【十】-1 サッカー選手か!
【十】
外に出ると、夜が完全に更けていた。
この世の中では、深夜になると
眠っている者の方が多い。
外に出ても犯罪しかないからだ。
つまり、わざわざ外に出るよりは、
大半の人間は睡眠を選ぶ。
鉄火山。
人好きのする老婆だった。
帝王の血族にして元将軍だが、
普段の彼女には争いとは無縁に思える穏やかさがあった。
ショーシ王子がサッカーボールにされたことに
一番心を痛めているはずだ。
だが、今どうしているのかを聞こうにも、
鉄火山自身の姿がない。
普通に考えれば、
こちら側に対して何らかのアクションを起こし、叱りつけてくるはずだ。
「それが、誰も行方を知らないんだ」
アレンが眉を顰めた。
彼にはマナの量や魔術の痕跡がわかる機能がある。
それを辿ってもわからないのか。
「ボードを四元素の流れに乗せるんだろ?
たぶん、あの移動はスポーツの領域を使ってるから……」
「いやそんな馬鹿な」
魔術のことは僕にもよくわからないけれども、
そんなことはないはず。
僕とジェーンは鉄火山が風の流れに乗っているのを見ている。
「でもその人はスポーツの神と契約しているんだろ?
じゃあ、そうなんじゃないかなっていう。
わかんないけどね、僕はクレオやジェーンみたいな特別な人間ではないから」
そう、声を落としてアレンは言った。
かつては前世に乗っ取られて世界征服めいた野望に突き進んでいた彼が、
血を抜かれて首から下を金属人形にされたことで、
ようやく本来の彼になれた。
そして、本来の彼は、
家で不遇な扱いを受けてきたことを悲しむ、
普通の努力家の少年だ。
「君の親御さんはどうしているかな」
なんとなく聞いてみたが、
彼は浮かない顔だ。
「……生きているよ」
「会いに行ったらどうだい?」
「この身体で? ただでさえ僕を落ちこぼれと罵って憚らなかったような奴らだ。
僕が消えて清々しているだろう」
先導していた僕が振り返り、
正面からアレンの肩を掴んで足を止めさせる。
どこに行くかというあてはなかった。
とりあえず、人のいなさそうな場所を目指していた。
「あまり自分の価値を下げるようなことを言ってはダメだ。
少なくとも僕やクレオは君がいたおかげでとても助かっている。
そう、クレオだ。この国最高の頭脳の持ち主に一番評価されているんだ」
「評価かな……
彼女はジェーンと戦ったことを気にしているんだろうけど、
僕が親に手を出さなかったのは……そもそも彼女にとってのジェーンほど特別な存在が……」
慰めるつもりだったのが、失敗したようだ。
探偵として聴取をした時は大正解だったように思えるのに、
身近なサイドキックを慰めるのは上手く行かない。
彼が抱えている無力感は
実に普遍的かつ根深いものだ。
そして、厄介なことに、“家族関連の悩み”だ。
誰にでも得意不得意というものがあり、
僕の場合は家族に関する事柄だ。
何故かと言うと、僕はもうそれはそれは宇宙一の両親に恵まれたので、
家族の事情や問題というものがサッパリわからない。
僕の常識と記憶に照らし合わせると、
家族というのは、愛し合い、受け入れ合って当たり前のものだ。
それ以外のものが僕の辞書にはない。
知識としてはあるが、感覚としては呑み込めていない。
ジェーンの場合は、僕達そのものに
家族としての深い繋がりがあったから、
側にいるだけでなんとかなった。
「あ、あのっ!!」
僕とアレンの足元近くから、ジョナサンの声が上がる。
「僕にも、弟とか妹がいて……大変なんですけども……
あいつらがそういうことを言ってたら……悲しいと思う!
親はいないからわからないけど!」
ジョナサンなりに一生懸命に思いを伝えようとしているのがわかる。
自分でも上滑りしていると自覚せざるを得ない僕の説得とは、
まるで別物だ。
「この子が言いたいことは汲んでくれるね?」
「兄弟姉妹も……」
自嘲に口元を歪めたが、
アレンはそれ以上は続けなかった。
少年の訴えたいことの根幹がそこにないことがわかり、
アレンも、その思いまで否定するような人間ではないということだろう。
「君はつくづく“あの男”とは違うね。
僕とジェーンみたいなものかな」
「いや、貴方と彼女は似ている所あるよ。
近づけば近づくほどわかる」
「…………?」
予想外のことを言われて、思考が停止してしまった。
そうだろうか。
僕とジェーンには、あまり共通点がないように思う。
彼女は進歩を齎す側で、僕は違う。
ジェーン・エルロンドは、壁があったらその向こう側へ世界ごと連れていくタイプだが、
僕はそういうタイプではない。
「具体的には──」
続きを聞こうとすると、
夜の闇を一条の焔が走った。
その後方から、
何者かが猛烈な速度で追っている。
追われる側も逃げるだけではなく、
時折、後方へ何かを放って反撃していた。
「行ってきます!」
木刀の上下両端からワイヤーを射出し、
鉤爪が建物の縁に引っかかった。
ジョナサン──ヴィジランテのロータスが、
ワイヤーで自らの身体を引っ張り上げて宙空へ飛んだ。
ロータスの移動は、高く跳ぶ(ホップ)のでも、
そこから滑空する(グラインド)のでもない。
ワイヤーで直接身体を引き上げるからこそ、
初速から段違いに速い。
「僕も行かないと!」
靴底から火炎を放射してアレンも飛行した。
炎の線条を引く人物が後方へ放った飛来物を、
ロータスが叩き落とした。
それに遅れて、アレンが逃げる側を狙う。
両手から光線を放って敵を追い立てると、
三つの人影が同時に三方向へ散開した。
ロータスとアレンが、
それぞれ別の人影を追って夜の街へ飛んでいく。
残る一人だけが途中で軌道を変え、
真っ直ぐ僕の方へやって来た。
二人とも優れた技術を持っているから、
周囲への二次被害は出ていない。
ただし、僕の方へ向かってくる敵は、
こちらに遠慮などない。
「よし、来い!!」
腰を落として誰が来てもすぐに対応できるように
意識を緊張状態に維持する。
人影が飛び出し、
僕が前に躍り出ると、
サッカーボールが僕の横を通った。
「サッカー選手か!!」




