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リリー・レンフレットの骨拾い  作者: 三色団子
第三章

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 通り過ぎる人々にとってそれは、異様な光景に映った。


 社交会にでも出かけそうな装いをした少女が、生首の据えられたカゴを大事そうに抱えて歩いている。


 よくよく見れば、カゴの中身も人体の一部のようで、死体など見慣れた退廃特区の人たちでさえ、気味の悪さに嗚咽(おえつ)を漏らす始末だ。


 さもそれが当たり前とでも言うみたいに淡々とした表情からは、地獄へと死者を導く死神か、ともすれば天国からの使者にも見える。


 いったい彼女は何者なのか。何をしていて、どこへ向かうのか。


 見物する人々は気になったが、誰も彼女へ声をかける勇気がなく、ただ見ていることしかできずにいた。


 片やリリーにはそんな視線を気にする余裕などなかった。


 なんとか正気を保っているだけで、内実では父の死を受け入れられていない。


 父を埋葬するというジェイドの提案、もとい命令がなければ、一晩でも二晩でもあの家で骸を腕に抱いていたことだろう。


 ジェイドは一歩先を歩きながら時折、きちんと付いてきているかリリーの方を窺うばかりで、言葉を交わすことは一度もなかった。


 山間(やまあい)の稜線に太陽の外周が触れ溶け合い出す暮れ合いに、終始無言のまま歩き続けた二人は、まだ比較的マシな方の共同墓地へとたどり着いた。


「おっちゃん、スコップ借りてくよ」


 ジェイドは市場に出ている小さな屋台のような小屋に近寄る。


 墓地を管理している墓守のおじいさんに声をかけ、地面に置かれたスコップを二つ手に取った。


「またお前か。ああ、勝手にしろ」


「それと木の杭を一本」


「銅五枚だ」


 銀貨一枚をカウンターに置いて、一抱えほどある木の杭を受け取る。


「釣りは」


「老い先短い人生に使いな」


「死人に口なしってか」


 背を向け、挙げた片手で手を振るジェイドと、それに続く少女を眺めながら、おじいさんは地面に唾を吐き捨てた。




 石碑と呼ぶには無骨な岩やジェイドの持つ杭と同じ物が地面に刺さっている。


 墓地と呼ばれているものの、実態としては死体遺棄現場に近い。


 墓を建てる金のない人間たちが、せめて形だけでも供養しようとしたことから始まり、今では数百の死体が土の下に埋まっている。


 当然ながら違法なのだが、これを規制すれば強硬な反発は必至であり、やむにやまれず共同墓地と定義して、市政は半ば黙認しているのだ。


 中には処理に困った死体を隠す目的で使われることもしばしばあり、そうした者たちを抑制するためにも、管理していると喧伝することには意義がある。


 ジェイドたちはそんな墓地の空きスペースを見つけ、墓穴を掘り出した。


 あまり浅いと野犬が掘り返して死体を食べてしまうので、成人男性の平均身長の半分から三分の二くらいは掘らないといけない。


 普通ならばそんな深さの穴を掘ると一、二時間ほどかかるものだが、魔力による筋力強化を行えば、ものの十分程度で掘れてしまう。


 ほどんとジェイドが掘ったようなものだが、リリーも自身にできる精一杯で穴を掘った。


 何かしていなければ、立ち止まってしまえば、再び立ち上がり歩き出すことは非常に困難なことだろうという、ある種の強迫観念に突き動かされている。


 父の入ったカゴを穴の中へとひっくり返し、土を被せて埋めていく。


 リリーが土を被せている最中に、ジェイドは買った杭を立てて突き刺し、スコップの頭で何度か叩いて地面に固定した。


 その杭は国の文化的に、天と地を繋ぐ楔の役割を持っている。


 簡単に言えば、あの世とこの世を死者が行き来するための道しるべのようなものだ。


 安らかに眠れ。


 いつでも帰ってきて。


 見守っていてほしい。


 あるいは、私が死んだらあなたの下へ。


 そういった意味が込められている。


