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第2話 好きな人は、どう考えても俺

「ねえ、奏太。男の子って、手作りのお菓子とか嬉しいかな?」


 翌日の昼休み。冬花は弁当を開けるより先に、俺の机へ椅子を寄せてきた。


「作る人によるんじゃない?」

「私だったら?」

「俺に作ってくれるの?」


 冬花が目を丸くした。俺、今、何て言った?


「だから、もらったら嬉しいか聞いてるんだけど」

「嬉しいよ。焦げてなければ」

「焦げたのは一回!」

「硬かったのも一回?」

「それは同じクッキー。失敗を二つに分けないで」

「噛んでも割れなかっただろ」

「奏太が最後まで食べたから、おいしいと思ったの!」

「途中から意地だった」

「返して、あのときの感動」

「クッキーならまだ奥歯にいるかも」

「いない! 新しいの作るから!」

「俺に?」

「作るとしたらの話!」


 さっきより声が大きい。教室で秘密の相談をする音量じゃなかった。


 冬花は弁当を開けると、俺の卵焼きを一つ取った。


「あ、それ最後の――」

「唐揚げあげる」


 唐揚げを置かれた。文句を言う前に、卵焼きは冬花の口へ消えた。


「二人とも、それで付き合ってないの?」


 近くの女子が笑った。


「付き合ってないよ! 奏太とは、そういうのじゃないし」


 思わず唐揚げを見た。

 今は冬花より、こっちを見ていたかった。


「じゃあ、藤宮の好きな人って誰?」

「それ、友達の話だから」

「昨日、自分の恋愛相談って言ってなかった?」

「だから友達の……。奏太も、何か言ってよ」


 急に振られて、俺まで慌てた。


「俺は相談に乗ってるだけで。冬花に好きな人が――」

「ちょっと来て!」


 冬花に腕を引かれ、椅子から立ち上がる。


「弁当だけ持ってっていい?」

「後で戻るから!」


 俺の唐揚げが、机の上で遠ざかっていった。


 ◇


 廊下へ出ると、冬花は俺の腕を離した。


「好きな人がいるとか、あそこで言わないでよ」

「冬花が相談してきたんだろ」

「奏太にだけ話してるの。みんなに聞いてほしいわけじゃない」


 俺にだけ。

 その言葉を、もう一回聞きたくなった。


「分かった。で、その人、同じクラスなの?」


 冬花はうなずいた。


 部活には入っていないけど、放課後もよく学校に残っているらしい。

 俺も帰宅部で、放課後は図書委員の仕事をするか、冬花を待っている。


「委員会は?」

「それ言ったら、もう分かっちゃうじゃん」

「分かってほしいんじゃないの?」

「分かってほしい。でも、私が先に好きって言って、奏太に『え、そんなつもりなかった』って顔されたら……無理」


 冬花は俺の袖をつまんだ。


「だから、ちゃんと気づいてよ」


 目が合い、俺は冬花の肩越しに教室を見た。


「……佐伯とか?」


 袖をつまんでいた指が離れた。


「本当にそう思ってる?」

「違うと思う。でも、一応……」

「一応で、ほかの男の子の名前出さないでよ」


 冬花は口をとがらせた。俺は慌ててうなずく。


「その人とは、保育園から一緒」


 同じクラスで、保育園から一緒。どう頑張っても俺しかいない。


「それって――」

「もう分かるでしょ?」


 冬花はそう言うと、教室へ戻っていった。

 俺は返事をする口のまま、廊下に残された。


 答えを言わせたいなら、最後まで聞いてくれ。


 ◇


 放課後、図書室でヒントをノートに並べた。

 同じクラス。保育園から一緒。帰宅部。放課後も学校に残る。

 ほかの男子の名前を書いては消し、最後に残った名前を丸で囲む。


『水野奏太』


「……俺じゃん」

「水野さん?」


 俺はノートを閉じた。挟まったシャープペンシルが、机の上を転がる。

 隣に立っていた白河春奈が、そっと止めてくれた。


「ごめんなさい。考えごとの途中でした?」

「宿題の前に、ちょっと考えごと」


 白河はノートを見ようとせず、ペンだけを俺へ返した。


