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「そうね、顔は整ってるわ。さすが王族ねって元だけど」
「顔、ですか?」
「あれは相当女を誑かしてきてる顔よ。あたしも、最初はあの底知れない雰囲気もあって落とされそうになったから。リリー、あんたも気を付けなさい」
「私には、その、そう言った話はまだ早いかなって」
「何言ってんの。女が女でいられる時間ってのは短いの。そんな悠長なこと言ってたらあっと言う間に行き遅れるんだから」
何やら実感の伴った熱意が言葉に乗っており、リリーは「はあ」と頷く以外に出せる言葉がなかった。
「まあでも、あたしも概ねリリーと同じかな」
「同じ、というと?」
「あたしもジェイドのことはよく知らない。二年くらいいるけど、ほとんど何も」
そう言うニーナの目は、ここではないどこか遠くを懐かしむようだった。
リリーにはその目に見覚えがあった。ダズが魔物化した時のことを語ってくれた時も同じ目をしていた。
「それこそ、リゼとかあたしのお兄ちゃんなら何か知ってると思う」
「お兄さんがいるんですね」
「言ってなかったっけ?」
「初耳です。なんとなく、家族のことって聞きづらくて」
「そうだよね。でもまあ、もう死んでるんだけど」
「あ、えっと、ごめんなさい」
「謝らないでいいって。昔の話だから」
「ニーナのお兄さんって、どんな人だったんですか」
「んー? 気になる?」
「はい」
「しょーがないなぁ、特別よ。お兄ちゃんは王国の正規兵でね、今じゃ形骸化してるけど、色々と功績を上げて騎士爵を叙勲された人なの」
六歳離れたニーナの兄は、成人すると同時に村を出て兵士に志願した。
内乱が終わっても各地に残る混乱を目の当たりにして、自分にできることを模索した結果、兄は王国予備兵となった。
精悍だが幼さも残した容姿に、生来の人当たりの良さから、先輩や後輩、上官などからも幅広く慕われていたという。
爵位を叙勲されてからも、伝統と地位に固執する頭の古臭い貴族連中にさえ気に入られていたというから、人付き合いの妙は相当なものだったはずだ。
兵士としての能力も十二分にあり、特に鎧を着ても平然と泳げることと、じっとしていれば十分以上も潜水できる肺活量で、ちょっとした有名人でもあった。
「太陽みたいな人だった」
ニーナは兄の印象についてそう語った。
兵士になって二、三年経った頃、魔物の被害が相次いで報告された。
強さにもよるが、魔物を一匹討伐するのに兵士が十から二十人必要であり、死傷者は後を絶たない。
そこで対魔物特化の調査討伐部隊結成がジェイドから打診されたらしい。
試験運用の最終段階が今のリリーたちなのだが、その前身となったのがジェイドとリゼとニーナの兄の三人だった。
ニーナの兄が選ばれたのは、配置転換の自由がきく下っ端兵の中で唯一魔力を発現させていたからである。
彼らはすぐに目覚ましい活躍を見せはじめた。
各地の魔物を次々と討伐し、生体の調査も行い、危険と未知を切り開いていく。
それらの功績が認められ、ニーナの兄は騎士爵に叙勲されたのだ。
またジェイドたちの活動には多額の資金援助が入るようにもなり、人員の増加と活動における諸々の権限の強化も見込まれた。
これからさらに活躍してくれるだろう。
そんな期待が誰の胸の中にもあった。
ニーナの兄が魔物との戦闘で命を落としたのは、それからすぐのことだった。
「お兄ちゃんが叙勲されたって聞いてさ、お祝いにこのライターをあげようって思ったんだ。というかそのために買ったの、これ」
ニーナはライターをポケットから取り出し、懐から巻き煙草を一本抜き、じっと小さく火を点け煙をくゆらせた。
「『大人の男になりたい』とか言ってたから、煙草でも吸ったらって言ったの。そしたら本当に吸うようになっちゃってさ」
肺に煙を吸い込み、視界をぼやかすように煙を吐き出す。
ニーナの喉に苦みが残り、こめかみがずきりと痛んだ。
「あたしの住んでたところってアンリアハットに近かったから。
よく買い物に出かけてたの。舶来品が卸値で売ってるから安くて。
でもこのライターはちょっと高くってさ。
なけなしのお金はたいて、それでも足りなくて、仕事を手伝って、買ったの。
次に帰ってきたら、渡そうと思ってね」
じりじりと端から赤が消えて、ぽろぽろと灰に崩れた煙草の燃えカスが地面を焦がした。
一本吸い終えたニーナは、足元に落として踏みつけ火を消した。
「帰ってきたのは棺に入った死体だったよ」
リリーにはニーナに掛ける言葉を持ち合わせてはいなかった。
普段なら口癖のように「ごめんなさい」と言っていただろうが、他人の人生、ましてその思い出に謝罪するなど、失礼でしかない。
沈黙にさざめく枝葉の音が、やけにうるさかった。
「お兄ちゃんからさ、ジェイドの印象を聞いたことがあったんだ」
「どうでした?」
「次の王様にはあいつが相応しいって言ってた」
「王様に?」
「『未来が見えているような先見性、他者を導く尊敬と畏怖、何よりあいつの思い描く明日を見たい、一緒に作りたいって思わせる光がある。
あいつは、太陽みたいなやつだ』ってそんな感じのこと」
それを聞いても、リリーはピンとこなくて小首を傾げた。
あまり関りがなかったからにしても、太陽と言うよりむしろ、夜の闇の方がまだ納得がいく。あの飄々とした感じからして王様というのも柄ではない。
「だからまあ、あたしもよく知らないんだよね。期待させちゃったごめんね。
それこそ、一番初めからいたリゼならもっと詳しく知ってるんだろうけど」
「あら、呼んだかしら?」
リリーとニーナは声のした方を振り向いた。
風に揺れる髪を押さえながら、やってきたのはリゼだった。
「リゼも眠れなかったんですか?」
「そうね。ちょっと目が覚めたから散歩でもと思ってね。
それより、私を抜きに女子会なんて看過できないわ。混ぜなさい」
リゼは言うとリリーの横に座った。
三人が座るには少々手狭で、ニーナとリゼに挟まれる形になったリリーは肩身の狭い思いだった。
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