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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第六章

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53


 男は敵意をむき出しにして、今にも襲い掛かろうと上半身を屈めた。


 いくら因縁があろうとも、魔力という常人ならざる力を使える以上、彼女たち、特にニーナは一般人に向けて暴力を行使することを自重していた。


 だが相手が襲ってくるなら話は別である。


 リリーは醜いものを見る目をして短剣を抜き構え、大義名分を得たニーナは不敵な笑みを浮かべる。


 男は腕を前に出して駆け出した。


 リリーたちに比べれば足はそこまで速くないが、体面積と大質量を感じさせる圧迫感は侮ることができない。


 リリーたちの目の前まで迫った男は、二人まとめて抱きしめようと腕を大きく広げて飛びついてくる。


 ニーナは横に飛び退いて躱す。


 リリーは男の懐にするりと潜り込むと、回し蹴りをその腹に突き刺した。


 背中を押されて潰れた蛙のような声を漏らした男は、地面を跳ねてゴロゴロと転がっていった。


 ゲホゲホと咳き込み、苦悶の表情を浮かべながら男はリリーを睨んだ。


「そんな子に育てた覚えはないぞ!」


 男は割れそうなほどにギリギリと歯を噛み鼻息を荒くしていた。


 リリーはすっと目を細め、熱の込もらない眼差しを向けた。


「あなたに育ててもらった覚えはありません」


「なん、で、そんなひどいことが言えるんだ」


 今にも泣き出しそうな、悲しそうな顔をする男に得体の知れない気味の悪さを覚え、リリーの肌が粟立った。


「僕は、あんなに君に尽くしたのに。恩を仇で返されるとは思わなかった。いや、まさか忘れたなんて言うつもりじゃないだろうな」


「あなたに恩を受けた覚えもありません」


「看病をしてあげたじゃないか」


 男は間断なく、リリーの記憶を丁寧に覆すように、言葉を並べる。


「市民から暴行を受けていたら警官を呼んで助けてあげたじゃないか。


 不当に逮捕された時はお金を工面してあげたじゃないか。


 強姦に襲われていたら家まで連れ帰ってあげたじゃないか」


「なにを言って……それは、全部お父さんが」


「あのゴミが君に何をしてあげたって言うんだ!」


 構えていた短剣の切っ先が、本人も気付かないままゆっくりと下りていく。


 聞いてはいけない。耳を塞げ。さもなくば、今すぐ殺してしまえ。


 黒々とした意思に思考が侵食されているのを自覚しながら、足は動かなかった。


「君が犬に噛まれて死にそうになった時、付きっきりで看病をしたんだ。信じてもいない神様にも、その時ばかりは祈ったさ。どうか助けてくださいってね。


 もちろんこれが最後かもって思ったから、これまで以上に愛し合ったけど。


 きっと僕の祈りが通じたんだね。君は元気になったんだ。


 僕の愛が、奇跡を起こしたんだ。分かるかい。


 僕たちは愛し合うべくしてこの世に生まれてきたんだ。


 神様が、それを祝福しているんだ」


「うそ」


「嘘じゃない! 思い出せるだろ。あのゴミはいつも何をしていた?


 君が高熱と全身の痛みと戦っている時に、あのゴミは何をしていたと思う?


 いつもみたいに、椅子に座って酒を飲んでいただけさ。


 どんな時でもそうさ。はした金に釣られて君を売って酒に変えるだけ。


 君は! あのゴミに騙されていたんだ!」


「やめて」


「嘘だと思うなら本人に聞いてみなよ。って、もう死んでるか。


 まあ、あんなゴミは殺されて当然だね。娘を売る親には相応しい末路だ。


 知ってるかい。君は売られたと言っただろ。


 あれ比喩でもなんでもないんだ。


 僕は君を買ったんだ。


 本当はアリシャが欲しかったんだけど、それは叶わなかったから。


 あのゴミはいくらで君を売ったと思う?


 金貨? 銀貨? 残念。銅貨一枚だ。安い花束一本分が君の値段だ。


 君はそんなはした金で売られたんだよ。それを僕が買ったんだよ。


 だから! 君は僕のものなんだ。


 リリーのこれまでも、これからも、全部全部僕のものだ。


 ……最後にもう一度だけ許してあげるから。こっちに来い」


 男が立ち上がり、リリーに手を差し伸べる。


 リリーは、足元がガラガラと音を立てて崩れていく錯覚に陥っていた。


 脳みそごとぐらりと揺らされたみたいに、意識が遠のいていく。


 体は骨の髄まで冷たくなって、雨と一緒に涙が顎を伝って落ちていく。


 焦点は父との思い出に合って、あれもれこもとひびが入っていく。


 腕はすっかり縦に伸びて、握っていた短剣が手の平を滑る、その時だった。


灯れ(グリッツ)


 ニーナがぽつりと呟き、瞬間、巨大な火の玉が出現した。


 突然の出来事に目を丸くするリリーに、火の玉を伴いながらニーナが歩み寄る。


 パシャパシャと水溜りを踏む音が響いて、ぽん、とリリーの頭に手が置かれた。


「ここはあたしに任せて、リリーは帰りな」


「えっ」


「勝手なことするな!」


 激昂する男に、ニーナは殺意のこもった目を向けた。


 ただのそのひと睨みで、男はびくりと体を震わせ立ち止まり口を噤んだ。


「あんなの殴る価値もないし、それであんたが拳を痛める必要もない。


 でも、あたしの友達を泣かせた罪はきっちり清算させないと気が済まない。


 だからあたしに譲ってさ、リリーは先に帰って温かいお茶でも入れといて。


 大丈夫、落とし前はちゃんとつけさせるから。


 そうね、脂が乗っててよく燃えそうだし、骨まで灰にしてあげるわ」


 ニコリと笑うニーナに、リリーは唇を引き結んで涙をこらえていた。


「すみません」


 喉が震えて、それ以上の言葉は感情が決壊してしまいそうだった。


「そういう時はありがとうでしょ」


「ありがとう、ございます」


「はいはい、さっさと行きな」


 リリーは頭を下げて背を向け、涙を拭って走り出す。


「逃がすわけないだろ!」


 男が叫ぶのと同時にニーナは人差し指を向け、待機させていた火の玉を飛ばす。


「なっ」


 まさか火の玉が飛んでくると思っていなかった男は驚き固まって直撃し、爆炎と共に火柱が立ち昇った。


「ぎゃあああああああ!」


 火だるまになった男は悲鳴をあげて転げまわる。


「さてと。ちゃっちゃと片付けますか」


 ニーナはそんな男の様子を見て鼻で笑った。


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