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クラゲのエリアを出たあと、俺たちは上階の展示も見て回った。階段にクラゲのプロジェクションマッピングがあって、紫乃はそれにも食いついていたのがちょっとおもしろかった。
そのあとは屋外の展示へ出た。ビルの屋上とは思えないほど緑が多い。ヤシの木と小さな滝の水が岩を打つ音も相まって、ここが都心だということを忘れてしまいそうになる。
「はー、めっちゃ緑」
「ん、ペンギン」
呑気にペンギンを眺めながら俺は呟いた。隣では紫乃が柵から身を乗り出す勢いでペンギンを見つめている。ちらりと紫乃の方を見ると、向こうも俺を見上げてきて、
「あきと?」
首を傾げてきた。なんだ、首を傾げる動作なんていつも見ているのに、どうしてこんなに心臓の鼓動が高鳴るのだろう。
「ペ、ペンギン、かわいいな」
紫乃の目を見れなくなって、俺はペンギンへと視線を戻した。
「ん、かわいい」
岩場を歩くペンギンは俺の内心とは対照的にペタリペタリ、のそのそと、呑気に歩いている。その中の一羽が、足を滑らせるように腹ばいになった瞬間を紫乃が指さして、
「あれ、あきと」
小さく笑った。ペンギンは腹ばいになったまま、ヒレを気だるそうに動かしていた。立ち上がる気はないらしい。岩に打ちつけられて上がった水しぶきを、気持ちよさそうに浴びている。
「俺、あんな怠け者か?」
紫乃の中で、俺の印象ってどうなっているんだ。「くらさぶろう」のだらしない顔に似てると言ったり、気だるそうなペンギンに似てると言ったり。
俺、けっこう真面目に生きているはずなんだが……。
「似てた」
「俺はあんなにごろごろしてないぞ」
クスクス笑う紫乃。その笑い方は視聴覚室で見た以上に自然に見えた。肩の力も抜けていて、表情も柔らかい。
その笑顔を見て、やっぱり俺は胸の鼓動が収まらなかった。
紫乃はスマホを取り出しながら、
「立ってて」
そう言うと俺から数歩、距離を取った。何をするのだろう、と紫乃を見ていると俺にカメラを向けた。俺と寝転ぶペンギンを画角に収めようと、スマホの位置を調整して。
パシャリ。
「ん」
撮った写真を眺めながら、紫乃は満足そうに頷いた。見せてもらった写真に映る俺は、やっぱりぎこちない表情をしていた。
「つぎ、こっちいく」
「ああ」
紫乃が指さす方へ歩いていくと、頭上へせり出した透明な水槽が見えてきた。
「おお……すごいな」
見上げた瞬間、一羽のペンギンが俺たちの真上を横切っていく。青みがかった水の向こうには、灰色の空。翼のようにヒレを広げたペンギンが空を飛ぶように泳いでいた。
紫乃も隣で顔を上げていた。その瞳が、ゆっくりとペンギンの動きを追っている。
「飛んでる」
「だな」
「空も見える」
「そんな珍味本ありそうだな」
「ちんみ、ほん?」
紫乃は水槽を見上げたまま、不思議そうな声音で尋ねてきた。そうか、「珍味みたい」とは言ったことはあったが、俺が勝手に内心でそう呼んでいることは紫乃には言ったことなかったか。
「いや、紫乃が集めてる本って、珍味みたいだから、珍味の本って」
「…………」
紫乃はしばらく何も言わず、水槽を見上げていた。その表情はいつもと同じ顔に見えて、何を思っているのか上手く分からなかった。
「嫌だったか?」
思わず尋ねると、紫乃は首を振って。
「ううん。あきと——見てくれてるって思って」
ぽつり、紫乃はそれだけ零した。嬉しそうな声音なのに、その声が妙に胸に引っかかった。
俺が何かを言う前に、次の一羽が頭上へやってくる。白い腹が水槽越しに近づき、俺たちの真上でくるりと向きを変えた。そのとき、紫乃が俺の袖をつまんできた。
「あきと、ペンギンきた」