「今日も藤宮さんを待ってるんですか?」

「ここにいると落ち着くからね」

「……それなら、よかったです」


 白河が笑ったので、少し気が緩んだ。


「あのさ。好きな人の話をされて、その条件が全部自分だったら、自分だって思う?」


 言ったあとで、ノートを見せようとした。

 開きかけて止まる。俺の名前に丸までつけている。こんなの、見られたら恥ずかしくて死ぬ。


「いや、やっぱり……ごめん」

「じゃあ、見ませんね」


 白河は俺がノートを閉じるまで、カウンターのほうを見ていた。


「その条件、そんなにぴったりなんですか?」

「冬花、名前だけ言わないから――」


 あ。

 そこは伏せておくつもりだった。


「今の、内緒にしてもらっていい?」

「誰にも言いません」


 白河は少しだけ口を開いた。俺を見て、それから机へ目を落とす。


「私、恋の相談はうまく答えられなくて。ごめんなさい」

「急に変な話してごめん。忘れてくれていいから」

「……変な話だとは、思ってないですよ」


 白河は何か言いかけ、空いた椅子を戻した。

 俺もノートを問題集で隠した。丸つきの俺の名前、まだ見せられない。


 ◇


「奏太、帰ろう」


 練習を終えた冬花が、図書室へ迎えに来た。


「その前に、ちょっとだけ」


 向かいに座ってもらい、ノートを見せた。

 冬花は自分の言った条件を読み、それから俺の名前を見た。


「……なんで紙に書いてるの」

「漏れがあると困るから」

「私の恋愛、忘れ物チェックじゃないんだけど」

「期待して違ってたら嫌だろ」


 冬花は俺の名前に置きかけた指を引っ込めた。


「奏太なら、もし駄目でも普通に帰れそう」

「無理だろ」

「……無理?」


 俺は自分の名前を隠した。今さら隠すほうが恥ずかしい。


「その相手と、前みたいには話せなくなると思う」

「そんなの、困るじゃん」


 冬花の声が急に小さくなった。

 ノートを閉じようとすると、端を押さえられた。


「待って。その人、甘い卵焼きが好き」

「俺だ」

「小さいころ、公園で転んだ私をおぶって帰ってくれた」

「それ、俺も覚えてる」

「私が部活の日は、図書室で待っててくれる」


 名前以外、全部俺だった。


「……俺のこと、って思っていいのか?」


 冬花は目をそらした。耳まで赤い。


「ここまで言って、まだ私に聞くの?」

「だって、お前、いつも冗談言うから」

「今回は冗談じゃないよ」


 小さいけど、はっきりした声だった。


「今のままでも楽しいじゃん。もし駄目だったら……前みたいに話せなくなるかもしれないし。そういうの、怖いんだよ」


 冬花はノートの角を押さえていた。俺の名前のところには触らない。

 俺だって、その名前を丸で囲むだけで時間がかかった。


 冬花にだけ、最後まで言わせるつもりだったのか。


「明日、ちゃんと話す。冬花に、話したいことがある」


 少し声が裏返ったけど、言い直さなかった。


「今日じゃ駄目?」

「今、頭の中ぐちゃぐちゃだから。変なこと言いたくない」

「さっき、佐伯くんって言ったくせに」

「だから明日にしてくれ。もう間違えたくない」


 冬花がやっと俺を見た。

 口元が緩んで、また恥ずかしそうに伏せられる。


「分かった。明日、逃げないで聞く」

「俺も逃げない。だから、ちゃんと聞いて」


 ◇


 帰宅後、鏡の前で練習した。


「冬花。俺は――」


 自分と目が合う。

 そこから先が出ない。


「……す、好きだ」


 鏡の中の俺からすら目をそらした。

 明日は冬花だぞ。ちゃんと顔を見て言えよ、俺。


 布団に入っても、冬花が顔を赤くしたところばかり思い出した。

 あんなにヒントをくれた。明日、逃げないで聞くとも言った。


 もし、勘違いだったら?


 その可能性を消そうとするほど眠れなくなって、俺はほとんど徹夜で告白の日を迎えた。


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