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はじめに鋏の音が聞こえてきたときは、聞き間違えかとリリーは思ったが、繰り返しリズミカルに、かつ近づくにつれて明瞭になっていく。
なぜそんな音が聞こえてくるのか。いったい何を切っているのか。その正体を探ったとして、自分は何がしたいのか。
リリーは様々巡る疑問を全部どけて、とうとう音のする通りへと出た。
そこはリリーもよく知る場所で、ゴミを買い取ってくれる店がある通りである。
チョキ、チョキ、チョキ、チョキン。
「え、」
音の正体を見たリリーは、無意識のうちに素っ頓狂な声を漏らし目を見張る。
まるで本当に髪でも切るような軽やかさと躊躇いのなさで、今まさに目の前で人体がバラバラに切断されている真っ最中だった。
黒いフードコートを被り、雨に打たれながら鼻歌を歌うそれは、一つ二つと人体の各関節を切っては捨て、そこら辺に散らかしている。
横にはすでに解体された一人分の死体が散乱しており、血が溶けた水溜りは赤黒く染まって陣地を広げていた。
あまりにも異様な光景に息を呑み、リリーは唖然として立ち尽くす。
声をかけるべきか、見なかったことにして帰路に着くべきか、はたまた警官等を呼んで対処してもらうべきか。
いくつかの案が頭の中に浮いては水泡のごとくに弾けて消える。
リリーにはその場を動かないことが唯一の正解に思えてならなかった。
ごくりと唾をのみ、切断された生首と目が合った。
何も訴えてくることもなく、ただただ生気のない瞳がリリーを見つめている。
代わりとばかりに雨の音はいっそう激しく、それなのに鋏の音はやけに鋭く、薄い水面を揺らす雨粒で、死体が悲鳴をあげているみたいに波紋が木霊していた。
指の第一関節を切り捨て、狂人は作業を終えたと立ち上がる。
「んー」
一仕事を終えたとでも言うように大きく伸びをして、フードを取り、ゆっくりとリリーの方を振り向いた。
「こんにちは」
やや低めによく通る、落ち着き穏やかな声をしていた。
甘く幼さを残した顔立ちに、優しい印象を与える目をしている。
身長はジェイドと同じくらいに高く、コートで隠れているものの、骨格は男性のそれに見える。
「こ、こんにちは」
一通りをぱっと観察したリリーは、しっかりと目を見て挨拶を返した。
男はニコリと微笑んだ。
周りに散らばるバラバラの死体と血の滴る鋏を持っていなければ、この所業を為した人物などにはとても見えない。
リリーは思わず緩みそうになった警戒心の紐を固く結び直し、一呼吸おいて口を開いた。
「なにをしていたんですか」
質問が意外だったのか、男はぴくりと眉を上げ、明後日の方向に目を逸らす。
視線が揺れて一度だけ左右を往復すると、再びリリーと目を合わせた。
「散歩してたらこれを見つけちゃってさ。僕もびっくりしてたんだ」
「そうですか」
「君は何をしていたのかな?」
「わたしは、わたしも散歩です」
「ふーん。で、どうする?」
へらっと笑ったかと思えば、波が引いたように無表情へと変わる。
熱のない機械じみた変化に得体の知れない気味の悪さを感じたリリーは、一歩後退りながら短剣を抜き構えた。
「あ、そういうこと。なるほど、君がそうか」
男はうんうんと頷いて、腰に付けたポーチからもう一本の鋏を取り出した。
「たくさん切ってきたけど、実は女の子はまだなんだよね」
男は言いながら、右手の鋏を開いて横に振り閉じる。
チョキン、とやけに近くで音がしたかと思えば、短剣に何かが衝突し、リリーが吹き飛んだ。
受け身を取って地面を跳ねたリリーはすぐさま起き上がる。
短剣を構え直したリリーに、男は不思議そうな表情で首を傾げていた。
「おっかしいなぁ。鉄でも切れるはずなのに」
何度か鋏を鳴らし、腕を振って隣にあった家屋を真っ二つにする。
「そうだよね。こうなるよね」
男はその結果に数回小さく頷き、じろりとリリーに目を向けた。
「君、何者?」
それは明確な殺意であった。
魔物や墓で会った男のそれとは異なる、濃く重く粘性の強い殺意。
リリーは問いに答えず、逸る鼓動を落ち着けるように呼吸をして男を睨んだ。
ちなみに、殺されていたのはリリーを攫ったチンピラ二人組です。可哀そうにね。
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