「あ、ああ、来たな」
ペンギンが通り過ぎても、紫乃の指は袖を離さず水槽を見上げていた。
さっき係員に撮ってもらった写真を思い出す。水槽の前で腕を絡めてきた紫乃。いまも同じようなことをされている。写真に残った姿を一度見たせいか、そのことをやけに意識してしまう。
そのまま俺たちは黙ったまま、空を泳ぐペンギンをしばらく眺めていた。
◇ ◇ ◇
ひと通り展示を見終え、出口近くのお土産コーナーへ入った。紫乃が入口近くに積まれたクラゲのぬいぐるみへ吸い寄せられるように近づいて行ったからだ。
店内にはぬいぐるみや菓子などがところ狭しと並んでいる。
紫乃は一つずつぬいぐるみの顔をじっくり確認しては戻していく。どうやら個体ごとに顔が違うらしい——と思ったが、隣から覗き込んだ俺にはみんな同じ顔に見えた。
「くらさぶろうの親戚いっぱいいるな」
「違う」
「どこが?」
「顔とか」
「本人にしか分からないやつだ」
お気に召す個体がいなかったのか紫乃はそのまま他の棚の方へ歩いていった。そのまま商品を流し見ていって。
「ん」
紫乃の足がキーホルダーコーナーの前でふと、止まった。透明な長方形のケースの中に青い液体が入っていて、小さなペンギンが浮かんでいるキーホルダー。
「これ、さっきのやつみたいだな」
「飛んでる」
紫乃がケースを手に取り傾ける。中のペンギンが逆さまになり、液体の中をふわりと移動した。
キーホルダーは同じものがいくつも並んでいる。紫乃は少し迷うように指先を彷徨わせてから、もう一個を手に取り、同じキーホルダーを二つ持ってレジの方へ歩いていった。
「買うのか?」
「ん」
レジで取り出した紫乃の財布には小さな桔梗の花の意匠が施されていた。それを見た瞬間、俺は紫乃の髪を見た。本人が好きだからと言っていた薄紫色——桔梗色のインナーカラーが、髪が編み込まれているからか今日はいつもより、よく見える。
さっき紫乃が言った『デート』という言葉を思い出す。
紫乃もデートだからとわざわざ、おしゃれして来てくれたということなのだろうか。
そういえば、俺は紫乃の髪型に一切触れていない。こういうときはやっぱり、褒めたりしたほうが良いのだろうか。
なんか、普通のデートみたいだ。いや、実際そうなんだけど。ちょっと現実感がないと言うか。四月のころの俺に「成瀬紫乃とデートしている」なんて言っても、信じないだろう。
それに周りを見ないようにしていたが、休日ということもあり周りも家族やカップルばっかりだ。ヤバい。考え出すとより意識してしまう。
そんなことを考えているうちに、紫乃は会計を済ませていた。隅に移動すると、袋からキーホルダーを一つ取り出し、視線を袋に固定したまま、
「……はい」
俺に差し出してきた。視線を逸らしたまま。
編み込んだおかげで見える左の耳は先まで赤く染まっている。
「く、くれるのか?」
「……おそろい」
「……おそろい」
言葉にすると、思ったより破壊力があった。
「……いらない?」
「いや、いる。かなり、ちょーいる」
受け取ると、紫乃は前髪をせわしなくいじりながら「ん」と呟いた。キーホルダーをバッグへつけ始めたので、俺も真似して手帳型のスマホケースの穴に吊るしてみた。
二つのキーホルダーを並べてみると、中のペンギンが同じようにふわふわと浮いている。
「同じだな」
「ん。あきとと、私」
ただキーホルダーの話をしているだけなのに返事が一瞬、遅れてしまった。
「……な、なくすなよ」
「あきとも」
「大事にします」
紫乃は自分のキーホルダーを指先で軽く揺らした。俺のキーホルダーに当たって、小さくカチッと音を鳴らした。
その音が妙に気恥ずかしくなって俺は話を逸らした。
「そうだ、ひ、昼飯でも食べないか? 礼に奢る」
「ん、行く」




