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「告んないの?」
思いついたように、天井から視線を落としこちらを見る駿佑。
「分からん」
「好きかどうか?」
「それは……分かってる」
「じゃ、なにが問題なん?」
探るように見つめてくる瞳に、居心地が悪くなって目線を逸らしてしまう。
「…………」
黙っても追撃は来ない。俺の答えを待っている様子だ。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「どこまで、近づいていいのか、分からない」
「あんまし、上手くいってない感じ?」
「そういうわけじゃ……」
今日だって、一緒に教室まで戻った。それより前のことだって。それらはどれも、紫乃自身が選んだことだ。
それでも雨宮先生の言葉が、いつも頭の隅で半透明のように浮いていた。どう対応するのが正解なのかが、全く分からない。
「俺の存在が大きくなりすぎたら、何か間違えたとき、その分だけ傷つける気がして」
「難儀だなぁ、お前」
駿佑は呆れたように笑って、続けた。
「傷つけるかもって考えたら、誰とも関われなくね?」
「…………」
そう……なのかもしれない。
けれど、紫乃の冷たい手を知っている。俺が行けないと伝えなかった日、待っていたことも。紫乃の傷ついた顔を見ると——いや、考えただけで、胃の底に砂を詰められたような気分になる。
「……分からん」
今日、視聴覚室で手を振っていた紫乃を思い出す。その前の日も。前の日も。
会いたいと思う。近づきたいと思う。それと同じくらい、近づいた先で何かを間違えることが怖かった。
言い淀む俺を見て、駿佑はため息を吐いた。
「俺は、お前に2000回くらい傷つけられてる」
「なんだよ……急に」
「例えば今日、昼休みに『きも』って言われた。俺の心は深く深く傷ついた」
胸のあたりを押さえ、悲痛な顔をしてみせた。言わんとしていることが、よく分からない。困惑していると、駿佑はカバンからスマホを取り出し、存在を主張するように振る。
「全部、書いてあるから」
「いや……それは、キモイだろ」
得意げなその顔が、企てを思いついたような色に変わる。
「10000ポイント溜まったら、焼肉奢ってもらう予定な」
「そんな約束はない」
弱めにツッコむと駿佑は笑う。その顔がふいに、ふっと陰って「なあ」と切り出してきた。
「3年前のこと、憶えてるか?」
「あ、ああ」
三年前の夏、中学の頃の話だ。とあることで駿佑と喧嘩した。今考えれば、俺が悪かった。そこから、三週間は口を利かなかった。
このまま一生話さなくなるのだろうか。そんなことを思いつつ、中学生の俺は素直に謝ることが出来なくて、時間だけが過ぎていて。
きっかけは、ふとしたことだった。
俺が放課後、図書室に寄ったあとのことだ。
近道のために裏門に回ろうと、角を曲がったときだ。顔に思いっきり柔らかい何かが当たった。「ふげっ」と声を上げた次の瞬間、破裂音と同時に水しぶきが舞った。
生温い水が顔を伝って制服の中に滑ってきた。飛んできた方向を見やると、駿佑が何人かの仲間といて、ピッチャーが投球した後のような形のまま、固まっていた。
俺の顔を見て、それから「ふげっ、って」、とクスクス笑い出した。それで、笑ってくれたことがきっかけで再び話すことになった。
駿佑が言っているのは、その時の話だろう。
「それが、どうかしたか?」
「けど、今ここにいる。そういうことだと思うけどな」
「なんだよ、それ」
壁にかけられた時計をちらりと見た駿佑は、スマホをしまい「まあ、今日の『きも』で傷ついたのは嘘だけど」と付け足した。
スティックを持ち上げ、話は終わりだとばかりに声音を変える。
「続けるか。話はここじゃなくてもできるしな」
「……ああ」
俺たちは練習を再開した。
次の一時間は、軽音部のライブでやる予定の数曲を調整した。最後に恒例のアドリブセッションで上手ぶろうのコーナーがあるのだが……今日はあまり盛り上がらなかった。
予約の終了時間が迫ってくると、スタジオ内のランプが点滅する。
「帰るか」
「だな」
俺はクロスで拭いてから、ベースをケースに戻すだけ。駿佑もペダルをしまうだけなので、片付けは一瞬だ。
料金を支払ってスタジオを出ると、空はすっかり暗くなっていた。駅が近いこともあって、帰宅する人の影が多い。それに倣って、道を進む。
しばらく無言で歩いていた。人混みが少ない通りに入ったとき、駿佑が先に口を開いた。
「先週も言ったけど、金曜はバンド練だからな。忘れるな」
「え、ああ。もちろん」
「忘れてただろ。絶対」
「なわけ」
思い返すと、先週の月曜日にそんなこと言っていたような……。先週、今週と事件がありすぎた。T字路に差し掛かったところで駿佑は立ち止まり、
「ま、頑張れよ」
俺の肩に手を置いてきた。街灯に照らされた駿佑の顔が、兄が弟を見ているようだった。
「なにが?」
「いろいろ」
「ざっくりだな」
呆れてみせると、駿佑は背を向けて歩き出した。T字路を左へ行けば駿佑の家。右に行けば俺の家がある。
「俺が榊と付き合ったらダブルデートしような」
「じゃあ、お前の方を頑張れよ」
「こっちは順調だ」
「どうだか」
背中に向けて会話を交わし、
「秋斗、また明日な」
「ああ、また明日」
背を向けながら手を上げたので、俺も見えないと分かりつつ、手を上げ返す。
帰宅し、夕食をいただいて、風呂に入った俺は、ベッドに寝転がっていた。スマホを掲げると、紫乃とおそろいのキーホルダーが揺れた。




