↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『首、絞めて』——それが紫乃の存在証明  作者: さかいかさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/40

21

21


 俺は意を決して聞いてみた。


 けど、


「——まふゆ」


 返ってきたのは別方向の言葉だった。


 紫乃が名前を零した。昔からそこにあったものを拾い上げるみたいに。その声からは、紫乃が葛城をどう思っているのかは読み取れなかった。


 葛城まふゆ。昨日本屋で出会った紫乃の友達「だった」女の子。


「まふゆは、悪い子じゃない」

「……そう、なのか」

「たぶん。でも——」


 紫乃はそう言って、首筋に添えた指を止める。眠たげな瞳の奥が昨日見たクラゲの水槽みたいに暗く揺れていた。


「『中学のとき、紫乃ちゃんには似合わなくない?』って——」


 紫乃はぽつぽつと話し始めた。自分の心の中を整理するようにゆっくりと。


 紫乃がいたグループはいわゆる上位グループで、俺には縁のない種類の空気だった。誰が中心で、誰がどんな役割だったのかまでは分からない。


「私が好きって言うと……『意外』とか、『紫乃ちゃんっぽくない』って、言われてた。だから、そのうち……言わなくなった」


 紫乃の趣味はそういうグループの子たちとは、なんとなく違うんだろうなとは思った。


「別に、嫌な言い方じゃなかった。でも……私がなにかするたび、『意外』って言われて。だんだん……どれが私なのか、分からなくなって——」


「——成瀬紫乃ってなんなんだろうって」


「…………」


 俺は紫乃の話を黙って聞いていた。紫乃が言いたいこと全部を理解できた、なんていうつもりはない。


 ただ、紫乃の話を聞いていると、そこにいたのは紫乃本人というより、上手く言えないけど周りが勝手に作った『成瀬紫乃』を見ているような。


 紫乃は続ける。


 話を聞いているときっと、なにか大きな出来事があったわけじゃない。おりが溜まるように少しずつ、そういう空気や視線が紫乃の奥底に積まれていったのだろう。そう思った。


「だからべつに、まふゆ、悪くない」


 多かれ少なかれ、人は他人に勝手なイメージを持っているし、グループでの役割みたいなものも存在している。


 そういうのは悪意がない分、どうしようもない。


 初めてここで話したとき、紫乃の言葉にあった冷たさと諦めはそういうことだったのか。いまさらになって腑に落ちた気がした。


「そう、だったんだな」


 ただ、それと首がどう繋がるのかは、いまいち分からなかった。


 紫乃がときおり言っていた「見えてる?」みたいな問いと、今の話は繋がっているようには見えるのだが。


「……昨日のあれ、俺は嫌だった」

「……まふゆのこと?」

「紫乃があんな顔になる言葉なら、俺は嫌だ」


 紫乃は瞬きをした。


「黙ってればとか、顔がどうとか。俺は……そういう紫乃を見に行ったわけじゃない」

「……じゃあ、なに?」

「クラゲ見て目を開いてる紫乃とか、ペンギン見て笑ってる紫乃とか、変な本見て頷いている紫乃とか」


 言いながら、昨日の光景が一つずつ浮かぶ。


「あと、キーホルダーくれた紫乃とか——」


 俺がスマホを取り出すと、紫乃の視線が小さく揺れているペンギンのキーホルダーを捉える。


「くらさぶろうも——」


 言うと、紫乃は自分のスクールバッグから自作のマスコット「くらさぶろう」を取り出した。


「これも?」


「くらさぶろう」をカバンの内側に結び付けていた紐のところに、ペンギンのキーホルダーがつけられていた。クラゲとペンギンが寄り添い、並んで吊るされている。


「そういうのを、もっと知りたいと思った。紫乃が話したくないことを、無理に聞き出したいわけじゃない。でも……でも昨日みたいに一人で帰られると、俺は何も分からないままになる」

「……分からないと、だめ?」

「だめっていうか」


 言葉を探す。


 結局、いくら探したところで答えは一つで。


「分かりたい」


 言って紫乃の瞳を真っ直ぐ覗き込んだ。紫乃は俺と視線を合わせたり逸らしたりと、迷うように彷徨わせた。


 俺は拳一つ分、身体ごと紫乃に近づいて、


「だから、前も言ったけど、首を絞めることはできない」


 はっきりと言った。危険だからとかそんな一般論ではない。紫乃のことが好きだから。そう気づいたからこそ、余計にできない。


「俺は——俺が紫乃にそんなことをしたくない」


 言い切ってから踏み込みすぎただろうか、という思考が浮かんでくる。けれど、もう引っ込めたくなかった。言ってほしくないのは本心で。


「だから、もし代わりの方法があるならいくらでも確かめるから」


 言うと紫乃は少し考え込んで、俺の手を取った。その表情は安堵したような、それでも不安を抱えているような色を浮かべていて、


「じゃあ、触って。確かめて」


 お願いすると同時に、俺の指先を自分の首筋に合わせた。柔らかい肌の感触と、遅れてどくどくと脈拍が伝わってくる。「んっ」と紫乃が小さく反応する。そういう反応はやめてくれ。


「触るだけだからな」

「ん」


 目を瞑り、確かめるように俺の手をぎゅっと握る紫乃。その手は昨日握ったときよりも温かかったように感じた。


「見えてる?」

「ああ、紫乃はここにいる」

「ん」


 俺が言うと、紫乃の肩からすっと力が抜けていく。目を瞑ったままの表情も晴れやかなものになったような気がして。


 そのときだった。


 がちゃりとドアが開いた。


「紫乃——」


 入ってきたのは、長い黒髪をまとめたスラッとした女性の教師だった。その視線と俺の目がばっちり合った。先生は動きをピタリと止め、目を見開いた。瞬いたあと、俺の手を見る。紫乃の首筋に添えた手を。


「あ、えっとこれは……」


 まず紫乃から手を離すべきだった。


 紫乃が掴んでいるとはいえ、振りほどこうと思えばいくらでもできる。なのに俺は、パニックでそのまま静止してしまった。いや、単に紫乃の手を振りほどくのが嫌なだけだったかもしれない。


 ともかく、放課後に使われていない視聴覚室で、男子生徒が女子生徒の首を掴んでいる——ように見える。字面だけでも、どう考えても事件だ。


 メタルも逃げ出すくらいの荒れ狂う俺の内心をよそに、紫乃はとくに動揺した様子もなく、目を開いて先生の方を見ていた。


「お姉ちゃん……」

「は?」


 紫乃の零した言葉を聞いた俺は、その先生と紫乃を見比べた。


 先生の姿には見覚えがあって。この前、紫乃に初めて「首、絞めて」と言われたあの日の帰り、昇降口で声をかけてきた先生だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。