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翌日、昼休みを告げるチャイムが鳴ると、俺は弁当と麦茶の入ったボトルを持って立ち上がった。
「秋斗、どっかいくの?」
教室を出ようとしたところで、後ろから駿佑の声が飛んできた。振り返ると、俺の隣の席に腰掛け、弁当を広げていた。その周りにいつものメンバーも集まっている。
「まあ、ちょっと」
「早く帰ってきて、ね」
「きも」
胸の前で手を組みコクンと首を傾ける駿佑を一蹴し、俺は教室を出た。
昼休みの廊下は人が多い。学食へ向かう生徒。立ち話をしている生徒。今日は久しぶりの晴れだからか、外で弁当を食べようとする生徒もいた。中庭のベンチや、芝生の上で食べるのだろう。
その間を縫うように歩き、渡り廊下を抜けて旧校舎へ向かった。いつもと同じ道、いつもと違う時間。三階の一番奥にたどり着き、視聴覚室の扉を開けた。
「ん。あきと」
と、いつもの声が聞こえるはずで。
けれどその声はなかった。室内には誰もいない。紫乃はまだ来ていないようだ。それもそうか。俺はチャイムが鳴ってすぐに席を立った。紫乃が出ていくところを見ていない。
ドア近くの席はこういうときだけ有利だ。いや、何が有利なのかよく分からないけど。
いつもと同じ長椅子に腰掛けた。窓際の前から二列目。
不思議な感覚だ。ここに一人で座ってるのは。いつも、紫乃が帰った後に数分だけ一人でいるのに。
今日はなんだか急に部屋が広く感じてきた。紫乃を待っている、という事実一つ加わるだけで、まるで別の感触だ。
いつも紫乃もこんな気持ちで待っているのだろうか。
「あきと」
そのとき、扉が開かれ紫乃が入ってきた。手には小さな紙袋を持っている。
「待った?」
「いや、いま来たとこ」
隣へ座ると、紫乃はずいっと身体を寄せてきた。
紙袋を机に置き、
「えっと、あきと……これ」
紫乃にしては歯切れ悪く呟きながら、紙袋の中から透明な容器を二つ取り出した。白い紙で包まれた三角形が、きれいに並んでいる。
「サンドイッチ?」
「作った……食べてほしくて」
紫乃は目を伏せながら、容器の一つを俺の方へ差し出した。
「これ、紫乃が?」
「ん。作った……朝」
昨日、昼を一緒に食べようと誘っただけだ。まさか、わざわざ作ってきてくれるとは思わなかった。いや、まあ、心の何処かでは期待していたかもしれない。
「……これは?」
容器の中には卵とツナ、ハムのサンドイッチが二切れずつ並んでいる。そこまでは分かる。ただ、端に一つだけアルミホイルに包まれた謎の物体があった。
俺の方にだけ入っていて、紫乃の方には入っていない。
「最後の、お楽しみ」
紫乃はいたずらっぽく口元を緩めた。ふたを開けると、「はい」と差し出してくる。
「じゃ、じゃあ、卵から」
容器は使い捨てのプラスチックで、どこにでもありそうなモノだ。けれど、紫乃が朝起きて、俺のために作ってくれた。それだけで輝いて見える。
「いただきます」
一口かじる。ふわりとしたパンの間に、細かく潰された卵とマヨネーズの風味に、胡椒がアクセントを利かせている。
紫乃はサンドイッチを咀嚼する俺の顔を、じっと見ていた。
「……うまい」
「ほんと?」
「ああ。めっちゃ」
「ん」
安心したように頷いてから、紫乃も卵のサンドイッチを手に取った。
俺はハム、ツナと順番に食べていく。そのたびに紫乃は「どう?」と聞いてきて、俺は「うまい」と返した。答えるたび、満足そうに紫乃は笑う。
どちらも味はしっかりしていて、作り手が丁寧に作ったのがよく分かる出来だった。
最後に残ったのは——謎のアルミホイル。
「……これは」
恐る恐るアルミホイルを剥がすと、中にはサンドイッチが一切れ入っていた。具材は……マヨネーズに包まれた緑の何かだった。
「食べないの?」
