都立浮葉東高校 文化祭 ③ BELOVED
午後のステージが始まる直前。
体育館に備え付けのパイプ椅子を並べて作った簡易の客席が全部埋まり、満席になった。今、急遽追加の席を作ってる。
「校内から椅子を集めるの大変だよ。まだ外に列が出来てて立ち見も多くなりそうだ。」そう生徒会の役員が伝えに来ていた。
5分遅れで始まったステージも、次で3曲目。ラストの曲。
盛り上がる曲を2曲やったあと。
ギターの多聞がメンバー紹介のあとの短いMCを始めた。
「えー、皆さん。盛り上がってくれてありがとうございます。早いですが、次が最後の曲です。」
体育館の前方を陣取ってる亜美のファンらしい女の子達が一斉に「えーっ」と声を上げた。お約束。
でもありがたい。
亜美は女の子向けのファッション誌『PUREGIRL』の専属モデルなので、圧倒的に同世代の女子人気が高い。
多聞が話している間、客席全体を見まわし、前方のファン達ともひとりひとりアイコンタクトを取る。
2列目の端っこに中庭で会った3人組もいた。
本当は。プライベートな学生生活の中のイベントだ。情報は一切出していない。
でも多分、東波にいた藤城亜美がどこに転校したかなんて、すぐにバレてしまう。何しろネット社会。
亜美も慣れたものだ。
これ以上、追いかけて家まで来たり、学校や他の生徒に迷惑をかけさえしなければ。
多聞が喋っている。
「この曲は、ボーカルの亜美ちゃんの作詞に僕が曲をつけました。」
ここでこの日1番、客席が沸いた。
それを聞きながら、私はバブの事を考えていた。今、1番ここにいて欲しかった人。
「最後の曲はバラードです。皆さん、どうぞ座って聴いてください。」
そう多聞が言い、立って聴いていた人々がざわざわと客席に座ろうとしていた。と、その時。
後方の暗幕が僅かに開いて、するっと入って来たシルエットが見えた。
「曲紹介は、亜美!」
振られてタイトルを言う。
一旦、目を瞑り、すぅっと息を吸う。目を開けた。
視線を真っ直ぐに注ぐ。
「聴いてください。『BELOVED』」
ドラムの和佳が、ワン、ツー、とカウントを取り、前奏が始まった。
『BELOVED』
「これが恋だとか
これが愛だとか なんて知らない
一生知らなくていい
春を待つ桜の木の下で
空を見上げてた
数多の星の中で ただひとつ
光る きみの星座
逢えないきみの痛みに
胸が痛むよ
今 傍に誰かいるの?
どこにいても 自由で
誰といても 笑顔で
ただ ただ 幸せでいて
初めて心に灯る
祈りにも似た 小さなぬくもり
雑踏の中 きみを探した
いないと知ってるからヘッドフォン
頭の中で聞こえる声 抱きしめた
きみが恋しい
きみが愛しいよ そんな気持ちに
気づかないで ずっと
ずっと 祈ってる ずっと 」
バラードになって照明が少し暗くなっていた。雰囲気を盛り上げる。
体育館の客電にわずかな明るさが入っていて、客席の顔もぼんやり見えていた。みんな、一心に亜美を見つめている。
歌っている間。
亜美の正面。1番後ろの出入り口のすぐ横の壁にもたれている金髪が見えていた。
最後に滑り込んで来た。
吊った左腕は、肩に引っ掛けた上着で見えない。
誰も気づかないね。私以外には。
どんな魔法でも使える、バブだから。
届け。
キミへ届け。
届け。
届け。
届け。
歌い終わって客電が点いた時、そこにはもう誰もいなかった。




