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着せ替え人形のように何着もの服を着替えさせられたリリーはその日の午後、ジェイドに伴われて数日ぶりの退廃特区へと足を踏み入れた。
人は少し減っただろうか。臭いは相変わらず、というよりさらに腐臭が増している気がする。
みな、死んだように生きている。
いや、本当は死んでいるのかもしれない。
だが、リリーにはその判別がつかなかった。
自分もかつてはこんな風な顔をしていたのだろうか。
たった数日、されど体感ではひと月以上経過したような心地がして、リリーはどこか懐かしいとさえ感じていた。
リリーが周囲を観察するように、見られている住人たちもまた、リリーたちを観察している。
どこからどう見ても貴族の令嬢とそのお付きにしか見えない二人は、ぼろ布をまとって幽鬼のごとく道を行く者たちから注目の的になっていた。
興味本位でじろじろと眺める者、何か恵んでもらえないかと期待の眼差しを向ける者、あわよくば金目の物を盗めないかと隙を窺う者など様々である。
当然ながら好奇の目にさらされることは予測できていた。
馬車に乗って家の前まで来ることや目立たないコートとフードを被ることも考えていた。
しかしながら、退廃特区の荒れた道路では馬車の運航に差し支えること、そもそも御者が近寄りたくないと断ったこと、真昼間にフードを被っていたら逆に怪しまれることなどの事情があった。
また、ジェイドは元から、そしてリリーは住み慣れた環境という理由から、二人とも周囲の目を気にするというタイプではない。
そのためこうして徒歩で行くことになったのだ。
ともあれ道中は何事もなく、ジェイドたちはリリーの住んでいた家の前までやってきた。
リリーはドアに手をかけた。ドアノブや取っ手は盗まれて久しく、軽く押すだけでドアを開けることができる。
呼吸を落ち着けようと深呼吸を繰り返す。心臓が耳の横に飛び出てきたのかと思うほどうるさく脈打ち、それに合わせて言語化されない思考の澱が頭の中でボコボコと泡を立てていた。
ポンと肩に手が置かれ、リリーはその手の先に顔を向けた。
ジェイドが小さく頷く。
たったそれだけのことが、感じたことのない充足感と湧き上がり恐怖を払いのける力をリリーに与えた。
ドアを押して、錆びた蝶番が断末魔のような悲鳴を上げ、暗がりに光が差し込んだ。
リリーは息を呑んで目を見開いた。
はじめに捉えたのは、光に反射して舞う砂と埃、それに混じって不快な羽音を響かせる無数の蝿、そしてバラバラになった肉塊の山と頂点に置かれた生首。
一歩、一歩と確かめるように近づいて、リリーはその肉の山の前で膝から崩折れた。
リリーの目線はちょうど、生首のそれと同じ高さにあって、虚ろな視線が交錯する。
その死体はまぎれもなく、リリーの父であった。
肉はすでに腐敗が進んで蛆がわき、地面の土は赤黒く変色しているもののすっかり乾いている。
他殺と仮定するとして、おそらく、殺されたのは昨日今日ではないのだろう。
リリーはバラバラになった肉塊に触れ、腕のような部位と右手のような部位を持ち、なんとかくっつけようと試みた。
しかし、肉の端が崩れるばかりで繋がることは決してない。
もはや自分が何をしているのかも分からないリリーはそれでも、ゴミを漁るみたいに他の部位も引っ張り出し、繋がれ、繋がれと念を込めて同じことを繰り返す。
力が入りすぎて切断面が滑り、勢い余って肉塊が崩れ、生首がリリーの膝の上に転がった。
リリーはゆっくりと両手でその頬に触れた。
くちびるをわなわなと震わせ、浅い呼吸が徐々に加速していく。
精神はもはや限界で、自己を防衛するために、リリーの意識がプツリと途切れた。
瞬間、リリーの内から魔力が溢れ出す。
その変化をジェイドは目で捉えていた。
溢れ出した魔力は少しづつその規模を拡大していく。
はじめはリリーの体を包み込む程度から、肉塊を覆い、家の半分、家全体、外へと飛び出してなおさらに広がり、留まることを知らない。
魔力の発現は死に瀕した時に起こり得る。
そうしてまた、すでに魔力を扱える者であっても、総量以上を新たに生み出すことがある。
リリーにとって父親は、自身を構成する数少ない要素の一つであり、かつほとんどの割合を占めるアイデンティティそのものであった。
その父が亡くなった。それはつまり、リリー自身の死と同義なのだ。
リリーは今、生と死の淵を彷徨い歩いており、何度も何度も死を繰り返していた。
要するに、魔力が際限なく溢れ出している状態である。
このままでは、最悪の場合リリーが死んでしまう。
放たれ続ける魔力量に圧倒されて、しばし呆けていたジェイドがようやく我に返り、リリーを止めに入ろうと動き出したその時、
「リリー」
後ろから声がした。
〇ストーリー要約
・ばっちりおめかしをしてリリーの実家に赴いた
・リリーの父親はバラバラの死体になっていた
・無意識でリリーの魔力が暴走する
・ジェイドがその暴走を止めようとした時、後ろから声がした




