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カランコロンと入店を告げる鈴の音が鳴る。
「いらっしゃい、ってあ、リゼじゃん」
腕は一流なのに、何かとあって上流階級の客層へと足を伸ばせない床屋の女性店員が、カットの手を一瞬止め、体を逸らして入り口に立つ客に顔を向けた。
「ちょっと座って待ってて」
軽口を言い合う暇もないほど、いつもより忙しそうなその様子を見たリゼは、待機用の椅子にリリーを促してその隣に座った。
そうして待つこと十数分。
先客の対応を終えて店の外まで見送り、「お待たせー」悪びれることなく戻ってきた。
「んで、今日はそこのお嬢ちゃん?」
「そう、最近引き取ったリリーよ」
「へぇー精力的ね」
女性は生返事をして、リリーの前にしゃがみ目を合わせた。
「私はアンナ・カレット、アンナでいいわよ」
リリーは返事のつもりで会釈を返した。
「あら可愛い、緊張してるの?」
「訳あって声が出せないのよ」
「ははぁ、なるほど。あんたも苦労してんのねぇ」
リリーの頭を撫でたアンナは「まあいいや。こっちきて」と強引にその手を取って立たせ、大きな鏡の前の椅子に座らせた。
「んー、こりゃ結構切った方がよさそうね」
リリーの髪に一通り触れながらアンナが言う。
それもそのはずで、リリーは髪の手入れはおろか切ることさえしていない。伸び放題の荒れ放題である。
特に毛先の方などは死んでいると言っても差し支えがないほどボロボロだった。
「さて、どんな風がお好みで?」
「可愛く」
何をされるのかすらいまいち分かっておらず、また言葉にできないリリーの代わりに、後ろで見守っているリゼが答えた。
「相変わらず雑ね」
「門外漢のことは専門家に任せているもの」
「丸くなちゃってまったく」
「体型は維持しているわよ」
「男勝りもその年じゃ毒でしょ」
「女の内ゲバの方も相当よ」
「同感。最近じゃ私も言葉より先に手が出るわね」
「そんな無駄口を叩く前に、手を動かしたら?」
「残念、もう手は出てるのよ」
口喧嘩でも始めそうな勢いともすれば、息の合ったやりとりが何の打ち合わせもなく繰り広げられる。
学生時代から今でも交流のある数少ない友人同士の応酬に挟まれるリリーは、髪を切られながら、指示もないので大人しくじっとしていることにした。
「ずいぶんと忙しそうだけど。新しい人雇ったんじゃなかったの?」
「辞めたっていうか、バックレたのよ」
「あなたの性格がきつくて?」
「それならいっそ清々しいわね」
「腕のいい好青年だって話だったじゃない」
「まあ、私ほどじゃないけどね」
「じゃあなんで辞めたのよ」
「素行不良、頑固、自己中心的、そんで客と大揉めしたってわけ」
アンナは雇った従業員の不祥事を赤裸々もとい意気揚々と語った。
店主でありアンナの旦那が経営しているこの店は、その歴史も古く、曾祖父の代から続く老舗であった。
当然、昔ながらの馴染みの客や評判を聞いてやってくる新規の客も多く、それなりに忙しい毎日を送っていた。
そんな中、寄る年波への危惧と若手の育成を背景に、従業員を雇おうという話になった。
そこで雇ったのが先述に出てきた青年である。
明るく、熱意があり、若いながらに店主も認めるほどの技術を持っていた。
それゆえだろうか。慢心や傲慢な態度が垣間見えることが度々あった。
遅刻をする、雑用をやらない、練習もしない。
まあ、これくらいなら若気の至りと思えば許容もできた。
しかし、客の要望を無視してカットをしたり、チップとして不当な金銭の要求をしたりして、客と揉めることも散見されたのだ。
いくら注意しても反省の色は見えず、かといって早々に追い出すわけにもいかない。
そうしてついに、問題が起こった。
その時やってきた客は身なりのいい若い男性だった。
見た目からして上級貴族、「これから商談がある」と語っていたので、あるいは大きな商会の役員などと考えられた。
カットをするところまでは順調だったのだが、顔の産毛と髭を剃っている時、誤って頬を切ってしまったのだ。
幸いにして傷は浅かったが、客はひどく機嫌を損ね、執拗に青年を追い詰めた。
客の怒りも理解できる。腕がいいからと安心して任せた者が傷害を負わせてきたことに加えて、これからの商談に差し支えが出たらどうしてくれるのだと。
青年も素直に比を認め、潔く謝罪をすればよかったのだが、プライドが邪魔をしてか、ごにょごにょと言い訳を並べ、挙げ句には「俺に任せたお前の責任だ」などとのたまいだした。
結果、取っ組み合いの喧嘩になりそうなところを店主が仲裁に入り事なきを得たのだが、青年はそれ以降、顔を出さなくなってしまった。
「大変ね。そういえば旦那さんは?」
「腰をやって寝てるわ」
「喧嘩を止める時に無理しちゃったの?」
「そんなやわじゃないわよ」
「まあそれもそうね、あんな熊みたいな……。じゃあ人手不足で?」
「あー、違う違う。ストレス発散にちょっとね」
「あんた、夜遊びには厳しくなかったっけ?」
「心配ご無用。溜め込んでたのは私の方だから」
「ああ、なるほど……、可哀そうに」
「ほんっと貧弱よね。ちょっと激しめに三回しただけなのに」
「ノーコメントで」
この手の下世話な話にはあえて躊躇いなく乗るリゼなのだが、リリーの手前ということもあって、今日は生々しくなる前に撤退の判断を下した。
「そういえばねえ聞いた、あの事件」
「どれのこと?」
「バラバラの死体がゴミ箱に詰め込まれてたってやつ」
「同じようなのが三件見つかったっていうあれね」
「今朝四件目が見つかったらしいわよ」
なんでもここ数日の間に、まるで全身をギロチンにかけられたようにバラバラの死体が見つかったのだという。
警官隊が調べているが、犯人はまだ見つかっていない。
その動機や被害者の関連性、凶器なども不明だという話だった。
「物騒よねぇ。あー怖い怖い」
などと話題はコロコロと変わって軽口を叩きながらも、リリーのカットとセット、そして簡単なメイクがよどみなく施されていった。
「はい、完成。我ながら完璧ね」
自画自賛するのもそのはず。
リリーは今すぐにでも貴族の集まる社交界へ出て行き、他の令嬢たちと遜色なく肩を並べられるくらいの美しさをまとっていた。
「可愛いわね。似合ってるわよ、リリー」
リゼにもそう言われたリリーは、少し頬を赤くして恥ずかしそうに顔を背けた。
「ありがとねアンナ。また来るわ」
「どんどんお金を落としてってよ」
「やっぱりやめようかしら」
最後まで変わらぬ掛け合いをして、リゼとリリーは外へと出た。
「さて、次は服を買いにいきましょうか」
リゼに手を引かれながらリリーは頷き、道行く人が見れば親子のような二人は、次の目的地へと歩き出した。
〇ストーリー要約
・リリーは床屋へ連れ行かれて髪を切られ、簡単なメイクを施された
・うわさ話に花が咲きつつ、服を買いに次のお店へ




