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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第七章

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59


 短剣を中段に構えたリリーは、切っ先に走る衝撃を体全体を使って受け流す。


 圧倒的な間合いの外から、無色透明で音もなく飛んでくる斬撃に対して、リリーは短剣による探知を行っていた。


 男が振った腕の軌道に合わせて短剣の位置を微調整し、衝突と同時に受け流すか、あるいは軌道を読んで衝突前に躱しきるかを繰り返す。


 こうすれば大きな傷を負うこともなく、敵の攻撃に対処が可能であった。


 だが、対処可能であるからといって、反撃ができるとは限らない。


 両手を使って間断なく、連続して繰り出される斬撃を前に、リリーは距離を詰めることもできず、ただひたすらに剣戟を鳴らしては防戦を強いられていた。


 心なしか、徐々に距離が離れていく気さえしてくる。


 このまま少しずつ後退すれば逃げれるかもしれない。


 そんな甘い考えが脳裏を過ぎる瞬間、油断という隙間にするりと潜り込むかのように、男は目の前の空間を鋏で切った。


 反射的に後ろを振り向きながら短剣を横なぎに振るリリーはしかし、そこには誰もおらず、虚しくも剣閃は空を切った。


「ざんねん、今回は目の前でした」


 背後からねっとりとした声がして、ぞくりと背筋に怖気がよだつ。


 リリーは体を左に傾けながら横に飛んだ。


 目線の少し上を紙一重に鋏の刃が通り、リリーは民家の壁に激突する。


 すぐさま立ち上がり剣を構えるも、男はすでに次の攻撃を出し終える頃だった。


 斜め十字に両腕を振るのを見て、受け流すことができないと判断したリリーはまた横に飛び、一拍遅れて民家が切り崩れた。


 誰も住んでいませんように。


 そう願うことしかできないリリーの頬に、水滴がたらりと伝う。


 雨はあの男の技によって降っていない。汗にしてはやけにこそばゆい。


 リリーが右手の甲で拭うと、血でべっとりと赤く染まった。


「弱いなぁ」


 意味もなく鋏を鳴らした男は溜め息を吐いて、独り言のように不満を口にする。


「せっかく僕から近づいてあげたのに。ちゃんと僕を殺す気あるの?」


「……ありません」


「えっ、じゃあなんで戦ってるの? 逃げればいいじゃん」


「逃がしてくれるんですか」


「君が僕の追跡を撒ければ逃げれるよ」


「じゃあ戦うしかないじゃないですか」


「今のまま戦うよりは楽しいと思うんだけどな」


 リリーが再び短剣を構え直すのを見て、男は首を左右に振った。


「それだよ。君からは僕をぶっ殺してやるって気概を感じない。


 逃げるでもなく、何か策があるでもなく、この場を凌ごうってそれだけ。


 僕としては練習ができていいんだけどね。


 でも本気でやらないと上達しないんだよ。


 さっきのだって目から上を切り飛ばすはずだったのに。


 壁の手前だけを切るつもりだったのに。


 僕は殺す気でやってるのに、君は全然やる気になってくれないじゃないか。


 本気でやってもらわないと、僕が退屈で練習に身が入らないだろ」


 幼児が駄々をこねるみたいに滅裂なことを言う男に、リリーは反論したくなる気持ちを抑え、深呼吸をして次の攻撃に備えた。


 鋏の鳴る音だけが沈黙の中に伝播して、「あ、そうだ」男が何かを閃いた。


「ねえ、君は大切な人っている?」


「……はい」


「よし、じゃあそれを殺す」


「どうやって?」


「君を拷問でもすれば連れてってくれる?」


「教えませんし、教えたとしても多分、勝てませんよ」


「やる前から否定されるのは好きじゃないんだけど、一応理由を聞こうか」


「あなたより強いからです」


 リリーはリゼのことを思い浮かべていた。


 たしかにこの男の間合いを無視した斬撃と突然移動する技は脅威だが、それだけでリゼに勝てるイメージがどうしたってリリーにはできなかった。


「へぇ、そそるね」


 自信満々に言い切るリリーに、男は嬉しそうに舌なめずりをして口角を上げた。


「でもそうだなぁ、じゃああれだ。関係ない人をたくさん殺すってのはどう?」


「どう、と言われても」


「あれ? なんだ正義の味方ってわけでもないんだ」


「わたしには力不足です。そういうあなたには大切な人はいないんですか」


「うん、いないよ。ああでも、お世話になった人はいるな」


「今のあなたの所業を、その人たちに誇れるんですか」


「もちろん。きっと褒めてくれるだろうなぁ。……あっ、いいこと思いついた」


 男はポンと手を打ち、「店長と(あね)さんを殺そう」新しくできたレストランに行ってみようとでも言うような口調だった。


「はっ? なにを急に」


「さっきも話したけどさ、僕を雇ってくれた店でね。


 こじんまりとした床屋なんだけど、腕はいいし器量も大きい人たちなんだ。


 あぁ、なんだって僕はそんな大事なことを忘れていたんだろう。


 そうだなぁ、店長は熊みたいにでかくて強そうだったよね。


 姉さんは気の強い感じだけど、旦那が目の前で殺されるのを見たらどんな反応をするんだろう。泣き崩れたりしちゃうのかな。


 でも姉さんを先に殺して、店長が呆然としちゃうのも見てみたいや。


 どっちもいいな。どっちがいいかな。あ、ちょっと勃ってきちゃった」


 恍惚とした表情を浮かべる男におぞましい寒気を覚えながら、ごくりと唾をのみ、「一つ、訊いていいですか」リリーは軽蔑の眼差しを向けて訊ねた。


「もう今いいところだったのに。で、なに?」


「その人たちってなんて名前ですか」


「んーなんだっけ。えっと、カレット夫妻だったかな」


「アンナ・カレットさんですか」


「そうそうそんな感じだったね。あれ、もしかして知り合い?」


「ごめんなさい」


 自身にだけ聞こえる程度の小さな声で、誰にとも告げない謝罪を口にしたリリーは、少しの間だけ、殺意に身をゆだねることを許容した。


 目を閉じ、深呼吸をして、目を開ける。


 短剣を握る手に迷いはなく、心には白波も波紋さえ立たせぬ止水の膜を張る。


「あなたを、殺す理由ができました」


「いい顔できるじゃん」


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