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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第六章

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52


 ニーナの声ではない。


 どこか懐かしく下腹部に(うず)くような声のした方をリリーは振り返った。


「ああ。ああ、リリーだ。本物だ現実だ本当の、僕のリリーだ」


 少し離れた位置に立っていたのは、リリーを犯していたあの男だった。


 まるで神の啓示を得た信徒のような歓喜の表情を浮かべ、呆然として、わなわなと唇を震わせながらしかし、一歩一歩と近付いてくる。


「誰? 知り合い?」


 ニーナが尋ねると、「はい」掠れた声でリリーが答えた。


 男とは対称的に、大きく目を見開いたリリーの表情は固く、両手でぎゅっと握った短剣を胸に抱えて、体を強張らせている。


 その様子から察したニーナはリリーを守るように一歩前に出た。


「止まれ」


「あ?」


 その男はニーナの存在に今気が付いたみたいに驚いて立ち止まる。


「あんた誰。リリーに何か用?」


 男はリリーとニーナを交互に見返しながら、ギョロギョロと動く瞬きのない目玉が、徐々に徐々に充血し赤くなっていく。


「お前こそなんなんだ」


「あたしはリリーの友達よ」


「……違う」


「はぁ?」


「リリーに友達なんていない」


「ああ、そう。それで?」


「リリーには家族も仲間も同僚も何もいらないあってはならない。


 僕がいればいい。僕だけがそばにいる資格がある。僕だけのリリーだ。


 僕の、僕の僕の僕の僕の僕の! リリーは僕のものなんだ!」


 雨とも似つかぬ唾を飛ばしながら激昂(げきこう)する男に、ニーナは呆れを通り越して哀れさを滲ませた目をし、リリーは平静を取り戻しつつあった。


「あんなの無視して帰ろ。行くわよリリー」


「え、あ、はい」


 ニーナとリリーが背を向け、男とは逆方向へと歩き出そうとすると、「だめだ!」大声が木霊し、それさえかき消すような衝撃音が爆発した。


 瞬間、男は跳躍してニーナたちの頭上を飛び越え、進行方向へと着地する。


「逃がすもんか」


 男の呟きは、着地で跳ね跳んだ土や泥や水が落ちる音に紛れたかと思えば、雨足に並ぶみたいに激しさを増していく。


「やっと見つけたんだぞ。ずっと探していたんだぞ。


 あの王族の男に連れ去られてからずっと、ずっとずっと探していたんだ。


 もうだめかもって思ったさ。諦めようと言い聞かせたさ。


 だから! 似た女の子を見つけては愛そうとしたんだ。


 でもダメだった。ダメだったんだ。みんな僕の愛を受け取れない。


 とてもうるさく泣くし、すぐに壊れて動かなくなった。


 アリシャみたいな動かない死体を抱いても意味がないんだ。


 僕にはリリーしかいない。リリーが相応しい。リリーリリーリリー!


 確信さ。君しかいない。そんな時、目の前に君が現れた。


 これはさ、もうさ、そういうことだろう。


 一緒にイコ。また僕と愛し合おう。


 さあ、リリー。こっちに来い」


 男は一息に言い切ってしばらく、沈黙が(とばり)を下ろして、ニーナが口を開いた。


「きっしょ。リリー、あのブタに現実ってもんを教えてあげなさい」


「なんだお前。嫉妬してるのか?」


「はっ?」


「ああ、分かった分かった。いいさ僕は寛容だから。お前みたいな行き遅れたアバズレだって抱いてやるから。ほら、まずは口より先に股を開けよ」


 額に青筋を立てたニーナはポケットからライターを取り出し蓋を開ける。


「グ」


「わたしは」


 割り込むように、リリーが声を発した。


「ん?」


「わたしは、たしかにあなたに体を許していました。


 当時は分からなかったけど、今はどれほどおぞましいことかも分かります。


 だからこそ、断言できる。


 わたしは、心まであなたに許した覚えはない。


 わたしは、あなたを愛したことなんてない。好きになったこともない。


 そもそも誰なんですか。あなたの名前さえ、わたしは知りません」


 顔を上げ、真っ直ぐと男の目を見てリリーは言い放った。


 ぽかんと口を開けて聞いていた男は、生気を失ったように顔面が白くなっていく。


 そうして、歯を鳴らし、「そう」小さく呟いた。


「ああ、そう。そう、そうか。いいよ、じゃあもういいよ。こんなに優しくお願いしてやったのに。女ってのはすぐにつけ上がるんだ。もう、頼まない」


 男は全身を力んで強張らせると肉が膨れ上がり、ボンと音を立てると、衣服が弾け飛んで全裸になった。


 身長や体の体積はダズよりも大きくなり、しかして筋肉質というわけでもない出っ張った腹に、脂肪がついた手足はだるだるのままである。


「ぶへぇ」


 臭気でも漏れてきそうな大口を開け、上下の歯に唾液の橋が架かる。


「僕のものにならないなら、手足もいで僕専用の肉便器にしてやる」


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