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「そうね。リリー、挨拶なさい」
リゼに促されて、リリーは緊張した面持ちで立ち上がった。
「リリーです。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をして顔を上げると、いつの間にかニーナが目の前に立っていて、ぎょっとしたリリーは体をのけ反らせる。
「あ、あのー、なにか?」
話をするでもなく、ただじっと眺めてくるニーナにリリーは困惑していた。
「かわいい」
「はい?」
「年はいくつ?」
「えっと、分かりません」
「好きな食べ物は?」
「リゼの作った物ならなんでも」
「暇な時は何してるの?」
「読書とか」
「最近読んだ本で面白かったものは?」
「デイル・チェンバーが書いた錯視っていう小説です」
「服とかアクセサリーに興味はある?」
「はい。でも、わたしにはまだ早いかなって」
「街の散策とかは好き?」
「朝の散歩が特にお気に入りです」
「じゃあ今度あたしと買い物に行きましょう」
「えっと、わたしでよければ」
「ねえリゼ」
「その辺にしなさい」
まだ何か言おうとするニーナの尻をリゼが叩いた。
ペシン、と子気味の音が鳴って、「ひゃん」と可愛らしい声が漏れる。
「この元気だけが取り柄みたいなのがニーナよ」
「失礼ね。あたしが落ち込んでたら世界は夜になるのに」
「こっちの大きいのがダズ」
「ニーナの後っていうのはやりづらいな。ダズです、よろしくリリー」
ダズは立ち上がり、握手のために手を差し伸べた。
リリーがそれに応じると、ぎゅっと握られて、その手がすっぽりと覆われて見えなくなるくらい、ダズの手は大きかった。
「おっきぃ」
「ははっ、気を付けないと握りつぶしちゃいそうだ」
「えっ」
「大丈夫。でかいのは図体だけで中身は小心者だから」
「僕が小さいんじゃなくて、ニーナの肝が大きすぎるんだよ」
「ってかいつまで握ってんの。あたしのリリーなんだけど」
「あなたのでもないでしょ」
リゼの呆れた様子を気にも留めず、背後に回ったニーナはリリーに抱き着き、その頭に顎をのせた。
「あたしねずっと妹が欲しかったの。ねえ、お姉ちゃんって言ってみて」
「……えっと」
「いちいち困らせないで。リリーも嫌ならはっきり言いなさい」
「すみません。その、ニーナさんみたいにキラキラした人とお話したことがなくて、嬉しいんですけど、どうしたらいいのか分からなくて」
困惑と恥ずかしさが絶妙なバランスで混ざり合い調和したリリーの笑顔は、見る者たちの時間を停止させた。
何か変なことや気の触ることを言ってしまったのかと、どぎまぎするリリーの肩に、抱き着いているニーナの力が入る。
「ねえリリー、結構本気であたしの妹にならない?」
先ほどまでの茶化した声色とは明らかに違う真剣さが滲んでいることに、リリーでさえ気が付いていた。
ゆえに、どう答えることが正解なのかを考えてしまうリリーにとって、沈黙は必然であった。
心なしか湿度の高まりと微妙な空気の澱みを感じる静かな雰囲気にあって、不意に、玄関の方から大きな物音がした。
「おいデカケツ!」
次いで、怒声にも似た呼び出しがリビングにまで届き、それはやってきた。
「話がちげーぞブス!」
黒髪黒目にニーナと同じか少し小さい身長の男の子がしかめっ面をしている。
言動もさることながら、なりきりチンピラセットなる風体が飾られていればきっとこの子のような格好になるだろう、というくらいには粗野な装いだった。
「なんのことよ」
「てめーの荷物持ちは街までって約束だっただろ」
「やーね、ちっさい男はこれだから。大して変わんないでしょ。
その程度でぐちぐち言うなっての。余裕と寛容のない男はモテないわよ。
ね、リリー。あなたもそう思わない?」
同意を求められても困るリリーは、曖昧に笑みを浮かべるに留めた。
「……チッ、おいお前なに見てんだよ。ぶん殴るぞ」
一を言うと十で返ってくるニーナには無駄だと早々に見切りをつけたのか、怒りの矛先がリリーへと向いてしまう。
リリーもリリーで、誰この人という目でリゼの方を見た。
「レオン、この子は新しく入ったリリーよ」
「あ、えと、リリーです。よろしくお願いします」
「ガキじゃねーか」
「あんたもガキでしょ」
「あ? ぶっ殺すぞ」
「やってみなさいよ。生えはじめた下の毛ごと燃やしてやるわ」
「はあ……、リリー、レオンは見ての通りよ」
どうしてこうなったのかしら、という心の声が聞こえてきそうに、リゼは俯き目を瞑って眉間を押さえた。
「おい、お前それちょっと待て」
レオンは何かに気付いたのか、リリーの前までつかつかと歩いてきて、腰に提げてある短剣を抜いた。
〇ストーリー要約
・リリーはニーナたちと顔合わせをする
・ニーナに本気で気に入られて固まるリリー
・もう一人、レオンという男の子が帰ってきて騒々しくなる
・レオンがリリーに近づき、リリーの腰の短剣を勝手に抜いた
〇デイル・チェンバー著『錯視』の概要
ある嵐の夜、モーテルにて殺人事件が発生する。そのモーテルに居合わせた探偵が、たまたまその殺人現場を目撃してしまう。その夜、犯人の下を尋ね自供を促したが、犯人は容疑を否認し「証拠を出せ」と迫ってきた。そうして探偵は証拠を探しはじめるのだが……。
証拠になりそうなものを見つけるたびに、犯人のアリバイが成立していくばかりか、逆に探偵自身が犯人である可能性が高まっていってしまう。
「もしかして犯人は自分だったのか?」その疑問が徐々に大きくなっていき——。
なんていう本編にはまったく関係のない、即興で考えた物語です。
ちなみに作者はミステリ系の話を書くのが苦手なので、上記を執筆する可能性はありません。




