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「お話は苦手なのかな。それとも恥ずかしがり屋さんかな」
男は殺意をそのままに、にこやかな笑顔を作りながら、一歩ずつリリーへと迫っていく。
「大丈夫だよ。お兄さんは怖くないから」
リリーは短剣を構えたまま、距離を保つために一歩ずつ後退していた。
「あ、そっか、遠くて聞こえないんだ。雨、うるさいもんね」
男は立ち止まり、鋏の面を体の前に置くと
「じゃあ、そっちに行くよ」
チョキンと空を切った。
「へぇ、いい髪だ。きれいに手入れしてるね」
リリーの背後から声がしたのと、毛先に触れられていると感じたのは、ほとんど同時だった。
全細胞が危険信号を発し、急激に沸騰させられた水のように、リリーの血が瞬く間に全身を一巡する。
考えるよりも先に、リリーはその場から前に飛び出し男と距離を取った。
痛いほど血管が脈動しており、その鼓動に合わせるために浅く早い呼吸が繰り返され、リリーはパニックに近い状態に陥っている。
敵から目を離してはいけない。
リゼの教えが頭を過り、リリーはすぐさま振り返った。
男は髪の束を摘みながら曇天の空に掲げ、興味深そうに眺めている。
はっとして、リリーは自分の後ろ髪に触れた。
左側の肩口以上に伸びていた髪の毛が首の中央くらいまで短くなっている。
もし男が最初からリリーを殺す気であったなら、頭と胴体が分かれ、血を噴き出し、水溜りを赤く染めていたことだろう。
そうしてまた、男が髪の毛を手に持っていなければ、リリーは切られたことにさえ気づかなかったはずである。
その事実が、彼我の実力差を物語っていた。
小さな虫のような形を成した恐怖が、足元からぞろぞろと湧いて出てきて、全身を這いまわり齧られていく錯覚を生み出していく。
リリーは歯を食いしばり、剣を構えても、雨とは異なる水滴が背中を伝って流れていくことに、やけに自覚的であった。
男は眺めていた髪の毛を指から離して、ぱさりと地面に落とす。
リリーの方へ向き直ると、物足りなさそうに鋏を鳴らして、うっすらと笑みを浮かべた。
「もう少し切った方が可愛くなるから、次は逃げちゃだめだよ」
散髪中にじっとしていられない小さな子どもに言い聞かせるように言うと、男は先ほどと同様にして、リリーの背後へと移動した。
だが、リリーもそれを予期していた。
男が消えた瞬間に後ろを振り向きながら、遠心力を乗せた剣閃を走らせる。
リリーの予想通りに男は現れ、完璧な不意打ちにあわや切られるかと思われたが、男は難なく短剣の軌道に鋏を合わせて衝突させた。
甲高い金属音が一帯に響き渡り、力が拮抗する。
不意の一撃を短剣よりも短く細いそれで完全に受け止められたことにリリーは驚きを隠せず、追撃することなくその場を飛び退いた。
「すごいすごい」
男は上機嫌に手を叩いて感心し、リリーを褒めた。
「やっぱり君も魔力を使えるんだね」
「君も。ということはあなたもですよね」
「お、なになにやっとお話する気になった?」
「少し、聞きたいことができたので」
「いいよなんでも答えてあげる。あ、でもその前に」
男は言うや否や鋏を開いて横に腕を振り、宙を切った。
咄嗟のことに動揺したリリーは短剣で防御したが、斬撃が届くことはなかった。
代わりに男が上を指差すので、リリーは釣られて顎を上げた。
「えっ」
思わず驚きの声を漏らしてしまうのも無理からぬことである。
空中で雨が止まっていたのだ。
いや、止まっているでは少々語弊がある。
そこを地面として、空中に雨が落ちていると言った方が正しい。
水の中から水面に降る雨を眺めるように、空中にできた波紋と水溜りが見える。
範囲はリリーと男の距離より少し長く、また道幅くらいで、雨水は端からこぼれることなく溜まり続けている。
「へへっ、すごいでしょ」
その光景に理解の追いつかないリリーの様子を見た男が、得意気に言った。
認めたくはないが、本当にすごい。
どうすればそんなことができるのか。
リゼやジェイドでもこんなことはできないかもしれない。
改めて、なぜこのような化物を相手に正面から対峙しているのか。
リリーは今すぐにでも逃げるべきだと警告してくる頭に同意しつつも、どうしてもこの男に聞いておきたいことがあると思い直す。
「お父さんを殺したのは、あなたですか」
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