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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第六章

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 市政を取り仕切る庁舎はリリーが朝の散歩でよく訪れる時計塔の西側、退廃特区を除いた街の中心に位置している。


 元々は貴族等の住む上層区に設けられていたのだが、腐敗と戦乱を呼び込んだことのイメージが殊更に悪く、また利便性にも乏しかった。


 そんなこんなで新築された市庁舎は、二階建てと高さはそれほどでもないものの、敷地面積は街のどんな建物よりも広い。


 リリーたちの住んでいる家が何件も入るほか、有事の際に避難所として使用される地下施設なんかも完備されている。


 新しく建てられたばかりとあって、中は非常に洗練されており、装飾こそ少ないものの気品に満ちている。


 物語のお城を想像したらきっとこんな感じかもしれない。リリーはごくりと唾を飲んで、感嘆としていた。


 呆けているリリーをよそにジェイドは受け付けを済ませると、あまり待つことなく、さっそく案内人がやってきた。


「リリー」


 リゼに呼ばれて我に返ったリリーは顔を赤くして皆についていく。


 案内人は二階へと上がり、扉の一つの前で立ち止まるとノックを三回した。


「お客様をご案内いたしました」


「入れ」


 凛として鋭く、それでいて耳によく馴染むような声が聞こえてくる。


 扉を開けた案内人に促されて、ジェイドたちが部屋へと入っていく。


 大きな窓を背に、後光が差さんとばかりの神聖さを湛えた女性が、執務机の上の資料に目を落としながら座っていた。


 机の手前には膝より低く重たそうなよく磨かれた石のテーブルと、それを挟むソファが二脚と、市長と対面するように一人用のソファが並んでいる。


 部屋には家具と呼べるものがそれだけで、調度品はおろか本棚やタンスのような置きものすら何もない。


 仕事に必要な最低限度のものだけを置きました、という意図がありありと浮かぶ部屋である。


 しかして殺風景というわけでもなく、市長がいるだけでその部屋は完成されているのだ。


 かくも品位とは、どのような名画や絶景をさえ霞ませるほどの空気を放てるものなのか。リリーは息を呑んで、じっと市長を見つめていた。


「下がれ」


 覇気の乗った声が鼓膜を揺らして、リリーは思わず肩を震わせる。


「失礼いたします」


 案内人は恭しく頭を下げて退室していったが、リリーは自分に投げられた言葉だとばかり思って、心臓を激しく鳴らす。


「立ってないで座れ。どうせ非公式の場だ」


「んじゃお言葉に甘えて」


 ジェイドは言って、市長に一番近いソファの端へと腰を下ろした。


 なぜそうも飄々軽々と普段通りの態度なのか恐ろしくすらあるリリーをよそに、リゼはジェイドの対面へと座った。


 リゼの横にはダズが座り、ジェイドの横にはニーナとレオンが並ぶ。


 必然、リリーは市長と対面する一人用のソファに座るしかなかった。


 なるべく目を合わせないように。そう思いながら、恐る恐ると腰を沈めると、「見ない顔だな」声が飛んできた。


「最近新しく入ったんですよ」


「そうか。名を何と申す」


 リリーは緊張する暇もないほど急いで立ち上がり、


「り、リリーです。よろしくお願いします」


 早口に言って頭を下げた。


 シン、と静まり返る空気に頭を上げるタイミングが分からず、リリーはただ地面を眺めながら、カラカラと渇いていく喉に唾を流す。


「よい、楽にせよ」


 許しを得たリリーが顔を上げると、市長の瞳に焦点が合い、バチっと視線が交錯した。リリーは咄嗟に目線を逸らした。


「ふむ。リリーと言ったな」


「は、はい」


 名を呼ばれては顔を向けないわけにもいかず、再び視線を合わせる。


「つかぬことを尋ねるが」


 ゆっくりと市長の瞼が下りて目が細くなる。


 たったそれだけで、リリーは心臓の輪郭を指でなぞられるような痛みを覚えた。


「アリシャという女を知っているか?」


 脳裏に何かが掠めたが、それを探る時間も余裕もリリーにはなかった。


「い、いえ。知りません」


「では父の名はなんと言う」


「……、分かりません」


 市長の端正な顔に、ぴくりと眉根に一つしわができる。


 リリーは小さく唇を噛んだ。


「貴様の年はいくつだ」


「すみません。それも、分かりません」


「発言をよろしいでしょうか」


 剣呑な空気を感じたからか、リゼが挙手と共に発言を求めた。


「許す」


「ありがとうございます。リリーについてですが、最近まで退廃特区で生活をしており、家族や自身のことをほとんど知らない状態にあります」


「そうか」


 市長は言って短く息を吐き、少し溜めながら瞬きをした。


 たったそれだけで、ピンと糸を張ったような空気が弛緩した。


「あまりにも顔馴染みと似ていたのでな。余計なことを聞いた、許せ」


「めっそうもございません」


「リリー、楽にせよ」


「は、はい」


 許しを得て、リリーは再度ソファに腰を下ろした。


 忘れていた鼓動を取り戻すように、心臓はバクバクと脈を取っている。


 頭の中は真っ白だった。


「さて、それでは本題に入ろうか。ジェイド」


 市長は手を組んで机に肘を立て、その手の平に顎を寄せると、ジェイドに視線を向けて話題の説明を求めた。


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