過去 中東ミッション ③
バブの苦悩回。
水害にトラウマがある方。申し訳ありません。
読まれない方が良いかと思います。
絶体絶命。万事休す。
恐らくもう逃げ場はない。
いよいよ、機密文書をすぐさま破棄しなくては、バブですらそう考えたその時。
先程の車の爆音ではない、本当の轟音と共に地響きが、した。
「えっ、地震?」
皆が驚愕の表情をしたが、それは地震でも爆弾でもなかった。
揺れを感じ床を這いながら何とか外を見ると、見たことのない光景が広がっていた。
この砂漠の国を、80年とも100年に1度とも言われる大洪水が発生していたのだ。
茶色い濁流が轟々と、低地を伝ってこちらにやってくるのがわかる。
鉄砲水が次々と家屋や車、人を飲み込んで、全てを根こそぎ攫って行く。
言葉を失う光景がそこにあった。
もちろん、遠くから反乱軍の重装備したトラックもどんどん流されて来る。
恐怖に叫ぶ兵士達の声も次々飲み込まれていった。
元よりこの国では泳げる者など殆どいない。
その反乱軍兵はもちろん、泳法を習得している米兵でさえもなす術なく激流に押し流されて行く。
逃げる暇もなくこの大使館にも濁流が到達し、爆撃よりも長い衝撃が何度も何度も打ちつけた。
4階建のうち、下2階は窓ガラスも割れ、濁流が通過して行く。
自然災害を前に、誰にも止められないそれが始まった。
「バブ。」
さすがのライトも青い顔をしている。
水嵩は勢いが止まらず増してくる。
外の濁流に人が乗った車もそのまま流れて行く。
見たことのない激しさだった。
この国では水害というものがほぼ起こらない。
過去にも、数十年に一度の割合で、局地的な異常気象による洪水の大災害が起こっているが、乾燥気候を前提に作られている都市構造そのものは変わらず、深刻な対策の不備という欠陥を抱えたままだ。
下水路や排水路といったものがなく、舗装されたアスファルトの路面では雨水が地面に浸透しない。
結果、道路に一気に溢れ出し、今回のような集中豪雨の際は鉄砲水が発生して低地を伝って何十キロという大地を大河のように流れて大規模な水害となるのだ。
(あ、)
バブが唐突に気づいた。
「ジョーンズさん、ヘリポートにあるヘリは飛びますか?」
2週間前の大規模脱出の際、使われなかったヘリがあるはずだった。
故障しているのか、燃料がないのか?
理由は聞いていなかった。
それを思い出したのだ。
ジョーンズが泣きそうな顔で弱々しく言った。
「動きます。」
だが、パイロットがいない。
それを聞いてバブが叫んだ。
「全員、ヘリポートに移動!脱出する!」
バブの声にジョーンズが己を奮い立たせた。ヘリコプターと屋上のキーを掴み先頭に立つ。
屋上に上がると見慣れたブラックホークがそこにあった。
米軍の11人乗りのヘリコプターだ。
迷わず右側のコックピットに乗り込みハーネスを装着。
コ・パイ(副操縦士)に経験者のレッドを呼ぶ。
続いたレッドが計器類のチェックを始めた。
砂漠の砂で出来た茶色の濁流が、更にかさを増し猛スピードでどんどん上の階に近づいて来る。
恐怖が全てを飲み込む様は身体が凍りつきそうだった。
全員が、早く早くと唇を振るわせながら祈っていたことだろう。
"お願いだ、一刻も早く、飛んでくれ"
職員3名が乗り込んだところでホバリングを始める。
シャーク達が乗り込み、ジョーンズ達の5点ハーネスの装着を手伝う。
浮いたブラックホークに最後に飛び乗ったライトと待っていたサンダーが力を合わせ、突風に煽られないよう全力でスライドさせてドアを閉めた。
大急ぎで座席のハーネスを着けつつ、大声でバブに合図する。
ホバリング開始から僅か1分でブラックホークは垂直上昇し、天上に飛び立った。
下は黒々とした爆流が町のほとんどを飲み込み流し去っていた。
この大洪水を巻き起こした雷雨は数十キロは離れているようだ。
遠くの山の辺りに真っ黒な雲の塊が見える。
日の出の時間を迎えたが、この辺りの空は曇り空。
眼下には大使館の最上階の半分まで泥水に到達した跡が見える。
付近の低地は全域が大きな茶色い泥河ようになっていた。
悪夢のような朝だった。
僅かにある高い土地の家屋以外は、寝ている間に人諸とも流されて、数百人が死亡した。
この恐ろしい天災に偶然助けられたバブ達は、隣国の大使館経由で話がつき、そのまま予定通り隣国へ脱出した。
