【八】 名探偵になれるかもしれない
【八】
事情を聞く相手が滞在する施設のドアをアレンが叩く。
周囲のクマが騒ぎを聞いてどよめいた。
「あら、貴方も来たの?
ってうおっ、スゲーマンじゃない! デッカ! 赤っ!」
「どこに寝かせるの?」
「不躾ですがお願いです!
スゲーマンを治療してください!」
「なんで死人を治療するんだ」
ドアを叩き壊しかねないアレンの剣幕に、
中にいたアスリートクマが慌ててドアを開けた。
アレンが担いだ僕を見て、すぐに治癒師を手配してくれた。
ほどなくして現れた治癒師が、 僕を見下ろした。
「誰だ、その大男は」
「だから、スゲーマンです」
「だから死んでいるだろう。 ジェーン・エルロンドに転生したと聞いたが」
なるほど、それくらいの情報が伝わっているのか。
「残念だが、死者を蘇らせることはできない」
「お願いだ……」
まだぎりぎり意識を保っていた僕は、 声を振り絞って言った。
「そもそもこの男は何をしにここへ?」
「貴方達と被害者との関係を聞きたいんだ」
「我らを疑っているのか!?」
まずい、怒らせてしまった。
「いえ、信じています。
ただ、何をするにも話を聞きたいのです。
そうしないと始まりませんから」
「信じられるものか!
これだけのことが起きといて!」
もっともだが、それで引くわけには行かない。
「お願いします。
僕のことを信じてください」
「なにをもって信じろという! そもそも全身の傷、
何をしようとしたかわかったものではない!」
「それは子どもを助けて転んで、クマを庇って、そのあと突き飛ばされて……」
「どこに事件の捜査前に勝手にボロボロになる馬鹿が──!
いや、たしかに我が帝国に伝わるスゲーマンはそうだったが……まさか……?」
「嘘ならもっとマシなのをつくだろ」
「本当に? 本当にスゲーマンなのか?」
徐々に風向きが変わってきた。
「スゲーマンが再びこの世界に現れた時は、
帝国を挙げてサポートしろと言い伝えられている……よし」
出迎えたクマ、 サッカー使節団の副キャプテン──ワントが手を挙げて合図した。
中途半端に挙げられた手が、 本心では乗り気でないことを示していた。
僕の名前がベアリタ帝国にも残っていたのは知っていたが、
予想以上に扱いが大きいらしい。
治癒師が僕の全身へ手をかざした。
僕の全身を淡い水色の光が包み込む。
ほんわりとした温かさがマナで構成された体に染み込み、
傷がたちまち癒えていった。
「ありがとう。凄い効果だね」
礼を言って起き上がる。
「マナで構成された体は本当ですね。
治癒術が覿面に効きます。
ですが、今の貴方は人間の構造をマナで再現した、
いわば精巧な風船のようなもの。各部は人間に似ていますが、
強度は人より脆弱です。ご用心を」
「……えっ、僕、虚弱体質になったの?」
人並みの肉体だと思っていたが、 どうやらそれすら過大評価だったらしい。
だが思い返すとたしかに頷けた。
木から落ちた子どもを受け止める。
背中に火球を受ける。 瓦礫に頭をぶつける。
どれも痛手には違いないが、 僕が思っていた以上に、
この体は簡単に壊れていた。
「それならいっぱい気をつけましょうね!」
ジョナサンが両腕を握りしめた。
その通りだと僕も頷いた。 一歩間違えれば大怪我になる。
ジェーンの体と違って自動で治ったりはしないのだ。
「よし、それではさっそく、
みなさんそれぞれから被害者との関係と、
事件の時に何をしていたかを聞こうか」
クマの一団が次々に顔を見合わせ、躊躇いを見せた。
状況としては仕方ないだろう。
「今の僕には特別な力は一つもない。
ただ、この頭脳で事件をすっごく見通すだけだ」
自分の額を三回叩いてウィンク。
即興の決め台詞も乗せた。 だいぶキマっただろう。
