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『首、絞めて』——それが紫乃の存在証明  作者: さかいかさ


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「じゃ、俺行くわ。秋斗、また明日な」

「ああ、また明日」


 そう言って俺は、駿佑と駅前で別れた。


 伊織たちとの打ち合わせのあと、星鳴と伊織は動画を撮るため貸しスタジオへ向かい、俺たちは駅前でぶらぶらしていた。


 俺の家とは逆方向ではあるのだが。駿佑が個人練のために予約したスタジオの時間になるまでの暇つぶしに付き合ってた。


 時間を見るつもりでポケットからスマホを取り出した。けれど顔を向けた瞬間、ロックが外れさっきまで開いていたトーク画面が表示された。


 紫乃:『そっか』


 何度見ても、たった三文字だけが表示されていた。


 怒っているようには見えない。責めているわけでもない。何を考えて送ったのか、正確には分からない。けれど、その文字を見ていると無性に胸がざわめいた。


 行けない可能性は伝えてあったし、行けると約束したわけじゃない。ただ、紫乃は俺が来るかもしれないと思って待っていた。


 連絡くらいすればよかった。間に合わないと分かった時点で、一言送れば済んだ話だ。


『ごめん』


 そう打ち込んで、消す。もう謝っている。同じ言葉を重ねても、今さら言い訳みたいに見える気がした。


「……明日は、行くか」


 小さく呟いてスマホをしまう。


 せっかく駅前まで来た。このまま帰っても、また『そっか』の三文字を眺め続けるだけだろう。そういえば、駅前の商業施設に大きな本屋があったはずだ。


◇ ◇ ◇


「思ったより広いな」


 商業施設の三階。広くフロアの取られた本屋は、家の近くの店とは比べものにならない品揃えだ。


 一般文芸の棚を端から流し見ていく。


 そのたびに思うのだが、いつも紫乃はいったいどこからあの珍味本を見つけてくるのだろうか。ぱっと見た限りでは全く見当たらない。


 タイトルだけならそれっぽい作品はあるけれど、裏表紙のあらすじを読んでみると。


「なんか違うんだよな……」


 何が違うのか自分でもよく分からない。しかし、紫乃に渡される本とは何かが違った。一冊ずつ、背表紙のタイトルを追っていると、ふと棚の一番下、隅の方で目が留まった。


『冷蔵庫。月付き』


 帯には『全人類が涙した、冷蔵庫発青春ミステリー』と書かれている。これは……かなり怪しい。


 あらすじを見ると——ある朝、主人公が冷蔵庫を開けると中に月が入っていた。空から消えた月をキツツキの相棒と一緒に、冷蔵庫に隠した犯人を探す、というあらすじで。


「これだ」


 確信があった。面白いかどうかは分からない。むしろ、かなり胡散臭い。だからこそ紫乃が好きそうだった。引き抜いた本を小脇に抱え、さらに店内を見て回った。


 旅行関連のコーナーは、予定はなくても見るだけで旅行に行った気分になれるのだから得だ。その中の観光案内雑誌——山形のところで目が留まって、何気なく手に取る。


「あー、これ」


 その中に、クラゲの展示を紹介するページがあった。世界最大級のクラゲ展示。さっきスマホで見たやつだ。青い照明の中を半透明のクラゲが漂っている。


 これを紫乃が見たら、どんな顔をするだろう。


『ん。くらげ』


 きっと、最初はそれだけだ。けど、水槽の前からなかなか動かない気がする。写真を撮るのだろうか。それとも、何もせずじっと眺め続けるのだろうか。いつか紫乃と行ったら楽しそうだ。


 とはいえ。


「さすがに、遠いな」


 呟いて苦笑いする。東京から山形まで気軽に行くのは難しい。距離的にも、金銭的にも。そう思ってから、自分が自然に紫乃と行く前提で考えていたことに気づいて、はっとした。


