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翌日の昼休み、俺は駿佑たちと机を囲んでいた。
幸い、今日の弁当もブロッコリーは……入っていた。昨日、風呂の声がけを何回か無視してしまったのが悪かったかもしれない。
抗議したところで「好き嫌いしない!」の一言で撃ち落とされてしまう。
抵抗を止めた俺は、目をつむりハンバーグと一緒に口へ運んだ。いつもは三十回は噛むことを意識している。しかし今回は特別に、七回で勘弁しておいた。
冷めても肉汁の溢れるハンバーグの旨味と、ボソボソした食感が交互に襲ってくる。
気を紛らわせるために薄目で教室を見回すと、紫乃は席にいなかった。朝はいつも通り頬杖をつき、代わり映えのない灰色の空を見つめていたのだが。
よくよく考えると、紫乃はいつも昼休みに教室にいない気がする。
どこで昼食を食べているのだろうか。まあ、食堂とかもあるしな。今度、きいてみるか。
そんなことを考えていたとき、突然、教室のスピーカーからチャイム音が鳴った。昼休みに鳴るのは珍しい。大抵、誰かが呼び出されるときだ。
『二年B組、瀬戸秋斗くん』
自分の名前が流れ、思わずスピーカーの方を見やる。
『旧校舎一階、第二準備室まで来てください』
放送が切れると、教室内の何人かが「どうした?」という顔でこちらを見ていた。
「秋斗、ついにお迎えがきたな」
「全く心当たりがない」
「犯人はみんな、最初はそう言うんだよな」
ケラケラ笑う駿佑たちを背に、俺は教室から出た。
渡り廊下を抜け、旧校舎に入ると人気は薄くなる。と言っても放課後に比べれば生徒の姿がちらほらとあった。授業の準備とかだろう。
「しかし……なんだ?」
学校生活は真面目に送っているはずだ。正直、呼び出しを受ける当てなんて……無いと言いたいが。これがまた一人の姿を思い出してしまう。紫乃の姉だ。
帰り際に「後日改めて」と言われたが。だとしたら後日というには早すぎないか、昨日の今日だぞ。
その決めたら即日的な行動が、なんとなく紫乃に重なった。LINEのアカウントを作った紫乃。水族館に行く日を「明日」と言った紫乃。
いや、まてまて。まだ紫乃の姉からと決まったわけじゃない。決めつけるのは良くないことだ。それだけは間違いない。しかし思い当たることは、それしかないわけで。
「……ここか」
第一準備室を通り過ぎ、その隣にある扉の前で足を止める。
旧校舎一階の端の端。視聴覚室からいちばん対角にあるその部屋。『第二準備室』と書かれた札の下に『国語科』と小さな紙が貼られていた。
ノックをすると、中から間の抜けた声が返ってきた。
「どうぞー」
「……失礼します」
室内は雑然としてた。
ぱっと見きれいに片付いているようで、物を隅に寄せただけ。片付け——と言えなくもない。壁際の本棚には辞書や使われていない教科書が横向きで積み重なっていた。
そんな部屋の真ん中にいたのは、
「あーどうも、瀬戸くん」
紫乃の姉らしき先生。椅子へ浅く腰かけ、背もたれへだらりと身体を預けている。
しどけなく右手を振り、ホイール付きの椅子をカラコロと鳴らしながら身体を揺らしていた。昨日の低く落ち着いた声音とは似ても似つかない軽さに、戸惑ってしまう。
「ドア閉めて。冷房逃げちゃう」
「あ、はい」
言われた通り扉を閉める。建付けが悪いのか、経年劣化なのか、ドアは妙に閉まりづらかった。
「まあ、とりあえず掛けてもらって」
対面を手で勧めてきた。けれどそこには椅子もなくて。
「椅子はセルフサービス。好きな子を選んでいいよ」
部屋内を見回すと、隅に何脚かの椅子が重ねられていた。
好きな子と言われても……。
とりあえずいちばん上の椅子を取り、先生の対面に置く。軽く会釈をしてから、テーブルを挟んで座った。先生はテーブルへ視線を落とし、転がっていた菓子を二つ摘み上げると。
「お菓子、食べる?」
「…………」
「いらない? お腹、減ってるかと思って」
「……弁当食べてる途中でした」
「じゃあ、デザートだ」
差し出されたのは「ブラックなイカヅチ」と「うめうめ昆布」。チョコレート菓子と梅味の昆布。統一感がない。
「どっちがいい?」
「え、ああ一個なんですね」
「贅沢言うな。私の非常食だぞ」
「…………。じゃあ、チョコで」
「いい選択だ」
不敵に笑うとチョコを差し出してきた。受け取ると、先生は残った昆布の袋を開け口へ放り込んだ。その姿は昨日、視聴覚室で見た姿とは別人のようだ。
昨日はきっちりまとめられていた長い黒髪が、今は乱雑に頭の上で束ねられていて、先生が動くたび、それが小さく揺れていた。
教師らしい鋭い目つきは残っている。けれど今は椅子に沈み、靴を脱いで爪先で床を押しながら身体を揺らしている。この部屋を自宅だとでも思っているかのような振る舞いだ。
包装を開けるべきか迷っていると、先生が昆布を噛みながら聞いてきた。
「水族館のやつか?」
「え?」
「付けてただろ? キーホルダー」
「ああ、これですか?」
ポケットから取り出したスマホには、紫乃とおそろいのペンギンが揺れていた。
「紫乃も同じ物を持っていた」
「ああ……はい。紫乃が買ってくれて」
「そうか」
先生はそれだけ言って口元を緩め、いたずらっぽく笑う。
「似合ってないな」
「キーホルダーがです?」
「君は、ペンギンという柄でもなさそうだ」
「紫乃はペンギンに似てるって」
「そうか、ならそうなのかもな」
訂正が早い。
「…………。あの、昨日と雰囲気違いません?」
「学校でずっと気張ってたら死ぬ。特に私と理世ちゃんは若手だからな、面倒なことも多い——こういう場所が必要ってわけだ」
先生は椅子を軋ませながら身体を起こし、机の上にあった惣菜パンを食べ始めた。理世ちゃん。もしかして俺のクラスの担任である黒川理世先生のことだろうか。
先生がパンを食べている光景をただ、じっと眺める。
なんだ。先生が惣菜パンを食べてるところを眺めるってどういう状況だ。
しかし、先生は気にした様子もなくパンを食べ進める。声をかけようとした俺を、手のひらを出して制止までしてきた。「待て」ということだろうか。
ついには食べ切ってしまう。ようやくかと俺は身構えたが、先生は椅子を回して後ろを向いた。何やら置かれたレジ袋を漁って、
「やっぱり糖分は大事だよね」
ワクワクしたような調子で呟くと、ミルクティーの紙パックを取り出した。ストローを刺すと飲み始める。
満足そうに頷いて、ようやく口を開いた。
「昨日は悪かったな。急に帰ってもらって」
「え、あ、いえ。姉妹で話すこともあると思うので?」
突然、話を切り出され、返答に動揺と困惑が混じってしまった。
「物分かりいいな。面倒くさいタイプか?」
「褒めてます?」
「半分」
どこかで聞いた返しに、思わず笑ってしまう。
先生もふっ、と小さく息を漏らした。それから、机の上に散らばっていた菓子を端へ寄せ、さっきまでの気の抜けた表情を引き締めた。
その声音が昨日、視聴覚室で聞いたものへ戻り、
「改めて、成瀬紫乃の姉、雨宮千景だ。それで——」
一拍、間を置いて。
「紫乃のことなんだが」
本題を切り出してきた。