覚悟を決めた副キャプテンのワントが人払いをし、
僕と二人だけの空間にした。
アレンとジョナサンも、表向きは外に出た。
二人の機能と技能なら、 あの手この手で僕らの会話を把握するだろう。
「とりあえず、ここに」
椅子を勧められ、そこに腰かける。
副キャプテンも向かいに重々しく腰を下ろした。
「……俺とキャプテン……マルオの関係ですか」
キャプテン・サッカーの本名だ。
「子どもの頃から一緒でした。
あいつが弟のためにサッカーで少しでも功績を立てようとしていたのも見てきた」
なるほど、二人は幼馴染に近い関係か。
「二人はずっと一緒だったんだね」
「ずっと同じ学校だったから……
当時からあいつは学年トップの成績を収めながら、
それでも少しでも点数を上げようと必死でしたよ」
「へえ~~感心な生徒だったんだなあ」
つまり、ずっと真面目に努力してきたのがキャプテン・サッカーか。
その結末がこれとは、幼馴染としてもやりきれないに違いない。
「そうですね……」
歯切れの悪い返答だ。
もしやマルオは、過労で心身を病んでいたのだろうか。
「もうすぐ、弟が官僚試験を受けると言っていましたから、
それを見届けたかったでしょうね」
「悲しすぎる……」
胸の詰まる話だ。
僕は何度も頷き、彼の話に寄り添うしかない。
「ですが、ずっと走り続けてきた人生でしたから、
こうなって解放されたところもあるかもしれません。
期待に応えようと暗中模索する日々は辛かったろうから」
「そんなことを言ってはいけないよ。
生きている限り、いくらでも可能性があるんだ。
もちろん、君もだ」
肩に手を置いて、静かに頷く。
しばし、ぼうっと僕の顔を見つめていた彼は、 ハッとなって首を振った。
「あと、マルオが死んだと思われる時間に何をしていたかですね」
副キャプテンは話を戻す。
アレンのスキャンによれば、
キャプテン・サッカーことマルオは、
発見の15分前に死亡していたとのことだった。
「言いたくないなら無理に言わなくても良いよ?」
「いいえ、その頃はちょうどシューズを磨き終え、
会食の場所を確認していました。
そちらのメイドや執事に聞けばわかるはずです」
灯りを背負った副キャプテンが、
逃げるようにして立ち上がった。
やはり、幼馴染の死を思い出すのはまだ辛いだろう。
クマだから表情が読み取りにくいのではない。
彼自身が、何かを押し殺すように感情を必死に抑えている。
それは固く結ばれた口元からもわかった。
「こちらから話せることは以上です」
「そうか。ありがとう。
他の人にも聞くからゆっくりしていてくれ。
こんなことになって、さぞかし無念だろう。
その傷を抱えているんだ。
どれだけ休養を取っても足りないくらいだ」
「無念では──!!!」
激昂の気配が立ち上った。
その迫力に、天井が軋み、 灯りの傘が振り子となって揺れた。
灯りの揺れに合わせて床に投げかけられた影が、
不安定な天秤のように揺れていた。
「……失礼する」
一礼して、副キャプテンは出ていった。
入れ違いになってアレンがやってきて、
天井裏に忍び込んでいたジョナサンも降りた。
「ごめん、あまり聞き出せなかったかもしれない」
僕が謝るが、アレンは顎に手を添えて、
何事かを考えていた。
彼の聴覚機能なら、部屋越しの空気の揺れまで捉えていたのかもしれない。
ジョナサンの方を見ると、同じような表情だった。
「二人とも、僕のやり方に不満があるのはわかる。
もしも助言があるなら……」
「いや、そのままで良い」
アレンが、僕に頷きかけた。
「貴方をずっとみくびっていたかもしれない。
ヒーローと優しさしか取り柄のない、何処にでもいる人かなと」
「凄く良かったですよ、スゲーマンさん」
「貴方は名探偵になれるかもしれない」




