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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第七章

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 リリーは左手に溜めていた魔力を解放した。


 せき止められていた力は短剣を含めた全身へと浸透し、限界と定めた身体能力を軽々と凌駕する。


 本来なら制御すらままならない力の奔流にあってしかし、脳の処理能力をさえ強化したリリーには容易いことだった。


 ふっと脱力して体の芯を抜き、足首、膝、腰、肩、首とバネのように関節を縮めると、重力に任せて前傾姿勢へと落ちていく。


 足の指で大地を掴み、体に一本の軸を戻して添え、溜めた力が解き放たれた。


 瞬間、背後に水と泥が爆ぜ飛散し、リリーの姿が掻き消える。


 あまりにも自然なその移動は、男の意表を完全についていた。


 男は反応もできないまま、瞬きを一度して、短剣の切っ先がその心臓へと迫る。


 そこが短剣の鞘だと錯覚するほど滑らかに、リリーの放った突きは男の心臓を穿ち射止める。……はずだった。


 リリーの短剣は男の胸と拳一個分の隙間を空けて止まっていた。


 衝突した音もその反動もなく、ただリリーが移動した余波だけが、一陣の風となって周囲を駆けるばかりである。


 リリーには何が起きたのか、起きているのか、理解が追いつかなかった。


 また短剣を押し込もうにも先へは決して進まず、例え届いたとしても勢いを殺されているために貫くことさえ叶わない。


 先に現状を把握したのは男の方であった。


 自身さえ気づかぬ早さで攻撃してきたこと、それを完全に防いだこと、目の前の少女は訳も分からずなおも刃をねじ込もうとしていること。


 そのどれもが愉快で、自然と笑みがこぼれていた。


 男は鋏を開き、リリーの目玉を狙って横なぎに腕を払う。


 反射的に飛び退いたリリーだったが、今度は右の頬から血を流した。


 肩で血を拭い、剣を構え直すリリーに、追い打ちをかけるようにして無理矢理に体を強化した反動が襲ってくる。


 視界がぐらりと揺れ、筋肉がきつく引っ張り合い、骨がギシギシと軋む。


 心臓は寿命を縮める早さで脈動し、全身からじわりと汗が滲んできた。


 そんな痛みをこらえながら、リリーは深呼吸をして男を睨む。


 まだまだやる気のありそうなその表情に、男は満足気に頬を歪ませていた。


「ありがとう。惜しかったね。次はどうする?」


 期待の眼差しを向ける男に、リリーは答えなかった。


 いや、声を発する体力すら今のリリーには惜しかったのだ。


 そのやりとりだけでリリーに余裕がないことを見抜いたのか、男は心底つまらなさそうに溜め息を吐いて鋏を下げた。


「君さ。なんでそんなに弱いわけ?」


 とはいえ、そんなことを言われて黙っているほど意気地がないわけでもない。


 疲労も相まって、リリーは年相応にむっとした表情で反論した。


「まだ訓練してひと月なので」


「僕もだよ? それだけやってその程度なら、才能ないんじゃない?」


 言い訳じみたリリーの言葉は敢えなく返されてしまう。


 言い返す言葉も見つからず、血と汗と雨の混ざった水滴が顎から落ちた。


「……じゃあ、その遠くを切るやつ教えてください」


「いいよ」


「そ、えっはぁ?」


「あくまで僕のイメージの話なんだけどね。


 切りたい場所に鋏を置いて切る動作を頭の中で想像する感じかな。


 鋏が伸びて切れるって想像もしてみたんだけど、これはダメだったね。


 なんか持ってる鋏まで重くなってさ。ぜんぜん切れないのなんのって。


 それか、違う表現をするなら……んーそうだなぁ。


 切りたいところが切れたっていう、結果だけを想像するみたいな?


 まあ、まずはとにかくやってみようか」


「なんで教えてくれるんですか」


「店長も後進育成は大事だって言ってたからね。それに僕と君は違うから。


 君がまったく別の発想で僕の知らないことができる可能性もあるでしょ。


 今度は僕がそれを真似したら、もっとすごいことができるかもしれないじゃん。


 ってそんなことはどうでもいいからさ、ほら、やってみなよ」


 リリーはなんだと訝しみつつ、生来の素直さゆえに試してみることにした。


 男の言っていたことを頭の中で反芻し、想像する。


 短剣を上段に持ち上げ、男の左腕を切り飛ばすつもりで振り下ろした。


 シン、と辺りが静まり返り、何かが起こる様子も気配もない。


 男は両肩を小さく上げて、おちょくるポーズをとった。


「ははっ、やっぱ才能ないんじゃない?」


 馬鹿にされたこと、口車に乗って試したこと、実は期待していたことなどが一気に噴出して、リリーは羞恥に顔を赤く染めた。


 まるで晴天の昼下がりに庭先で起こった団欒の一幕のような空気感に、リリーのピンと糸を張っていた緊張と警戒が緩んでしまう。


 それが男の狙いだったとも知らずに。


「そんなんだから気付かないんだよ」


 男は罠の仕掛けを作動させるみたいに鋏を鳴らした。


 いったい何を、とすぐに警戒態勢へと戻ったリリーだったが、それは想定の外からやってきた。


 ふっ、と視界が一段暗くなり、思わず見上げた頭上には、道幅いっぱいの水の塊が落ちてきていた。


 回避など到底間に合わず、手で頭を守ることしかできなかったリリーは、その水の塊に圧し潰された。


 これまで感じたことのない強い衝撃に意識が白飛び、呼吸を邪魔するように口の中へと大量の水が殺到する。


 濁流にのまれて身動きすら取れないリリーはそのまま流されていく。


「はい、さよーなら」


 轟々とうねる水の中で聞こえた微かな呟きに、わずかばかりの抵抗として、リリーは短剣の刃を体の正面に立てて防御を試みた。


 それとほぼ同時に、短剣へと衝撃が走る。


 甲高い金属音と水の爆ぜる音と共に、リリーの体は吹き飛ばされた。


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