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翌日の昼休み。食堂の隅にあるテーブルをバンドメンバーで囲んでいた。
伊織が教室を訪ねてきたのは、朝のホームルームが終わった後だった。勝手についてきた様子の星鳴を引き連れ、昼に話し合いをしたいと。
一瞬、紫乃のことが頭に浮かんだが今日は一緒に昼を食べる約束をしているわけじゃない。後ろ髪を引かれつつも、伊織の話に頷いた。
「——じゃあ、明日は軽音部のライブ用の曲を合わせましょう」
伊織がスマホを見つめながら締めくくると、他の面々が頷いた。
予定でも書いてあるのだろう。スマホのメモ帳にいろいろ書き込んでいると、星鳴が前に言っていた気がする。
その情報源は、伊織の隣でうんうんと頷きながら食堂のカレーと唐揚げ丼、コンビニで買ったらしき甘いドーナツを代わる代わる口に運んでいた。
その小さな体のどこに入るんだ、と毎回思う。
「じゃあ、それで」
真面目な話が一段落すると各自、昼ごはんを食べ始める。
……フライングしていた奴もいたな。
と言っても、話し合いの最中に食べてはいけない、なんて決まりはない。なんとなく、今日はそうだっただけ。
俺は弁当を取り出し、今日も緑一色でないことに安堵する。隣に座る駿佑も弁当と紙パックのコーヒー牛乳を取り出した。
「健太くんは、今日も愛情弁当?」
健太が取り出した弁当を見て、星鳴がからかうように言った。健太は3年生の先輩と付き合っていて、何度か一緒に帰っているところを見かけたこともある。
中学の頃から付き合っているらしく、初めて聞いたとき、ちょっと羨ましいと思った。
言われた本人は、どこ吹く風で「まあな」と、短く返した。からかいを受け流され、つまらなさそうに口を尖らせた星鳴は、
「そういえば——」
カレーをモゴモゴと食べながら伊織を見やった。
「どっちかにしなさい」
星鳴は一瞬、悩む素振りをしてカレーを優先した。かと思えば、食べながら謎のジェスチャーを始める。ギターとドラムを演奏する動きをして、指を二本立てる。最後に大きく両手を広げる動きを何度も繰り返す。
なんだ?
「二曲目は、もう少し考えさせて」
「んー、んー」
伊織の言葉に、星鳴は再び謎のジェスチャーを繰り返し、
「まあいいけど、今度ね」
「んー!」
「それは……高校生っぽくないんじゃない?」
「んー」
カレーを飲み込んだ星鳴は、大発明だと言わんばかりに表情を明るくして言った。
「朝起きたら五億円が口座に入っていた歌とか、いいと思う!」
「却下」
「むー」
伊織が切り捨てる。なんだ今の。今のでコミュニケーション成立していたのか?
「まあ、どっちかというと一曲目が暗めだし、二曲目は明るくてもいいかもな」
駿佑が何も気にしてない様子で言う。
「青春っぽい曲だな」
健太も気にした様子なく、無駄に真剣な顔つきでスマホを見つめながら呟いた。
たぶん、いつも通りサボテンを育てる謎のソシャゲをやってる。
よし。全部、見なかったことにしよう。
くだらない話を交えつつ、バンドの話をしていると、時間はあっという間に過ぎていった。
昼休み終了の五分前を告げるチャイムが鳴ると、
「じゃあ、みんな明日はよろしく——」
伊織が立ち上がった。
俺たちも後に続いて立ち上がる。食堂を出て、教室に戻るため階段を上がろうとしたところで、
「あ、ちょっと飲みもの買ってから戻るわ」
俺はみんなに背中を向けた。
今日は朝からやけに喉が渇いて、咳払いも多く、マイボトルのお茶を全部飲み干してしまっていた。ここから放課後まで飲み物なしは、このジメジメした季節には厳しい。
「あ、わたしもー」
すると、星鳴が隣に並んできた。
「デザートのココアをば」
「よく入るな」
「……まあ」
なぜか視線を逸らされた。不思議に思いつつも、廊下を並んで歩く。星鳴の歩幅に合わせて、気持ちゆっくりと。
俺は自動販売機のボタンを押しサイダーを買った。よく分からないブランドのもので、500ミリで100円と一番お安いやつだ。
予鈴が鳴っていたのもあり、昇降口のあたりは閑散としている。自動販売機が昇降口の近くにしかないのが、この学校唯一の不満かもしれない。しかも三年になると教室が三階になって、今よりさらに遠くなってしまう。
そういえば、この前聴いた紫乃のおすすめバンド。その曲の中にサイダーがどうとかいう曲があったな。なんて思い返していると、
「秋斗、おごって」
背後から、猫なで声が飛んできた。
「はぁ? 貧民から巻き上げんな」
星鳴は伊織と歌と演奏の動画を投稿している。
そういう話はしたことがないが、あれだけの再生回数があれば折半していても普通の高校生以上の収入があるはずだ。
対する俺といえば、お小遣いを貰ってなんとか生きている。今年の夏休みはバイトをする時間があるか分からないし、より一層の節約が求められることが予想される。
どう考えても俺がこいつに奢る道理はない。
「新しいギターちゃんを買いまして……えへへ。お金ありません!」
「お前……最初からそのつもりで」
さっき、妙に歯切れ悪く返答してきた理由が分かった。
「お願いっ! この御恩は、いつか必ず——」
ぴょんぴょんと俺が掲げた財布を狙って跳ねる星鳴。いや、身体を密着させないでほしい。俺が背を逸らしているのもお構いなしに、跳ねている。
「おねがーいー! 将来武道館でライブするとき呼んであげるから!」
「仮に叶ったとして、いつの話だよ! それ!」
そのとき、入り口の方から足音が聞こえてきた。俺たちはピタリと動きを止めそちらを見やる。
そこには紫乃が紙袋を持って立っていた。渡り廊下を使わず、視聴覚室から回って戻ってきたところなのだろう。
「あ、成瀬さん」
何事もなかったかのように紫乃を見やり、明るく言う星鳴。
紫乃は俺を見て、星鳴へ視線を移した。星鳴はもう離れている。けれど、さっきまでの光景を見ていたのかもしれない。
「…………」
その表情は、いつもの眠たげな顔に見える。いや、少し沈んでいるようにも見えて。
「なる——紫乃」
俺が呼びかけようとすると、紫乃は袋を握る手にぎゅっと力を込め目を逸らした。呼びかけには何も答えず、早足で立ち去ってしまった。
その背中が萎んでいるように俺には見えて、ただ見つめることしか出来なかった。
「いいなぁ。羨ましい」
そんな俺の内心もお構いなしに、星鳴が呟いた。
「……え?」
「成瀬さんって身長高くて、手足もスラッとしてるでしょ。理想の女の子って感じ」
頭に手を置きながら言う星鳴。
「それに、あれだけ身長があれば財布も取れたのに」
「おい」
笑いながら星鳴は自販機のボタンを押し、スマホを端末にかざす。ガコンという音がして、ココアの缶を取り出した。
「あるじゃん」
「おごりで飲むココアが、一番美味しい」
「無駄にキメ顔すんな」
「えへへ。あ、やばっ、チャイム鳴った。戻らなきゃ」
そう言って星鳴は走り出し、先に行ってしまった。
俺はその背中を追いつつ、紫乃の表情を思い出していた。




