右別々に履いていた。
履き直して玄関を出たら、今度は鞄がない。
学校に着くだけで、もう疲れた。
昼休みには箸を落とした。洗って戻ると、隣の冬花が消しゴムを握ったままノートを見ていた。
「それで何か書くつもり?」
「え? ……あ」
冬花は慌ててペンに持ち替える。
「奏太だって変じゃん。さっきから全然食べてないし」
「箸洗ってきたばっかだろ」
卵焼きへ伸ばした箸が震える。
冬花もこっちを見るたびに、目をそらした。
「二人とも、何かあった?」
「何もない」
「別に何も!」
同時に答えてしまい、周りが笑った。
笑うつもりが、口元だけ引きつった。
◇
放課後、冬花は部活へ行かなかった。
「今日は休むって言ってきた」
「練習が終わってからでもよかったのに」
「私が待てなかったの。……早く聞きたいし」
冬花は窓に映る髪を直していた。
俺は鞄を開けて閉じた。必要なものなんか、入っていない。
校門を出ても、本題には入れなかった。
暑いね、と冬花が言う。暑いな、と俺が返す。
昨日もこんなに暑かったっけ。明日も暑いかな。
俺たちはいつまで、天気で時間を稼ぐつもりなんだ。
「奏太、話って……」
「分かってる。ちょっと待って」
いつものコンビニと、公園を通り過ぎる。
住宅街へ入ったところで、俺は足を止めた。
「冬花」
「うん」
冬花も止まった。鞄の持ち手を両手で握っている。
言え。ここまで来たんだろ。
「好きな人の話、してただろ」
「……うん」
「あれ、俺のことじゃないか?」
冬花の目が大きくなった。頬が赤くなり、視線が泳ぐ。
それを見て、俺は続きを口にした。
「俺も冬花が好きだ」
声は震えた。それでも、ちゃんと言えた。
「幼馴染とか、そういうんじゃなくて。ずっと、女の子として好きだった。冬花も同じなら――」
「あはっ」
冬花が笑った。
いつもの、兄さんにからかわれたときみたいに。
「何それ。自分のことだと思ったの? 勘違いだから」
続きを言う口のまま、俺は止まった。
冬花も、笑った顔のまま止まる。
「……違うのか?」
冬花の指が鞄の持ち手をねじった。
うなずきかけて、目をそらす。
「奏太とは、そういうのじゃないって。いつも言ってるじゃん」
いつも。
確かに、ずっと聞いていた。
俺だけが今度は違うと思ったのか。
ノートに丸までつけて、冬花に見せて。
「ごめん」
冬花の笑いが消えた。
「待って。今の、いつもの――」
「いつもの冗談だって分かってたのに。俺が勝手に期待した」
そう言うと、冬花の口が閉じた。
昨日、怖いと言っていたのは、好きな人に断られることだったんだろう。
俺に断ることまでさせてしまった。
「変なこと言って、ごめん」
歩き出した。
後ろで一歩だけ靴音がして、止まった。
角まで、わざとゆっくり歩いた。
冗談じゃないと言ってほしかった。まだそんな期待をしていた。
名前は呼ばれなかった。
端末が震え、すぐ取り出した。
『帰りに牛乳を買ってきて』
母さんからだった。
画面を閉じ、いつものコンビニへ戻った。
◇
「冬花ちゃんは?」
家で母さんに聞かれた。
「用事じゃない?」
牛乳を渡して、二階へ上がる。
机には、告白の言葉を書いた紙があった。
丸めかけてやめた。引き出しへ押し込む。
好きじゃないなら、仕方ない。
でも、笑わなくてもよかっただろ。
そこだけは、何度考えても飲み込めなかった。
明日から無視するつもりはない。挨拶もするし、必要なら話す。
ただ、冬花だけを特別にするのはやめる。
部活を待つこと。飲み物を買うこと。昼に隣の席を空けておくこと。
全部、俺が好きでしていたことだ。
続けたら、また期待する。笑ってくれただけで、まだ好きかもしれないと思ってしまう。
夜、冬花からメッセージが来た。
『おやすみ』
いつもなら、俺から話題を付け足した。
今日は同じ言葉だけ返した。
勘違いだったなら、もう勘違いしない。
そう決めないと、明日も冬花の返事を待ってしまいそうだった。




