74
「どう、と言われても」
ニーナの前髪が風に揺れた。リリーはニーナから顔を逸らして前を向く。
視線の先、以前に斬撃を拡張させる訓練の練習台にした木が、ざわざわと影を躍らせていた。
斬撃の拡張をものにした今のリリーなら、このベンチに座っていながらでも枝葉を切り飛ばすことができる。
わずか数カ月のうちの出来事なのに、リリーは色々なことを学び、経験し、人と接し関り、自他境界の認知比較における理解を深めてきた。
リリーはもはや退廃特区にいた時のような、父の命令を実行するだけの意思を殺した人形ではない。
「私はジェイドのことを何も知りません」
それでもジェイドのことはほとんど知らなかった。
関わった回数も数えられる程度なのに、その少ない中でさえ当たり障りのない交流ばかりだった気さえしてくる。
むしろ意図的に避けられていたのではないかと思い至って、何でもいいからジェイドについて分かることはないだろうかと頭を巡らせる。
リリーは今一度その出会いからを改めて思い返してみた。
始まりはリリーが退廃特区のチンピラ二人組に誘拐されたところからだ。
二人組の前に突然現れたジェイドは、リリーを買いたいと交渉し、金貨一枚を渡していた。
金貨の価値が分かる今となっては、そんなとんでもない金額をぽんと出せてしまうジェイドの金銭感覚は非常識に思える。
即座に金貨を払ってしまえることもそうだし、何より金貨で支払えること自体がおかしいのだ。
いくら元王族だからと言って、そんなことができるのだろうか。
ジェイドに誘拐されてから、リリーはリゼに預けられた。
お風呂もベッドも食事も、生活の全てが初めてで、リリーは自分がどれほど過酷な環境に生きていたのかを思い知らされた。
これを手放したくないと強く思うほどに。リゼ監修のもと、勉強や運動が行われ、期待通りの成果を出さねばと気を張る日々だった。
父のもとへ行く。そう告げられたのは誘拐されて数日後のことである。
不安がいっぱいのまま、なぜと理由を聞かされぬまま、キレイな服を着て髪を整えてもらい、ジェイドに伴われて退廃特区へと足を踏み入れた。
そういえば、ジェイドはリリーの家を知っていたような、迷いのない足取りで歩いていたように見えた。
どこで、どうやって、なぜ知っているのか。
それを聞き出す余裕は当時のリリーにはなかった。
というか疑問にすら思っていなかった気がする。
直後に父の死を目の当たりにして、正気ではいられなかったからだ。
記憶は断片的で、うっすらとしたものが残っている。
あの太った男がやってきて、ジェイドに追い返されたこと。
父の死体をゴミカゴに入れて、共同墓地まで持ち運んだこと。
泥だらけになりながら穴を掘って、父の死体を埋葬したこと。
父の名前すら分からず、自身の無知蒙昧を恥と知ったこと。
……あれ? じゃあなんで、リゼは私の名前を知っていたのだろうか。
ふと、リリーの頭の中にそんな疑問が浮かんできた。
たしか突然名前を呼ばれた時も、多少は驚いていた気がする。
なぜって、あの頃のリリーは口をきいていないはずなのだ。
いや、まあ、今は置いておこう。考えても答えは出ない。
リリーはそれからと再び記憶を掘り起こしていく。
父を埋葬してからひと月近く、ジェイドとは顔を合わせなかった。
自分が寝た頃に帰ってきていたのか、はたまた一度も帰ってきていなかったのか、リリーは日々が目まぐるしくて気にすることもなかった。
ジェイドと再会したのはニーナたちが魔物討伐の遠征から帰ってきた日だった。
ニーナたちと軽く自己紹介をして、なぜかレオンと模擬戦になって。今思えば、レオンのことはすごく苦手な相手だったなと、リリーは苦笑する。
模擬戦は引き分けて、リゼの総評が終わったところにジェイドがやってきた。
魔物討伐の依頼を持ってきたジェイドに、みんな嫌な顔をしていたのを覚えている。リリーだけがよく分かっていなかった。
依頼目的地までの道中はニーナとばかり話していたので、ここでもやはりジェイドと会話を交えた記憶があまりない。
討伐対象はハミングバード、地域固有名称ではロックバードという魔物化した鳥で、その調査も依頼内容に含まれていた。
目撃証言のあったレンフレット大森林に赴くや否や、ロックバードは襲ってきた。はじめは音による妨害だった。
レオンやニーナはそれを威嚇とか敵意とか警告と言っていたけれど、実のところリリーにしてみれば、それは仲間に危機を報せる音に聞こえていた。
だからなんだという話なので、今の今まで忘れてしまっていたのだが、思い返してみると不思議である。
またロックバードと戦闘になった際、ジェイドはなぜかレオンが狙われることを知っている口ぶりだった。
しかしまあ、魔物との初めての戦闘、レオンの怪我や絶命の危機、その後の調査で経験することなどで頭がいっぱいだったので、気にする余裕がなかった。
調査を終えて市長と面会をした。
市長はリリーについて何か知っているようだったが、調査内容には関係のない話だったし、失礼があってはいけないと自重した。
面会を終えるとジェイドから短剣を返され、父の墓参りにニーナも同行するよう命じていた。
もしかしたら、ジェイドはあの太った男や殺人鬼とリリーが出会うことを知っていたのかもしれない。
そう考えるのは、邪推が過ぎるだろうか。
それからまたひと月、ジェイドは姿を現さなかった。
かと思えば数日前、市長との面会があると言ってみんなを連れ出し、こうして再度レンフレット大森林に赴くことになる。
そうしてつい先刻、レオンが殺された。
記憶を思い返したリリーは、やはりジェイドのことを何も知らないということを再認識するに至った。
そればかりか、疑義や疑惑が深まる一方である。
「ニーナは、ジェイドをどんな人だと思いますか?」
自分一人の記憶ではらちが明かず、リリーはニーナに尋ねた。
~~~~~テンプレート~~~~~
・評価:(∩^o^)⊃-☆
・感想:φ (..)
・リアクション:(`・ω・´)b
上記等の反応を頂けると嬉しいです!
よろしくお願いします m(_ _)m
~~~~~テンプレート~~~~~




