17
17
「そうだ、ひ、昼飯でも食べないか? 礼に奢るから」
俺はスマホをポケットにしまいながら話を逸らした。
「行く」
「じゃあ、なにあるか見にいくか」
「ん」
紫乃が頷いたので俺は先に歩き出した。その後に紫乃がついてくる。半歩にも満たないほど後ろを歩き、また袖をちょこんとつまんできた。
掴まれる袖。
おそろいのキーホルダー。
さっきまで普通に話していたはずなのに、『おそろい』という言葉を意識した途端、紫乃と歩くだけで落ち着かなくなってしまう。
「なにか食べたい——」
体にまとわりつくソワソワ感を誤魔化すため、昼飯の話をしようと紫乃を見やると、
「どうした?」
ちょうど、足を止めたところだった。振り返りさっき出てきたお土産コーナーを見つめている。
「買うの、忘れた」
「ん? じゃあ、戻るか」
来た道を引き返してお土産屋に入ると、紫乃は迷うことなく菓子の棚へ向かった。
そこに置かれていたのは四角い水色の缶だった。クラゲの形をした甘いクッキーが入っていると、手書きっぽいポップに描かれている。
缶の表面にはデフォルメされたクラゲが間の抜けた顔で描かれていて、紫乃が好きそうなデザインだった。なるほど、これは紫乃的には押さえておきたい一品だろうな。
紫乃は缶を一つ手に取って、少し考えてからもう二つ取った。
「三つも買うのか?」
「使う用と、鑑賞用」
一つずつ缶を掲げながら得意げに言う紫乃。いつもより口角が微かに上がっていて、かなり気に入った様子だ。最後の一つを掲げて、
「あと、お姉ちゃんにあげるやつ」
そこだけは少し恥ずかしそうに言った。
「なるほど」
前に姉と二人暮らしだと言っていたことを思い出す。姉に関しては「姉がいる」という情報しか知らない。けど、お土産を買うあたり仲は良いのだろうと思う。
「甘いもの、好きなのか?」
「好き。夜よく食べてる」
紫乃は缶の裏側を確認し、賞味期限をじっと見つめてからレジへ持っていった。会計を終えた紫乃は菓子の入った袋を大切そうに抱えていた。
「仲、いいんだな」
「おねぇちゃんしか、いないから」
それは平坦な声だった。淡々と事実を告げるような声。
「…………」
俺は一瞬、言葉に詰まった。両親のことが気になったが、聞いていいのか分からなかったから。
「そっか」
結局、返したのはそれだけだった。紫乃は特に気にした様子もなく、俺の袖を再びつまむ。
「ごはん」
「あ、ああ、行くか」
◇ ◇ ◇
入ったのは、同じ商業施設内にある洋食店。
正直、こういうときにどういう店を選べばいいのか、よく分からなかった。食べたいものはあるかと紫乃に聞いたら「あきとが食べたいやつ」と言ってくれたので、それを信じてここにした。
昼時は少し過ぎていたがそれでも店内は混んでいて、入口近くで順番待ちをした。椅子で順番待ちをしている間、紫乃は買ったキーホルダーを揺らして満足そうにしていた。
対する俺は、黙って頭の中を整理していた。
紫乃のこと、家族のこと、それから俺自身のこと——いろいろ考えたいことが頭の中に残っていた。
考えているとあっという間に順番がきて、奥の四人掛けの席へ案内された。向かい合って席につくと、紫乃はメニューを開き最初のページから一つずつ眺めていく。
「全部見るタイプか?」
「あきとは?」
「俺は、ハンバーグが食べたい気分だから」
紫乃にゆっくり決めていいと伝えると、一ページずつやけに真剣な表情で吟味し始めた。やがて、最終的にオムライスを選んだ。
「オムライス、好きなの?」
「けっこう」
「そっか」
注文が済むと紫乃はスマホを取り出し、
「写真」
テーブルの中央に置いた。
最初に表示されたのは、クラゲの水槽の前に立つ紫乃だった。青い光に照らされた横顔。素人の俺が撮った写真なのに、改めて見ると息を呑むような写真だった。
「これ、やっぱいいな」
「ん」
紫乃は画面を指先で拡大した。クラゲを見上げる瞳は、学校で窓の外を見つめているときとは違う。眠たげなのは同じなのに、奥に光がある。
スワイプしていくと次の写真は——クラゲの水槽の前で俺と紫乃が並んでいる。
係員に撮ってもらった一枚。俺は肩に力が入り、笑顔も不自然だった。一方の紫乃は、いつも通りの眠たげな顔をしている。けれど口元は緩みながら腕を絡めていた。
写真の中では思っていた以上に距離が近い。紫乃と触れ合うことなんて学校で何度もあった。
あったのに。
「…………。俺、顔固すぎないか」
「緊張してた?」
「まあ……ちょっと」
デートで女の子と並んで写真を撮るのは初めてだった。今も、その女の子は向かいの席に座っている。学校ではほとんど見せない柔らかな顔で、俺と一緒に写った写真を眺めている。
バラバラだった出来事が、写真の中で一つにつながっていく。
紫乃が今日のために髪を編み、服を選んで来たこと。俺と同じキーホルダーを買ってくれたこと。二人で写りたいと言ったこと。紫乃は、俺とデートするためにここへ来た。
そんな当たり前のことが、今になって胸の奥へ落ちてきた。
「……あきと?」
呼ばれて顔を上げると、紫乃が不思議そうに首を傾げていた。何度見たか分からない仕草。それなのに目が合った瞬間、心臓が強く鳴った。
ああ、やっぱりだ。
余計なものを捨てるように、細く長く息を吐き出した。
残ったのは——成瀬紫乃が好きだという事実。
認めてしまえば、思ったよりあっさりと「俺のこと」は片付いた。
「……なんでもない」
「顔、赤い」
「もう、夏だからな」
「涼しい」
「ハンバーグ待ちで体温が上がってる」
「まだ来てない」
「だから……待ち焦がれてるんだよ」
自分でも何を言っているのか分からない。紫乃はじっと俺を見つめたあと、笑いながらスマホへ視線を戻した。
そして、
「これ、好き」
ぽつり、写真を見つめながら呟いた。それはクラゲの水槽を背に二人で映った写真で。
「……俺も」
考えるより先に答えていた。
「送ってくれよ、それ」
「ん。あとで」
画面の端を操作した。写真をお気に入りへ登録したようだった。次の写真はペンギンの前に立つ俺。奥では腹ばいになったペンギンがヒレを投げ出している。
「やっぱり、似てる」
「こんなに生きる気力ない顔してるか?」
「ん、お気に入り」
紫乃が小さく笑った。俺一人が写っている写真なんて、ほとんど持っていない。撮られるときは集合写真か、家族と一緒のものばかりだ。
紫乃が見た俺。
そう考えると、ぎこちない表情の写真なのに消してほしくなかった。




