オレンジ色
その後の事は、夢の中のように過ぎて行った。
マーダーとして冷静でいなければならない自分が機械的に処理できれば良かったが、それは無理だった。
シノブさんの刺された背中からドクドクと出て来る血を泣きながら手で押さえ、叫んでいた。
ちょうど自分と一緒に電車を降りて来た数人がこちらに歩いて来ていて、私の声に駆けつけてくれる。
その中のひとりが救急車と警察に連絡してくれ、シノブさんを抱きしめる私を中心に、少し離れた大きな人の輪ができていた。
程なく次の電車がホームに入って来て、異変に気づいたバブとハナが、帰る場所と反対側のこちらに走って来た。
そこまで。
まるで無音声映画を観ているようだった。
私はただ、シノブさんの止まらない血で真っ赤に染まっていく自分の手を見ていた。
「おい!しっかりしろ!」
泣き濡れた顔をのろのろと上げるとバブが叫んでいた。
その後ろにいた青い顔をしたハナに所長に電話するよう指示を出す。
私を横へ退かせてバブは自分のタオルを血まみれのシノブさんの背中に当て体重を乗せた。
遠くからサイレンの音が近づいて来た。
バブはハナを帰したかったようだが、ひとりに出来ないと判断し、結局、自分が救急車に乗り込み、ハナが私に付き添いパトカーに乗って病院に行った。
病院に着くと先に着いていたバブが血まみれの私を抱きしめてくれる。
シノブさんは運ばれた後だった。
バブの身体も小さく震えているのに気づく。
そこでやっと自分の身体に血が流れたような気がした。
私の身体はシノブさんの半濡れの血で、バリバリと音がしそうな程コーティングされていた。
「バブ、お母さんが、」と泣き崩れる私をバブは、「わかってる。わかってるから。」と抱きしめたまま背中をトントンしてくれた。
でも決して大丈夫だとは言ってくれなかった。
そこへガンも駆けつけ、顔見知りの刑事達と話をしている。
病院の待合室は寒くて薄暗かった。
看護師に案内されて空いている診察室に、支えてくれたハナとゆっくり入る。
「怪我はありませんか?」そう聞いてくれながら若い看護師さんがテキパキと血を拭き取っていってくれる。
アルコール臭が鼻にツンとした。
私の服は血まみれで、戦場で殺戮した後のようだった。
さすがにそのまま帰るのは周りを驚かせてしまう。
病院の生成りのガウンに着替えさせてもらう。
いや、ガウンで帰るのも目立つのだがガンが車を手配してくれていた。
警察の事情聴取はマーダー協会から話が通っていて刑事達は引き上げていった。
ここからはこちらの管轄。
警察にはマスコミ対応をしてもらう。
発見者が藤城亜美だとか、被害者が亜美の養母に当たるといった事は秘密裏に処理されたようだ。
ガンがバブにべべとハナを連れて帰るように言う。
「シノブさんの側にいたい。」
そう小さな声が聞こえた。バブだった。
「落ち着け。もう何も変わらないんだ。」
バブの肩に手を掛けたガンが、俯いて首を振った。
護衛の車に3人で乗り込み送ってもらう。
暫くは屋敷の周りを護衛部隊が固めていると告げられ車を降りた。
裏手の戸建て住宅から通路を抜け、真っ暗な家に入ると微かに匂いがした。
ふらふらと呼ばれるようにキッチンに入る。
心当たりがあった。
電気を点け、コンロに掛かっている大鍋の蓋を開けた。
シノブさんが用意してくれていたのは、オレンジ色のパンプキンシチュー。
今日は、べべの17歳の誕生日だった。