俺が固まっていると、紫乃は何事もなかったように尋ねてきた。
「……心の準備をしてる」
「冷めちゃう」
「最初から冷たいだろ」
息を大きく吸って、覚悟を決めてかじる。細かく刻まれたブロッコリーはツナとチーズに混ぜられていて、食感は残っているものの、単体で食べるよりはずっとマシだった。
「どう?」
「…………。まあ、うまい」
「ん。好き嫌いダメ」
「何の勝負だよ」
紫乃は満足そうに頷いて、再びサンドイッチを食べ始めた。
ボトルに入った麦茶で口をさっぱりさせてから、俺は持ってきた弁当を開く。紫乃が作ったサンドイッチを食べたあとだと、いつもの量でも少し多く見える。
「なんかいる? 俺の手作りじゃないけど」
「ん」
こちらを向いて口を開く紫乃。目を瞑ってそのまま固まる。
「えっと……」
「ん」
目を瞑って、口を開けたままの紫乃。
俺はミニハンバーグを箸で一つ摘んで、ゆっくりと紫乃の口へと運んだ。
口が閉じられ、箸を抜く。紫乃は目を閉じたままハンバーグを噛んでいる。
「どうだ?」
「おいしい」
「俺が作ったわけじゃないけどな」
「料理、上手」
紫乃は紙袋から紙パックを取り出した。ミルクティーと書かれている。ストローを挿し、口をつけた。
「ミルクティー好きなのか?」
「ん、甘いから」
「そっか」
それを聞いて、思わず笑ってしまった。
「なんで、笑う?」
「なんていうか、似てるなって」
「お姉ちゃん?」
「ああ。この前、ミルクティー飲んでた」
「レモンティーとかも好き」
「ティーが好きな感じだ」
「ん」
姉妹そろって甘い紅茶が好きらしい。雨宮先生が準備室でミルクティーを飲み、紫乃は視聴覚室で同じように飲んでいる。こういうところで急に姉妹なんだと感じる。
俺が笑った理由を紫乃は理解したのか、恥ずかしそうに紙パックへ視線を落としストローへ口を付けた。
◇ ◇ ◇
食べ終えた容器を片付けていると、昼休み終了の五分前を告げるチャイムが鳴った。
「戻るか」
「ん」
俺が立ち上がり、扉の前に立ったところで止まった。いつも通り、先に紫乃を行かせようかと思ったからだ。その瞬間、後ろから制服の袖をつままれた。
「紫乃?」
「一緒に、行く」
「……教室まで?」
「ん」
驚いた。教室では話さない。廊下で並んで歩いたこともない。紫乃は人に見られることを快く思っていないはずで。
「いいのか?」
「一緒が……いい」
それだけ言って、紫乃は俺の一歩後ろへ立った。袖を掴んだまま。
「じゃ、じゃあ……行くか」
「ん」
視聴覚室を出る。旧校舎に人影はほとんどなかった。渡り廊下を抜けると、廊下の向こうから来た生徒が俺たちをちらりと見た。
それでも、紫乃が離れることはなかった。
俺はいつもより歩幅を狭くして、紫乃の速度に合わせる。隣ではなく一歩後ろ。それでも二人で教室へ戻っていることに変わりはなかった。
教室の前まで来るとようやく袖を離し、
「また、あとで」
それだけ言うと先に教室へ入り、窓側の席へ足早に戻っていった。俺も自分の席へ向かおうとすると、昼を食べ終え、隣の席でだらりとしていた駿佑がこちらを見ていた。
「お前って成瀬さんとなんかあんの?」
「なんかって?」
「普段、チラチラ見てるし。さっき一緒に歩いてたってタレコミが」
俺、そんなに紫乃を見ているのだろうか。全く心当たりがない。隠すようなことではないが、どこまで話していいのかは分からなかった。
「……まあ、仲良い、かも」
「ふーん」
駿佑は紫乃の方を一度だけ見て、それ以上は何も聞かなかった。
「まあ、悩みがあったら言えよ——」
机の上に置いてあった紙パックのコーヒー牛乳を一口飲んで続けた。
「俺は東京の母と言われるからな」
言いながら、紙パックを水晶に見立てて手をこねくり始めた。その仕草があまりにもシュールで笑ってしまった。
「ずいぶんと広範囲だな」




