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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第七章

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63


 雲が散り、夜の浸色を受けてグラデーションのアーチが掛かる空の奥、ちらちらと一等星が瞬き始めていた頃合いに、リリーは玄関のドアを開けた。


 帰りを告げることなく、また誰とも顔を合わせず一直線に階段を上がり、自室へ入ってカーテンを閉める。


 雨に濡れ、土と泥と汗と血で汚れ、すっぱりと袈裟に切られた服を脱ぎ捨てると、リリーは下着だけ交換してベッドに潜った。


 毛布を被って横になっても心は一向に落ち着かない。


 目を瞑れば、男が真っ二つに割れた瞬間が何度も繰り返された。


 体を起こしたリリーは毛布を被ったまま、壁に背をつき三角座りをした。


 抱えた膝に顎をのせると、もはや懐かしさが込み上げてくる。


 そうして、退廃特区で暮らしていた時のことやここ一、二か月の間に起きた出来事などが走馬灯のように思い返された。


 人生上映の最後は決まってあの男の「人形ごっこ」という結論が耳を打ち、うっすらとした意識の中で真っ二つに割れ、気付いたら雨が止んでいる。


 何度も。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も、変わり映えもなく反芻されるそれは、リリーに答えを迫っていた。


 途中でリゼやニーナの呼ぶ声が部屋の外から聞こえてきた。


 だが、リリーはそれらに気付かないフリをして、沈黙を守っていた。


 窓の外から小鳥の(さえず)りが聞こえてくる。


 リリーは顔を上げて、毛布の隙間からそっと目を凝らすと、カーテンがほんのり光に濡れていることを知った。


 早朝のこの時間は、いつもなら自主訓練をしている。


 普段通りを求める体が、意思に反して動き出す。


 まるで人形のようだと自虐するが、反する意思など元からないじゃないかと卑屈な言葉が脳裏を過ぎった。


 ベッドから下りて、訓練着に着替え庭に出る。


 少し霧のある冷たい朝は心地よく、何も変わっていない。


 木剣を手に取り、準備運動に型の練習を行う。そうしている内は、悪夢から逃れることができていた。


 庭に出るための裏口のドアが開く。


「おはよう。今日も早いね」


 やってきたのは眠たそうにあくびをするダズだった。


 手を組み上に掲げ大きく伸びをすると、体かバキバキと盛大な音が鳴る。


 リリーはちらりと視線を向けるだけで、何も返さなかった。


「リリー、ちょっと話そうか。こっちにおいで」


 見兼ねたダズはドアの横のベンチに腰かけリリーを呼んだ。


 さしもの、命令のように言われたとあっては聞かないわけにもいかず、リリーはダズの横に腰を下ろした。


「回りくどいのは苦手だから聞いちゃうんだけど、昨日は何があったの?」


 説明を求められ、リリーは何か言おうと口を開くも、ぱくぱくと無音が鳴るばかりで、言葉は探しても一向に出てこない。


 何をどう話せばいいのか、リリーにも整理が出来ていないのだ。


「ゆっくりでいいから。まずは僕らと別れた後に起こった出来事だけを教えて」


 ダズは努めて優しい口調で諭し、それならばとリリーも語りはじめる。


 ぽつぽとと降り出す雨のように、市庁舎で別れた後に何があったのか、リリーは淡々と事実だけを順番に、かつ言葉を尽くして語った。


「思ってたよりずっと大変だったみたいだね」


 聞き終えたダズは苦笑いを浮かべ、自身の思考を恥じた。


 リリーは同年代の子と比べれば大人しく、また聡明である。だが、子どもだ。


 帰りが遅くなったのも、部屋に閉じこもったのも、年相応に子どもじみた悪さをして、バツが悪くなっただけと考えていた。


 一人で帰ってきたニーナが「変態に襲われたからリリーを逃がしてぶっ飛ばした」としか言っていなかったのも要因ではある。


 それが本人から話を聞けばどうだろうか。


 街を騒がす殺人鬼に襲われ、その男は魔力が扱えて、戦闘になったと言うではないか。


 しかも、リリーがその男を殺すことで幕が引かれた。


 十中八九、男は魔物化していただろうし、最後のリリーもそうだろう。


「まあ何はともあれ、リリーが無事でよかったよ」


 どんな言葉を掛けるべきか、ダズはリリーの頭を撫でながら悩んで言った。


「大丈夫、殺人鬼を殺した非はリリーにないよ。むしろ正当なものだね。


 それに、この件でもし何かあれば、その時は僕らが君を守るから。


 って、君を一人にして傷を負わせた時点で言える立場じゃないけどさ」


「なんで」


「子どもを守るのが大人の責任だからだよ」


 地面に立てた木剣の柄を両手でぎゅっと握りしめ、今にも泣き出しそうに皺のできる表情でダズを見つめる。


 女の子に泣かれる、女の子を泣かせるというのは、いくつになっても男を焦らせるものである。


 ダズも例に漏れずあたふたとする中、つと涙を落としたリリーは、引き結んでいた唇の錠を解いた。


「どう整理をつけたらいいのか、分からないんです」


 喉に詰まった言葉は、吐き出すにも飲み下すにも痛みが伴う。


 リリーは大きく深呼吸をしてからダズに尋ねた。


「ダズは、人を殺したことがありますか」


「あるよ」


 即答するダズは、その日の出来事を思い出すように遠い目をしていた。


「一緒に暮らしていた仲間と、妻と息子を殺した」


誰かを害した心地の悪さと言ったらないですよね。

例えそれが悪人であったとしても。


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