第1話 幼馴染に恋愛相談されました
「奏太。今日の帰り、恋愛相談に乗ってほしいんだけど」
六時間目のチャイムと同時に、幼馴染の藤宮冬花が俺の机へ来た。
鞄へ入れかけた教科書を戻した。
「……俺に?」
「うん。男の子に聞きたいことがあって」
「女子の友達に聞けば?」
「今、男の子って言ったじゃん」
聞こえていた。聞こえていたけど、できれば聞き間違いであってほしかった。
冬花とは保育園からの付き合いだ。家は徒歩二分。登下校も、昼飯も、だいたい一緒。
そんな冬花が、俺は好きだった。本人には言っていない。
「奏太には話せると思ったんだけど。嫌?」
「聞くよ。部活のあと?」
「よかった。じゃ、あとでね!」
冬花は笑うと、今朝俺から借りた辞書を鞄へ入れた。
「それ、部室に忘れるなよ?」
「持って帰るって。待っててね!」
そこで冬花の端末が鳴った。画面を見た途端、鞄で隠す。
「兄貴、何だって?」
「帰省したら奏太の顔も見たいって」
「俺、土産買ってないけど」
「土産じゃない。『そろそろ義弟?』って……いや、違う! 今のなし!」
俺は口を開けたまま止まった。
冬花は俺より先に、廊下へ向かって声を張る。
「奏太とはそういうのじゃないから!」
「誰も聞いてないだろ」
「だから今のなしって言ったじゃん。うちの兄キ、何年同じことで笑うの」
鞄を抱えて出ていく背中を見た。あの返しも、何年も聞いていた。
兄さんに一度くらい言い返してくれたら、と思うのは俺の都合だ。
恋愛相談までしてきたくせに、そこは否定するのか。
それでも俺は、帰る支度をやめていた。
「今の、引き受けたの?」
近くで帰り支度をしていた佐伯が、俺の顔を見た。
「断れなかった」
「お前、藤宮好きなんだろ?」
「声。あと、机に寄るな。恋愛の話をする距離だ」
「距離で隠せると思ってる?」
「俺になら話せるって言われたら、聞くだろ」
「じゃあ、俺になら言えるよな。藤宮が好き?」
「お前は一回帰れ」
佐伯が嬉しそうに鞄を持った。俺だけ何も解決していない。
◇
図書室へ入ると、カウンターの白河春奈と目が合った。
同じ図書委員だが、必要なこと以外はあまり話したことがない。成績優秀で、学園一の美少女と呼ばれている人だ。
「あれ、水野さん。今日は当番じゃないですよね?」
「ここで宿題しながら冬花を待つんだ」
「藤宮さんを……。部活、まだかかりそうですか?」
「一時間くらいかな」
「窓際、空いてますよ」
席を教えてくれたあとも、白河は俺を見ていた。
「毎日、待ってるんですね」
「家が近いからね」
「……そうなんですね」
白河が貸出記録へ目を落としたので、俺も窓際へ向かった。
数学の問題集を開く。五分後、まだ一問目のままだった。
冬花の好きな人って、誰だろう。
俺の知らないところで、もう告白されていたりしたら――。
シャープペンシルの芯が折れた。
「水野さん?」
顔を上げると、白河が返却本を抱えて立っていた。
「数学ですか。分からないところ、あります?」
「考えごと。問題はまだ見てない」
「……その日付、昨日のですよ」
ノートを見下ろす。昨日だった。
俺は無言で消しゴムをつかんだ。白河が小さく吹き出し、すぐに口を押さえる。
「あっ、ごめんなさい」
「冬花には内緒にして」
「言いませんよ。数学で詰まったら、呼んでくださいね」
「ありがとう。詰まったら頼む」
棚へ向かう白河を見送り、今日の日付を書き直した。
問題を考える前から、人に助けてもらってしまった。
◇
部活が終わるころ、校門横の自販機でスポーツドリンクを買った。冬花がよく飲む柑橘味だ。
「お待たせ!」
女子バスケ部の集団から、冬花が小走りで抜けてきた。
俺が渡す前に、ペットボトルへ手を伸ばしてくる。
「ありがと。柑橘のほうだ」
「そっちしか飲まないだろ」
「覚えてるんだ?」
「何回買ってると思ってんだよ」
冬花は笑って受け取り、鞄から辞書を返してくれた。
「でも、好きで待ってるんでしょ?」
辞書を鞄へ入れる手が止まった。
「俺、そんなこと言った?」
「私の部活が終わるのを待つの、って意味だよ?」
「部活の話だろ。分かってたって」
「じゃあ、なんでこっち見ないの?」
俺は辞書を押し込み、鞄を閉じた。
「帰るぞ。ほら、相談するんだろ」
「ちょっと、歩くの速いって」
追いついてきた冬花が、隣へ並ぶ。
しばらくは靴音と、ボトルの蓋を開ける音だけだった。
「私ね、好きな人がいるんだ」
つま先が地面に引っかかった。
冬花が俺の腕をつかむ。
「わっ。危ないって」
「平気。で、誰?」
「もう、ちゃんと前見て歩いてよ」
腕を離されたあとも、その場所だけ熱かった。
こんな状態で、ほかの男の話を聞くのか。
「名前は、まだ秘密」
「知ってるやつなら、少しは手伝えると思うけど」
言ってから後悔した。手伝いたいわけがない。
「名前は言わなくても、相談には乗ってくれるでしょ?」
「乗るけど、ヒントくらいくれ」
冬花は俺の顔を見て笑った。
「その人とは仲いいの?」
冬花によると、昔からの知り合いで、今も近くにいるらしい。学校も学年も同じだという。
「クラスも?」
「質問は今日はここまで」
「待て。俺の相談を持ち帰るな」
「困ってる人がいると、放っておけないの。昔からお節介で」
「いいやつじゃん」
「でも鈍感。ここまで言っても、全然気づいてないんだよね」
俺を見たまま言うので、落ち着かなかった。
昔から近くにいて、お節介で、鈍感。
……俺のことじゃないのか?
「だったら、もうちょっとはっきり言ったら?」
「今のでも頑張ってるんだけど。奏太にだけは、分かってほしいの」
「名前まで言えば、そいつも――」
「そこまで私に言わせるの?」
冬花の声が少し強くなった。
俺が黙ると、冬花も黙る。先に目をそらしたのは冬花だった。
「……もう、いい。明日、もっと分かりやすいヒントにする」
半歩前に出た冬花の耳が赤かった。
違う人の話なら、どうして俺にそんな顔をするんだよ。
分かれ道で、冬花が振り返る。
「明日も聞いてくれる?」
「ヒント、ちゃんとくれよ」
「じゃあ、また明日。ちゃんと考えといてね」
冬花は手を振って、自宅のほうへ歩いていった。
◇
夜、冬花からメッセージが届いた。
『好きな人、誰だと思う?』
返信欄へ『俺?』と打った。
送信ボタンに指を近づけて、やめる。
これ、違ったらどうなる?
冬花に好きな人がいると知った日に、俺が自分の名前を出す。明日から、どんな顔で会えばいいんだ。
消して、もう一度打って、また消した。
結局、送れたのはこれだった。
『明日、もう少しヒントくれ』
すぐに既読がつく。
『仕方ないなあ。鈍感な奏太くんのためにね』
その鈍感、俺のことだろ。好きな人のほうも、そうだろ?
送れなかった『俺?』が、また返信欄へ戻りそうになった。
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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
奏太と春奈、そして冬花のこれからを、少しでも好きになってもらえたならうれしいです。
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