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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第五章

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39


 森に入ってしばらく、言い表しようのない圧迫感と静けさに全員が無言のまま、周囲を探りながら慎重に歩を進めていた。


 空は木の葉に覆われ、陽の光がちらちらとわずかに降るばかりで、森の中と外とでは体感気温が明らかに違う。


 下生えの草は思っていたほど伸びておらず、進行を妨げるほどではない。


 小動物の影はなく、それどころか虫の一匹も見当たらず、きのこや苔の類、まして木の実ですら、目を凝らしても確認できなかった。


 異様である。もはや森という呈を為していないと言っても過言ではない。


 あるべき生態系は形すらなく、食物連鎖の調和は不均衡を通り越して天秤がひっくり返った状態で、外形的特徴ばかりを模倣した何かだった。


 風に揺れて葉の擦れる音しか聞こえてこない静寂の中で、「何か聞こえる」レオンは片耳を押さえながら言って立ち止まった。


「何かって?」


「威嚇みたいな感じの鳴き声」


 ジェイドはリゼの方を見て、リゼは首を横に振る。


「あー、あたしも聞こえる。なんか警告音てきなやつ」


「僕は聞こえないよ」


「わたしも、実は森に入った時から聞こえてました。耳鳴りに似てます」


「なんか共通点があんのか?」


「若さとか」


「俺たちもまだ若いだろ」


「その発言が年寄りくさいわね」


「ちょっとイチャイチャしてないでさぁ」


 ジェイドとリゼのやりとりにニーナが口を挟む和やかな雰囲気にあって、リゼは突然、腰に提げていた細剣を抜き、レオンの目の前に突きを放った。


「うおっ」


 驚くレオンの声に重なるように、金属同士が激しく衝突したのを思わせる音が響き渡る。


 リゼの剣に衝突し弾かれた何かは、影すら置き去りにする速さで姿を眩ませた。


 それが合図だったのだろう。


 森閑としていた周囲には、示し合わせたように生き物の気配が現れ木霊する。


「なるほどね、俺にも聞こえた」


 ジェイドは言って、懐から出した拳銃を空に向けて打ち放つ。


 雷が落ちたような爆音が、耳に触れる謎の音ごと吹き飛ばした。


「チッ、外したか」


 どうやらジェイドの放った弾丸は頭上にいた何かには当たらなかったらしい。


 レオンたちが聞いた音は、ジェイドにとって金属板を爪で引っ掻いた時のそれに似ていて、銃声の波が引くのと入れ替わりでまた鳴りはじめる。


「不快な音ね」


「気が散るなぁこれ」


 遅れて聞こえるようになったリゼは表情を変えずに警戒をいっそう強め、ダズはいつも通りにどっしりと構えた。


 レオンは剣の鍔に指をかけて鯉口を切り、リリーは短剣を抜いて構える。


 唯一、近接戦闘が得意ではないニーナは、落ち着きなく辺りをキョロキョロと窺っていた。


 六人が各々の背中を預ける形で、自身の正面に集中している中、嘲笑うかのようにそれは飛来する。


 魔物は、はるか頭上より重力に任せて落下してきた。


 ちらちらと無視できない程度に意識の隅をなぞる耳障りな音と、意識しないようにと聴覚への集中を乱したその隙間、生来の羽毛による静音性が相乗された突進は、まさしく必殺必中の一撃となるはずだった。


 反応したのはやはり、リゼだった。


 正面と左右に広く注意していた意識にあってしかし、わずかな空気の揺らぎと殺意にも似た意思が第六感を刺激し、翻って突きを放つ。


 先ほどの比ではない衝突音がレオンの頭上で鳴り響いた。


 全員がその音に振り向き、レオンが一歩後退する。


 このまま弾けばまた取り逃がしてしまうだろう。


 だが、同じ轍をリゼは踏まない。


 リゼは攻撃の指向の主導権を握り、軌道を逸らした。


 滑るように導かれた魔物は、勢いよく地面に衝突し、土を巻き上げて転がり木にぶつかった。


 魔物は死んだのか気を失ったのか定かではないが、ぴくりとも動かない。


「特徴はロックバードね」


 警戒を解くことなく、木の下で伸びている鳥を見たリゼが言った。


「依頼のやつが向こうから来るとか、ひょっとして楽勝?」


「油断しない。敵は群れで、今のは様子見ってところね」


「群れって全部魔物なんですか?」


「その認識でいなさい」


「十から二十はいるだろうな。面倒くせぇ」


「様子見って?」


「奇襲で一人やれれば最高。力量が見れれば十分って意味よ」


「鳥のくせに頭いいんだな」


 レオンは自分が狙われていたことに、舐められているのではという苛立ちと、反応すらできなかった力不足を自覚させられて悪態をついた。


「今もこっちの出方を窺っているしね」


「じゃあこっからが本番ってことね」


 いつの間にか不快な音は止んでいて、周囲にあった気配も消えている。


 逃走したという線も完全に捨てることはできないが、ダズの言った通り、こちらの動きに合わせて攻撃してくる可能性の方が格段に高いだろう。


「厄介なことにね。次は連携してくるでしょうから気を付けなさい」


 幕間に次の演目を期待するようなニーナの言葉と、緩みかけた場の空気をぴしゃりと締めるリゼの注意で、全員の思考から油断の二文字が消える。


「ジェイド、どうする?」


「リゼ、全員分の不意打ちに対応できるか?」


「無理よ。一人、というか一匹か二匹が限度ってところ」


「だよなぁ。でも戦力分散も……、いや、それでいくか」


 状況への対応策を考えながら全員のことを見たジェイドは、ものの数秒で方針を固め、指示を出した。


「二人一組で分散、内訳は俺とリゼ、ニーナとダズ、レオンとリリー」


「数で負けてるのに分散って愚策じゃないの?」


「むしろここに固まってる方が不利なんだよ。だから狙いは確固撃破な」


「距離は?」


「距離は二十、前方に俺たち、後方にダズたち、レオンたちはここで待機」


「了解」


「りょーかい。ま、納得いかないけど」


「僕も了解」


「わたしも、了解しました」


 各々が了承する中、レオンだけが不満気な態度を表していた。


「んで俺がこいつと」


「レオン。なんでか知らんが、実はお前のとこに魔物が集まるんだよ」


「は?」


 ジェイドはまるでそれが確定事項かのように告げ、レオンが訝しむ。


「やられた分はやり返せ。まあ難しかったら耐えるでもいいけどな」


 煽るように言うジェイドの言葉に、疑義の置いた方に傾いていた天秤は、侮られたことを払拭する機会の高揚へと、いとも容易く取って代わられた。


「……逆に加勢にいってやるよ」


「頼もしいね。それと、後輩のことはちゃんと守ってやれよ」


「わーったよ」


「それじゃ散開」


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