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「良い子じゃない」
「どうしてそう思うの?」
「だって、お父さん……」
「うん」
「ごめんなさいって」
「うん」
「リゼには言えたのに」
「うん」
「わたし、ごめんなさいって。
お父さんに、ごめんなさいって言えなかったの」
リリーの震える言葉を聞きながら、リゼはその背を優しく擦った。
手の平から熱が伝わって、奥底に閉じ込め氷漬けにされていた言葉が少しずつ解凍されていく。
「お父さんに何を謝りたかったの?」
リゼが尋ねると、ぽつぽつと降り始めた雨のように、リリーの口から言葉が溢れ落ちてくる。
「たくさん迷惑をかけてごめんなさい。
勝手にしゃべってごめんなさい。
勝手に泣いたりしてごめんなさい。
音を立ててうるさくしてごめんなさい。
帰りが遅くなってごめんなさい。
怪我をしたり病気になってごめんなさい。
お金をたくさん稼げなくてごめんなさい。
言うことをちゃんと聞けなくてごめんなさい。
もう怒られたりしないって思ってごめんなさい。
お父さんが死んで悲しいのに、ちょっと安心してごめんなさい。
わたしだけ、生きてて、ごめんなさい」
膝を抱える腕に力が入る。
本当に言いたいことは……。
拙い言葉で、それでも伝えようと尽くしている。
リリーの言葉を待つように、世界は音を止めていた。
「生まれてきて、ごめんなさい」
底の見えない深い渓谷に石ころが落ちていくような静寂に、リリーの思いが溶け入った。
それは背の立つ深さに浸って、海を知ったと豪語する若さゆえの過ちに似ている。
過去に誰もが陥り、恥と目を逸らして蓋をして、記憶の底へ隅へと隠しているそれだ。
そうした大人たちにとって、今のリリーに送る言葉は何であれ嘘と言われても仕方がない。
向き合うことが恐ろしくて、見ないフリをしてきたのだから。
リリーもまた先人たちに倣い、防衛本能に任せて心を閉ざそうとしていた。
「リリー、顔を上げてこっちを向きなさい」
だが、リゼはそれを許さなかった。
リリーは言われた通りに顔を上げ、リゼの方を向いた。
「歯くいしばりなさい」
言い終わるが早いか、リリーの頬に平手打ちが飛んで、乾いた音が夜の街に木霊した。
「え、」
目を白黒させるリリーは、叩かれた頬に手を置き、痛みを知る。
リゼは戸惑うリリーの頭に触れて自身へ抱き寄せ、そのまま頭を太股の上に置いて体を寝転がせた。
「リリー」
名前を呼んで、そっとその耳に触れる。
自分の言葉を聞けとでも言うように。
「あなた自身でさえあなたを否定するのなら、私が言ってあげる」
顔を下に向けたリゼの髪の毛がカーテンを閉めるようにさらりと落ちる。
息のかかりそうなほど近くに耳元へ、脳内へ直接響かせるように。
「生まれてきてくれてありがとう」
「……なんで、」
そんなこと言うの。
疑問を声にしようとしたリリーはしかし、最後まで言い切ることができなかった。
鼻の奥がつんとし、目の周りが熱くなって、大粒の涙がとめどなく溢れてくる。
まるで静かな産声をあげるているみたいに、リリーは泣きじゃくった。
リゼは我が子にでもするように、ただ優しくその頭を撫でていた。
「落ち着いた?」
リリーはなるべく顔が見られないように背けて頷いた。
鼻をすすり、目元は腫れ、耳まで真っ赤なその顔は、幸いなことに夜の暗闇が隠してくれている。
「風が出てきたわね。そろそろ戻りましょうか」
リゼが言って、二人は屋根から下りた。
「リリー、おやすみなさい」
「おやすみ、リゼ」
リリーは言って、逃げるように部屋へと入っていった。
ベッドに横になると、思い出したかのように眠気が襲ってくる。
その眠気に任せて躊躇いなく、リリーは意識を手放した。
〇ストーリー要約
・リリーがしゃべったぁぁぁ!?
・リリーが胸の内に秘めていた思いの暴露
・「生まれてきて、ごめんなさい」に対するリゼの回答
※リリーが声を出せるようになったのは父親が死んだからです