これで終われば奇跡のような脱出劇だった。
だが、話はそこで終わらなかった。
救出作戦は叶ったが、最後にヘリに乗り込んだライトは、揺れで気がついた4人の米兵を見殺しにしていた。
数週間後、大洪水の復旧作業をする米軍が、現地で4人の遺体を回収し、死因が特定された。
彼らは足を撃たれていた上で溺死していた。
責任者であるバブが呼ばれたがライトが自分がやったと自首し、秘密裏に行われた軍法会議で事の真相が明らかになった。
理由はヘリコプターの定員オーバーになる為。
バブ達9名に米兵4人が加われば、ブラックホークの定員11名を超える。
それに気づいたライトが最後に、追って来れないよう、足を撃ったと証言したのだ。
もちろん、先に2分隊による反乱があった事も報告された。
先にヘリに乗り込んでいた大使館員の証言もあり、ライトの行動は情状酌量。真相は闇に葬られた。
何より、機密文書の漏洩を阻止、次いで大使館員を救出することが第一優先だったからだ。
だが、その後。
それを知らされていなかったバブとの間に亀裂が入った。
「お前、なんだって足を撃ったりしたんだ。水は屋上までは来なかった。歩ければあいつらだって助かる確率があったんだぞ。」
軍法会議はとっくに終わっていると言うのに、バブはライトを責めた。
ライトはバブを睨みつけながら言った。
「あんなしょうもないヤツらは死んだらええねん。あいつらがヘリにぶら下がってみぃ、定員オーバーでヘリが落ちてたところやねんぞ。」
そうなったらバブに責任が行く。ライトはそれを心配していた。
そして。
ライトは真実を語った。
「わざと足だけ撃ったんや。」
ひとりが言うとった。と続く。
「あいつら、俺らを殺して、ジョーンズ達も殺して、機密文書を反政府軍に売りつけるつもりやったんや。それでその罪を全部バブになすりつけて、大金を手に入れて自分らは南国で優雅に余生を過ごす言うてた。」
だから。
足だけ撃って、あの大洪水から逃げられへんようにして、生きたまま恐怖を味わせたかったんや。
「ライト、お前わざとだったのか?」
ライトの肩に掴みかかりバブの目が怒りに震えた。
(俺の為に、どうしてお前が手を汚した。)
「お前の為ちゃう。俺があいつらを許せんかっただけや。」
バブの怒りにライトも負けてはいない。一歩も引かなかった。
みんなを守る為でも、怒りで殺すのは違う。
死の恐怖を晒して殺すのは拷問だよ、ライト。
それは俺が望む世界じゃないんだ。
誰だって間違いを犯すことはある。
でも、死んだら誰もやり直せないんだぜ。
俺たちは、誰かの間違いを正せる力を持っているんだ。
それを必要な時に使わなくてどうする。
何の為に、死にかけてまで身につけた力だよ。
「バブ。それは綺麗事やわ。俺らは人殺しや。そやけどそれは、理由もなく殺す訳やない。私利私欲で生きてる訳やないんや。俺は自分の欲の為に殺そうとしたアイツらを許されへん。何度生まれ変わっても、また絶対アイツらに生きたまま泥水の恐怖の中で死なせてやるわ。」
ライトには、私利私欲で自分を産み、捨てた憎むべき血族がいた。
己の欲のために簡単に人を切り捨てる、そういう人間を憎む事で生きてきた。
その怒りを4人に対して放ったライトと、マーダーのくせに誰の命も守って、まだ人を信じたいバブは、歩み寄ることが出来なかった。
力なくバブが、もう一度だけ。小さな声で訊いた。
「もし、また同じことがあったら?」
「さっきも言った。」
ライトは、変わらない。
何度生まれ変わっても、俺は絶対にあいつらを許さない。
ライトの強い憎しみの目を受けたバブは、その時、静かにライトから手を離した。
バブは無益な殺しを良しとしないマーダーだった。
軍が赦して、マーダー協会が赦しても、バブはライトを受け入れなかった。
「わかった。」
お前は俺の大切な友だったよ、心から、そう伝えてから
「今後、2度と俺の前に姿を現すな。」
決別。
バブは、仲間という大切な輪の中からライトを抹消した。
ライトは転属となり、以来、3年。
ふたりは音信不通となっていた。
「これが、俺がライトを赦せない理由。」
たったひとりの友達、だったんだけどな。
べべにではない。
バブの言葉が、海に向かって吸い込まれるように落ちて行った。
気持ちが行き違ったままのふたりにべべも言葉がありません。




