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「やっと着いた」
レオンが安堵の声を漏らした。
太陽が森の高さの接点に触れようかという時刻、ジェイドたちはようやく件の泉へと辿り着いた。
死体を下してからの道中では他の魔物と遭遇こそしなかったものの、報告にあったおおよその位置までやってきても何も発見できなかったのだ。
それから周辺を広く探索して数時間、口には出さないまでも、誰もが今日は諦めようとしていたその時、急に視界が開けて泉の前へと出た。
大きさは目測で報告と合致しそうだが、想像とは大分異なっている。
有り体に言えば幻想的でいて美しく、敵生体が突然現れて死体の山を築くといった雰囲気はどこにもない。
傾いた陽光が水面に色を映し、キラキラと弾ける光が互いに衝突し合って空へと昇っていく。
まるで天に聳える巨大な柱の根元を見ているような光景が広がっていた。
その光景に皆が魅入る中、リリーはどこか懐かしさを想起していた。
「とりあえず、周りを見てみるか」
リゼとジェイドが先頭に立ち、泉の縁をぐるりと回る。
泉の水は透き通り、浅瀬であればゆらりと伸びる水草とその底が見える。
中央へ行くにつれ深くなっており、青の濃くなっていくグラデーションに色彩のぼやけた境界は、水面からどれほどの高さにあるのか判断がつかなかった。
もはや泉というより小さめの湖と言った方が自然である。
しかし、そうすると不思議なことに、植物以外の生き物の姿が確認できないことが不自然に映った。
河川と隣接しているわけでもないので、魚影がないのは理解ができるにしても、虫や蛙や蛇といった動物さえ見当たらない。
見れば見るほどこの泉は、ここに来るまでの森の様子と同じく、何か特別な力が働いてできた創作物と思えてくる。
注意深く観察しながら一周したジェイドたちだったが、予想に反して、期待していた現象が発生する兆しさえ掴むことはできなかった。
調査隊が発見した泉はここではなかったのではないか。
そんな疑義がうっすらと思考に影が落ちてくる。
「野営の準備でもするか」
だからと言って今から別な場所を探すにしては日暮れが近すぎた。
ひとまずは周辺が安全であると判断し、ジェイドたちは泉から多少の距離を取ったところに野営の準備を始めた。
ジェイドとダズはテントの設営を行い、リゼとリリーが木の枝を拾ってきて、ニーナの火起こしを手伝う。
レオンが調理に使う水を泉に汲みに行き、水面に手を振れた。
今日はちゃんと休息を取って、明日また頑張ろう。
誰しもが明日へと思いを忍ばせ、緊張の糸が緩み、無意識のうちに油断してしまうのも無理からぬことだった。
いつだって事が起こるのは、そんな小さくできた綻びの隙間からである。
突然、泉から魔力が溢れ出した。
それもジェイド以外が視認できるほどに膨大で、空間を歪め光を乱反射させるような力の奔流が、中心に向かって渦を巻く。
以前、殺人鬼と戦った際にリリーへ魔力が宿った現象と似ているけれど、その量と規模は比べるべくもなく圧倒的な差があった。
はっと我に返ったレオンはすぐさまその場を離れ、異変に気が付いた他の面々も武器を取って集合し、即座に警戒態勢へと移行する。
何が起こっているのか、起ころうしているのか、全員がその光景を固唾を呑んで見守っていた。
溢れ出た魔力は中央へと収束していき、徐々に小さくなっていく。
極限まで圧縮された魔力の塊は、半透明な人の形を模して浮いていた。
その輪郭はぼやけて靄が伸びるように靡き、人の形を模しているといっても首から先はなく、道中に相対した死体を思わせる造形をしている。
空中に浮遊していたそれはゆっくりと水面に下り、波紋が岸へと渡った。
さてどうするべきか。
呆気に取られて硬直する中、リゼは思考を巡らして、こういう時こそ判断を委ねるべきとジェイドに視線を向けた。
だが、ジェイドは呆然としていた。
ぽかんと口を開け、焦点の合わない瞳にはここではない光景に懸想しているかのような、魂の抜け殻が残されている。
ジェイドに何が起こっているのか。それが分かるのは、この場ではリゼだけだ。
事態の深刻さを察し、手荒いことと承知の上で、リゼは剣の柄頭でジェイドのこめかみをぶん殴った。
リゼの奇行に驚き目が動くが、リリーたちは目の前のそれから気を逸らすべきではないと分かっているがゆえに、沈黙していた。
「いってぇ」
脳に衝撃が走ったジェイドは、こめかみを押さえてふらりとよろめく。
「しっかりして」
「悪い。助かった」
「何が、いえ、どうする?」
ジェイドに何が起こったのか、聞きたいことはあれど優先順位を間違えてはいけないと思い直し、リゼは判断を仰いだ。
「どう、って言ってもな」
何かを躊躇うようにちらりとレオンに視線を向けたジェイドは、「いや」と呟き重たそうに瞬きをした。
「全員てっ」
撤退。
そう言い終えるより先に、それは動いた。
右腕を胸の高さにすっと持ち上げ、ゆっくりと虚空を払う。
草原に風がそよぐことが、海が潮の満ち引きを繰り返すことが、昼と夜が入れ替わることがそうであるように。
誰しもがその行為に疑問を持つことも、まして警戒することもできず、ただ自然の事象として受け入れていた。
払われた腕が止まり、元の位置に落ちる。
音もなく、レオンの首に赤が走った。
つと血が伝う。
「あ?」
瞬間、石臼でも引くみたいにレオンの頭がくるっと一回転して、元の位置へと戻り、そのままうつ伏せに倒れた。
ごろんと頭が転がる。
ちゃぽんと音を立てて泉に落ちる。
思い出したように、首から血が噴き出した。
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