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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第七章

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 リリーは追われるように走っていた。


 あの男に背を向けて、墓場を出た辺りまでは、たしかに帰ろうとしていた。


 一歩、また一歩と遠ざかり、薄く幕を張った地面を踏んで水と泥を飛ばし、雨の降る音を耳元に聞く。


 リリーは迷子であった。


 どこを走っているのか、なぜ走っているのか、何から逃げているのか、どこに向かおうとしているのか。


 顎が上がって溺れる水面にもがくように空気を求めて、太股が上がらなくなって、頭の中が真っ白になってもなお、リリーは走っていた。


 だが、どれだけ意志が走れようとも、体には限界がある。


 足がもつれて絡まり、リリーは盛大に転んで地面を舐めた。


 久しぶりの土の味が微かに口を汚す。


 服はもはや泥色になって洗濯しても落ちないかもしれない。


 リリーは立ち上がろうと地面に手をついて、ふくらはぎが痙攣(けいれん)する。


 膝が笑って立つこともできず、四つん這いになったリリーは、込み上げてくる嘔吐感に逆らうことなく、出てくるものをそのまま吐き出した。


 一度波が引いて咳き込み、焼けるような痛みに喉の奥を掻きむしりたくなる。


 間髪入れずに再び、横隔膜を包み握られた感覚に襲われ吐き戻す。


 何度か繰り返してようやく何も出なくなり、徐々に呼吸が落ち着いていった。


「ははっ」


 苦しいはずなのに、表情は変わらないまま乾いた笑い声だけが出た。


 滲んだ涙と口元を拭い、壁に手をついてリリーは立ち上がる。


 そこはどこかの路地のようだった。


 リリーにはどことなく見覚えがあり、路地を抜けて辺りを見渡せば、建物は退廃特区の様相を呈していた。


 墓を基点とした場合、家はおおよそ反対方向にある。


 帰ろう。とにかく帰って、眠って、今はそれだけを考えたい。


 リリーは足取りの重くに歩き出した。


 雨に全身が濡れて体は冷たく、どこかゴミ拾いをしていた時のことを思い出す。


 あの頃の自分と今の自分は変わっただろうか。


 リリーはふとそんなことを思って考えてみたが、生活環境が変化しただけで、自分自身は平行なままである。


 捨てられないように父の言いなりになって、あの男の言葉を借りればまさしく肉人形で、今のこの生活も自分の選択した結果ではまるでない。


 振り返ればいつだって過去と現在が重なり合うのだ。


 どうすれば周囲と同じ人間になれるのか。


 少し頭をひねったところで答えが出るわけでもなく。


 それどころか、変わることなどできないと諦めの方が先に立つ。


 そういう意味では、この退廃特区も似たようなものかもしれない。


 感傷に浸りながらとぼとぼと歩くリリーは、異臭が鼻を掠めて立ち止まった。


 退廃特区の臭いの代表と言えば、色々なものが腐った臭いだが、それは幸いなことに雨で抑えられている。


 だからこそ、濃く新鮮な血の臭いが鼻につく。


 リリーは吸い寄せられるようにその臭いを辿り、道とも呼べない家屋と家屋の隙間を覗いてみた。


 ゴミがヘドロのように散乱しているそこに、バラバラの死体が転がっていた。


 無造作に地面に落ちて焦点のない目を見開く生首が、父の最後と重なって、どくんとリリーの心臓が大きく跳ねる。


 切断面からはまだ少し血が流れており、水溜りを赤黒く染めている。


 おそらく切られてから一時間も経っていないのだろう。


 また、遺体は顔と手足や胴体の部位から見て高身の男性と思われる。


 退廃特区には似つかわしくない上等な衣服を着ており、履き馴染みはじめたようなきれいな革靴が特に印象的に見えた。


 そうしてリリーは気が付いた。


 その靴に見覚えがあるのだ。


 忘れもしない、銀貨を拾ったあの日のこと。


 浮かれて前を見ずに歩いていたところ、しかめっ面をして貴族のような装いをした男性にぶつかり、蹴り飛ばされて頭を踏みつけられた。


 その時の靴と同じものをこの遺体は履いている。


 よく見れば顔もその時の男性に思えてきて、そういえば頬に傷があったなと記憶がよみがえる。


 だが生首を動かして両方の頬を確認しても傷は見当たらなかった。


 まあひと月以上も経過していれば完治もするだろう。


 そもそも似ているだけで見間違いかもしれないうえに、例え同じだったからと言って何になるというのか。


 またバラバラの死体は奇怪だが、死体自体は退廃特区には珍しくない。


 よくある光景だとして、見なかったことにしようとするリリーだったが、何かが頭の中で引っ掛かり、疑問を訴えかけていた。


 バラバラの死体、殺された男性と記憶にある頬の傷、床屋でアンナが語っていた新人と客のトラブル。


 点在する記憶が、夜空に瞬く星に線を引いて絵を描くように繋がり、一つの結論が導き出されるまさにその瞬間のことだった。


 チョキン。


 鋏で髪の毛を切った時に聞く音が、雨音の合間を縫ってリリーの耳に届いた。


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