 ……まあ、俺の知り合いの中でクラゲ好きなのは紫乃だしな。自然な思考の結果だ。


 誰に聞かせるでもなく言い訳して、雑誌を棚に戻した。そのまま、音楽雑誌を立ち読みしてからレジで珍味本を購入し、店を出た。


「……まじか」


 商業施設から出たところで、通りには傘の波が行き交っていた。けどまだ、小雨だ。これから強くなる可能性もある。本が入った袋をぐるぐる巻きにし、濡れないようカバンの奥に押し込んだ。


 明日、紫乃にこの本を渡そう。待たせたことも、ちゃんと謝る。そう決めて家へと走りだした。


◇ ◇ ◇


 夕食を食べた俺は、部屋のベッドに寝転がり『冷蔵庫。月付き』を読んでいた。


「……なるほどな」


 読み終わり、パタンと本を閉じた。内容も悪くない。これなら紫乃も気にいるはずだ。


 特に、引き出しに削った月の欠片をしまっていたらいつの間にか増殖して月が2つになったあたりは意味が分からなくて。それと同時に紫乃はこのシーンを読んで笑いそうだと思って。


 引き出し……そういえば——


 ふと、記憶が蘇ってきて机の引き出しを漁る。


 もう使わなくなった楽譜とか、学校のテストとかが乱雑に詰められていて、なかなか目的の物が見当たらない。


 紙の間に挟まっている可能性もあるので、引き出しの中を一枚一枚調べていく。


 半分くらい出したところで、


「あった、これだ」


 お目当ての白い封筒を発見し、引っ張り出した。


 これは確か、一ヶ月くらい前に母が——


『秋斗。これ、いる?』

『なに?』


 夕食を終えて自室へ戻ろうとしたところで、母に呼び止められた。振り返ると、白い封筒を差し出していたので受け取り、中を覗くと、


『チケット?』


 二枚の入場券が入っていた。都内にある大型水族館。クラゲの展示が有名だと紹介されていた場所だ。


『お父さんが取引先からもらったって』

『よくもらうな』


 思い返すと、父は毎月何かしら貰ってきていた。お菓子とか、チケットとか、基本的に貰って嬉しいものばかりだ。ただ、前に一回、女児向け絵本を渡されたことがあったな……あれは何だったんだ。


 結局、親戚の子にあげることになったんだったか——なんてことを思い返していると、


『活躍しているからね。いらなかったらそのへんに置いておいて。お父さんと行ってくるから』


 母はキッチンの前にあるカウンターを指さしながら、誇らしげに言った。父の話をする時の母はいつもこんな感じだ。今でも二人で出かけたりしている。


『わかった』


 封筒を持ったまま自室へ戻り、そのまま一旦、机の引き出しに入れたんだった。


 ——それを今日まで忘れていた。


 机の上に置いた『冷蔵庫。月付き』の隣に水族館のチケットを並べる。


 二枚。


 最近、こういうときに真っ先に浮かぶのは、紫乃の顔だった。クラゲを見つけるたび、紫乃ならどう思うだろうと考えている。珍味みたいな本を見つければ、紫乃に読ませたくなる。


 今日だって、クラゲのことを調べていた。


 考えてみれば、紫乃と会うのはいつも視聴覚室だ。なら、一度くらい外で紫乃と話す機会があってもいい。


 視聴覚室以外の紫乃を見られたら。それは紫乃を知ることになる。


「……埋め合わせ、にはなるか?」


 待たせた分。今日行けなかった分。そう考えてから、少し違う気がした。


 単純に、視聴覚室の外にいる紫乃を見てみたい。クラゲを眺める紫乃が、どんな顔をするのか知りたかった。


 スマホを手に取り、紫乃とのトークルームを開く。最後の『そっか』を見つめながら、メッセージを打ちかける。


『今度、水族館——』


 途中まで入力して指を止めた。こういうのは、直接言った方がいい気がする。俺は入力した文字を消し、二枚のチケットを机の本の上に置いた。


「明日、誘ってみるか」


 口に出すと急に現実味が増してきた。


 女の子を二人で水族館へ誘う。


 それって、一般的にはなんと呼ぶのだろう——考えかけて、俺はベッドに寝転がった。


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