【九】-2 方程式が出来てきた
ターンが部屋から出ていくのを手を振って見送ると、
入れ替わりに次の聴取相手が入ってきた。
「こんにちは、僕は名探偵スゲーマン」
「我が名はキーパー。
キーパーのキーパーだ」
「つまりポジションはキーパーなんだね?」
「そうだが……」
「名前もキーパー?」
「そういうことだ」
尊大な態度だった。
年齢もサッカーチームの中では最年長だろう。
これは骨が折れそうだ。
「話には聞く。
スゲーマンとは、一緒にいるとお日様の下で日向ぼっこしているような気分になると。
だがな……このキーパーの警戒を解けると思わんことだ」
「なるほど……そうだ! 今思い出した!
君達へのプレゼントにぼだっこをできるだけ持ってきたんだ!
よかったら食べてみて」
「くぅ~~~~~~ん」
ぼだっこをたっぷり入れたツボを手渡した。
キーパーが胸元に抱き寄せて頬ずりする。
もしかして、と思ったが当たっていた。
ベアリタ帝国は、かつての秋田クマ王国が形を変えて残った国だ。
それなら、秋田の食文化も残っているはずだ。
特に、他にはあまりないような、
不健康極まりないものならなおさら。
ジェーンが食べたがって、
以前シスマに作ってもらっていたものを分けてもらった。
鮭をこれでもかというほど塩漬けにした秋田の名物。
まともに食べれば、僕の体でも病になりかねないほどの塩分量だ。
しかし、秋田の人々はこれに目がない。
ぼだっこひとかけでご飯三杯平らげることを至上の幸福としている。
ベアリタ帝国の人も変わらないらしい。
「いがっぺえ……これマジいがっぺえ塩分だっぺ……
オラの舌が、このしょっぺえ鮭と白米のコラボを前に、
今から涎止まんなくしてるっぺよ……」
遠い年月を超えても、
ベアリタ帝国が秋田から広がったことには重要な意味があるようだ。
そう思うと、なにやら遠い年月の風と砂に削られてできた雄大な渓谷や丘陵を、
目の当たりにしているかのようだ。
「じゃあさっそくご飯も食べる? おにぎりだけど」
ぼだっこと食べようと思っていたから、
同じ荷物には塩も何もない、
巨大な白米を丸めた球体を三つ入れていた。
せっかくなので全て差し出した。
「こんなの蜂蜜だぁ……」
キーパーがツボからぼだっこを箸でひとつまみし、
手のひらに載せる。
ほんのひとかけらのピンク色。
しかし、それが大量の塩によって鮭の旨味が極端に引き出されたものだと、
一度でも食べたことがある者なら、誰でも知っている。
ピンク色の一欠片を食べ、
口いっぱいに広がるしょっぱい鮭味を
白米の塊で押し流す。
これが最高に美味しい。
絶対に体に悪い。 だが美味しい。
山に囲まれ、まともに晴れの日もない、
雪害と熊害に溢れた盆地に生きた人々の、
苛酷な自然を乗り切るための智慧が詰まっていた。
雪国の人は大酒飲みだが、
塩分と炭水化物にも同じように酔えるんだ。
「げーーーーっぷ。
キーパーはもうお腹いっぱい」
ぽっこり膨らんだお腹を撫でて、
満足そうに一息をついた。
「チームメイトとは、よく一緒にごはん食べたりしたの?」
「していたが、マルオだけはそういう場には顔を出さなかったなあ」
「へえ、用事があったのかな」
「理由を聞いても、何も答えられなかったからな……
あいつは真面目一直線で……
嘘をつくのが酷く苦手だったのだ」
どうしようか、と少し迷った。
もう少し聞いてみたい気もするが、
これ以上掘り下げようとするのは、
個人のプライバシーを冒涜することになってしまう。
それは僕の主義に反する。
人とは秘密を抱えて生きるものであり、
その秘密こそが、その人を個人たらしめるのだ。
無関係な僕が無遠慮に引っ掻き回して良いはずがない。
背丈や体格関連とは訳が違う。
「キャプテンは本当に立派な方だったんだね」
「その通りだ」
熱いお茶を啜り、キーパーは頷いた。
しばし、湯呑みを傾けてから下ろした。
「……本当に聞かないとは。
まさに伝説通りの人物だ」
なにやら一人納得したキーパーが、
あらぬ方を見ながら、小さな声で独りごちた。
「そういえば……マルオは鉄火山殿と何やら話していたなあ……
スポーツの神がどうとか」
僕の耳では小声過ぎて聴き取ることができない。
だが、ジョナサンなら何処かに潜み、
相手の口の動きを上手に読み取るだろうし、
アレンなら空気の震えだけで、
発言を再構築できるだろう。
こうして、そのほかのチームメイトからも話を聞き、
僕の初めての聴取が終わった。
いろいろな人の話を総合すると、
キャプテン・サッカーがとても立派な人で、 事件当時には、
チームメイトの全員に一応のアリバイがあるということだった。
「振り出しになったかな」
アレンとジョナサンの二人のサイドキックに、 僕は言った。
二人は同時に首を振った。
「鉄火山に会いましょう。
彼女にも、これまで通り話を聞いてください」
「わかった」
僕にはわからないものがサイドキックにはわかるらしい。
ならこれが正解なんだろう。
僕が聞いて、サイドキックが考える。
名探偵の方程式が出来てきた。




