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朝食を摂りそれを片付けると、そのまま授業がはじまる。
これまでのリリーは、文字の読み書きを一から覚え、夜も遅くまでたくさんの本を読んできた。
分からないところや読めない言葉は、都度リゼに確認もした。
音読を聞いてもらって正しい発音も身につけてきたし、リゼや街の人たちとたくさん話すことで、言葉を操ることにはもうすっかり抵抗がなくなっている。
また、算術についても二桁までの足し算や引き算をこなせるくらいまで成長していた。
日常生活において使用する範囲の学習にある程度の目途が立ったため、今日からはいよいよ、この国の歴史と地理についての勉強が行われようとしていた。
「事前に渡した建国神話は読んだ?」
「はい」
リリーはやや食い気味に返事をした。
というのもリリーは勉強が、とりわけ新しい知識に触れたり物語などを読むことを好んでいた。
多分に誇張されている可能性があるとはいえ、一応は本当にあったこととされる神話なんてものは、リリーの興味を大いに惹き付けた。
簡単に、神話の内容については次の通りである。
神々のおわす天界にて、誰が人類の主たるかが話し合われていた。
結論は出ず、喧嘩に発展し、下界では天変地異が発生した。
様々な災害に見舞われた人類は滅亡の危機に瀕していた。
神々はこれを救済した者が真に人類の主であるとして、
最終的に五柱の神々が下界へと下り立った。
一柱は西の大地を祝福し広大な森を生み出し、食糧難を救った。
一柱は荒れ狂う南の海を鎮め、大漁と航海の術をもたらした。
一柱は東の砂漠を草原に変え、家畜となる動物を解き放った。
一柱はそれらを結ぶ中心に、人類の安寧と発展を支える都を作った。
さてそんな折、神々共々世界を闇に葬らんとして、北より魔が溢れ出た。
神々は力を使い果たし、もはや抗う術もほとんどない。
一柱は森の奥深くへと逃げ隠れた。
一柱は間に火山を作り、海へと船を出した。
一柱は馬を駆って草原を渡り、砂漠へと逃げた。
一柱は武器を取り、人類に輪廻を説いて回った。
天より光が差し、下りてきた蛇の尾が地面を掠めた。
その蛇の尾を伝って、最後の一柱が下界へと下り立った。
着いた先は、まさしく迫りくる魔の最前線であった。
一柱は剣を抜き放ち、七日七晩、ひたすらに魔と戦い続けた。
戦いは止み、闇が晴れ、人類に再び光が差し込んだ。
夜が明けると、一柱の背後には、天にも届きうる山が出来上がっていた。
人類の救済は為された。
四柱はその功績を称え、人類の主と認めた。
主は国を興し、四柱はその臣下となった。
主は人との子を為し、子々孫々、国を統治することとなる。
「国の名前は主の名から取ってエレオール。あるいは史実で確認できる最古の王の名も付けてロシュ・エレオール。まあこっちは単に首都を指す時にも使うけれど」
リゼの講義を聞きながら、リリーは建国神話の書かれている本の末尾に掲載されている国の地図を眺めていた。
首都ロシュ・エレオール。
主の剣を冠して、首都の北側に聳える霊峰エルトリア。
西にはそのほとんどが未開拓の広大なレンフレット大森林。
南には巨大な天然湾口を要する都市アンリアハットとバールオム海。
中央都市とを分断するセレノール活火山。
そしてリリーたちのいる中央交易都市レーベンティア。
東には神話の通りに丘陵と平原が広がっているのだが、地名が細かく分かれていて一つの呼称はなく、また隣国の侵略により土地を奪われてしまったため、地図には載っていない。
かくして、このような主要な地名の中に、大小様々な街や村や自然が織り成している。
「エレオールは確実な歴史だけでも千七百年。客観的な証明はされてないけど、確認できるもので二千三百年ほど、王朝が続いているとされているわ」
リゼは言って、国の歴史を古代、中代、近代に分割し年表を紙に書いた。
「まずは古代に起こったことから勉強しましょうか」
リリーは授業を真剣に聞き、また疑問に思ったことはその場ですぐに質問を加え、二時間ほどが経過した。
「それじゃあ今日はここまで」
本人の知識欲と知的好奇心もさることながら、リゼの授業は丁寧で分かりやすいこともあり、リリーは終わりを告げられたことに物足りなさそうな顔をした。
その表情を見て、嬉しそうな苦笑を浮かべたリゼは、「仕方がないわね」と小さく溜め息を吐く。
「何か質問や疑問はあるかしら?」
千年以上もの歴史が積み重なっているため、一度にあれもこれもと教えては何も身に付かない。
そもそも歴史の授業とは、国への帰属意識と国家観、引いては社会へ適応するための規律や規範となる思考と思想の共有を目的としている。
それらはたった数日のうちに醸成されるわけもなく、長く深く教えることで根を張り成長するものなのだ。
ゆえにリゼは飢えた子犬みたいな目をするリリーを甘やかすわけにはいかなかった。
だが、無視をするというのも気が咎め、苦肉にも質問を許可するに至った。
リリーもまた、言語化できないまでもリゼの考えていることはなんとなく理解しており、たくさん質問をしても答えてくれないことを分かっている。
そのため、何を訊くべきかと考えて一つ、口を開いた。
「神様って本当にいるんですか?」
〇ストーリー要約
・歴史の勉強がスタート
・周辺地理と建国神話についての説明