 これは余談だが、十字は調和や完全を表しており、この国では死者の手向けには不適当とされている。


 平和や安寧とは生者の特権と見なされ、翻ってそれは死者の魂を永遠にこの世に縛り付けることを意味することになる。


 大抵の場合、赤子の誕生や豊穣を祈る種まきなどで使われるシンボルだったりする。


 国章に十字の紋章が使われているのもこのためであった。


「父親の名前を掘ってやれ」


 ともあれ、杭を打ち付けたジェイドは、短剣を鞘ごと腰から外し、リリーに渡した。


「文字は書けるだろ?」


 リリーは頷き短剣を受け取ったが、そこではっと気が付いた。


 父の名前を知らないのだ。


 聞いたこともない。教えてもらったこともない。知ろうとすらしてこなかった。


 必要なかったから。


 いや、名前だけではない。父についての知識など、ジェイドやリゼやその辺にいる人々と大差ないほど何も知らない。


 リリーは愕然とした。


 それがどれほどの過ちで、愚かなことなのかをリリーはすでに理解できてしまう。


 最後まで父の迷惑にしかならない自分が、リリーは心底嫌になった。


 もしかしたら、と助けを求め縋るようにジェイドの方を見たが、「早くしろ」と促される。


 仕方がないので、鞘から短剣を抜いたリリーは『リリーの父』と掘った。


 汚く不細工な文字だった。


 その文字を睨むように見つめていると、ポンとリリーの頭に手が置かれた。


「お前のお父さんは死んだ。まずは受け入れろ」


 リリーは頷いた。だが、頷くだけだ。


「そんで、お前はお前だ。ちゃんと生きろ」


 わしゃわしゃと撫でられるがまま首が回る。


 せっかく整えた髪が乱れ、土などがついて汚れたが、リリーは気にも留めない


 リゼに見繕ってもらった服もすでに泥だらけであり、今さらだった。


「何か言って送ってやれ」


 何かって何を。送るってどこに。どうすればいいのだろうか。


 困惑するリリーの頭の中に、ぱっと思い浮かんだのは


『ごめんなさい』


 しかし、それが声になることはなかった。


「帰るぞ」


 小さく溜め息を吐いたジェイドはリリーの背中を叩いた。


 背を向け歩き出すジェイドに、短剣を鞘に納めたリリーが追う。


 横に並んだリリーは短剣をジェイドに差し出した。


「お前にやるよ」


 そう言って受け取ろうとしないジェイドに、リリーは「いらない」と目で訴える。


 短剣なんてもらっても使い道がないとリリーは思っているし、父が亡くなっても、他人から無償で施されることへの忌避感は健在であった。


「ったく目でもの言いやがって。誰の教育だよ」


 ぶつくさと文句を呟くジェイドは「いいか」と説明をはじめた。


「魔力ってのは基本的に自分にしか作用しない。習ったよな?」


 突然何を言い出すのか。まるで授業中に関係ない質問を投げかけてくるリゼのようだとリリーは思いながら頷いた。


「だけど例外もある。長年愛用してる物とか、思い入れが特に強い物とかな」


 ジェイドが言うように、魔力とは基本的に使用者にしか作用しない。


 だが、何事にも例外というのは存在している。自身の肉体の延長、あるいは自分自身と思えるような物には、魔力を作用させることができる。


 例えば、短剣の切れ味をよくしたりといった具合に。


「だからそれはお前が持ってろ。いざって時に使えるようにな」


 ジェイドの説明を受けて一応の納得を示したリリーは、買ってもらったおもちゃのように、ぎゅっと両手で握りしめた。


「分かったらさっさと帰るぞ。あまり遅いとリゼが怒るから」


 言ってジェイドは歩く速度を上げた。


 リリーはほとんど小走りになってその背を追った。


〇ストーリー要約

・共同墓地へ行き、父親の墓穴を掘る

・墓に名前を掘ろうとして、父親の名前すら知らないことに気が付く

・『リリーの父』と掘り、弔う言葉すら何も出てこなかった

・名前を掘るために使った短剣をジェイドからもらい、帰路に着いた

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