【七】−2 君こそが真の名探偵だ!
「てめえら、金出さねえとぶっ殺すぞコラァ!!」
話が一段落する前に、 通りに強盗団が現れた。
王がいない国なだけはある。 治安があまり良くない。
「行くよ、ロータス!」
「はい! スゲーマンさんは安全な所に隠れてください!」
瞬時に戦闘態勢にシフトした二人が、
武装した荒くれ者の群れに挑んでいく。
よし、そう言われたからには従おう。
クレオとの約束だ。
だがそんなことも言っていられない。
向こうには術師がいた。
その術師が火球をいくつも放ち、
アレンとジョナサンが掻き消すも、
漏れた一球が留学生らしきクマに飛んで行った。
「ぐわぁっ!!」
その火球を背中で受け止め、クマを庇った。
コートが焦げ、 背中に焼けるような痛みが走る。
「どきやがれぇ!」
逃げ惑う市民、それを追う暴漢に殴り飛ばされ、
瓦礫に頭をぶつけ、眉の上を深く切った。
眉の周りは皮膚が薄く、血が噴き出しやすい場所だ。
僕の視界がたちまち赤に染まった。
「イタタタタ……」
手を上げて傷口を押さえようとしたが、激痛ですぐに引っ込めた。
そう言えば両腕の筋肉が断裂していたんだった。
僕はこのまま、この実体での初外出を
顔面真っ赤っ赤で過ごさなければならないわけだ。
「危なかったね。大丈夫だったかい?
この国も今はちょっと危ないけれどね、
本当は良い国なんだ。お米がおいしいんだ。
納豆だってあるんだ。それも僕の娘がね──」
「来るんじゃねえええ!!」
助けたクマに笑顔で語りかけていると、
強盗団のリーダーが叫んだ。
アレンとジョナサンがたちまちに倒してくれていたけれども、
とりわけ強いリーダーだけは取り押さえ損ねていた。
「その女の子を離せ!」
「逃げ場はないぞ!」
「いやあああ! 誰かうちのコを助けてええ!」
リーダーが分厚い刃を少女の細い首にあてている。
羽交い締めにしたまま力任せに刃を押し込めば、
斬るというより、首ごと圧し切る形になるだろう。
想像するだに痛ましい。
「待ってくれ。ここは僕が話す」
打つ手に困って立ち竦んでいるアレンとジョナサンの間を抜け、
僕が一歩前に出る。
「スゲーマンさ……うおっ! またケガしてる!?」
「隠れてなかったんですか!?
それもう……ヤバいことになってますよ!」
「なんだこいつ……!?」
「はじめまして。名探偵スゲーマンだ」
「名探偵だと!? 事件解決のために頭を使う頭でっかちか!」
お、探偵という単語を知っている。
もしや、彼も転生者かもしれない。
だからといって、何かが好転するわけでもないけれど。
「その名探偵だ」
「スゲー頭から血が出てやがるぞ!!」
「そして両腕の筋肉が断裂し、骨にも罅が入っている」
「何だこいつ!?」
「僕が人質になる。話をしよう」
人質へ視線が移りそうになるのを堪え、
努めて男の両目に集中する。
こういう状況で、男の双眸に浮かんでいるのは 獰猛さや敵意ではない。
どうすればいいかわからない不安と、恐怖だ。
「スゲーマン! 危険だ!!
ただ立ってるだけでも危ない状態だぞ!」
「せめて誰かに頭に包帯巻いてもらいましょう!」
そんな暇はない。
少女の怯えを取り除き、
男の過ちを正すには、 止まっている暇はない。
「武器を手放そう。
身柄は僕が保証する。
クレオ大臣ならきっと悪いようにはしない」
「信じられるか! この国がいつまで経ってもよくなんねえのに!」
「彼女らは常に君達のために最善を尽くしている。
もちろん、至らないところや、手の届かないところもあるだろう。
だが、信じてくれないか。世の中が、少しは良くなると」
「どうせ豚箱入りだろう!!」
「少なくとも、ここで投降すれば罪を重ねなくて済む。
この女性に娘を喪わせることも、
少女の未来を奪った罪悪感を味わうことも、
君の人生でしなくて済むんだ」
「散々やってきた、俺が……今更……」
「君の過去は知らない。
だが、今の君が迷っていることならわかる。
君の選択がこの先どんな未来につながるかも、ある程度はわかる」
少しずつだが、男の放っていた鬼気が薄れていく。
「俺は……せっかく転生しても、
何にも活かせねえで……
世の中にずっとついていけずに……」
「大事なのは今の君がどうしたいかだよ。
君はこれまで、自分にも他人にも、たくさん失望してきたかもしれない。
けれども、今の君の決断一つで、これまでの自分より先へ進むことができるんだ」
彼の迷える瞳をひたと見据え、 僕はゆっくりと言葉を絞り出した。
「正しい勇気を、どうか」
「あの……」
恐る恐る、人質になった少女が、
自分に刃を突きつける男に切り出した。
「私、人質のままでいいです。
あのおじさん、今にも死にそうだし……」
その言葉で、 男から張り詰めた殺気が完全に消えた。
肉厚のダガーを放り捨て、 男がその場に崩れ落ちた。
決め手は僕じゃなく、人質にされている女の子の勇気だった。
「すまねえ……俺……こんなに弱っちくて」
「そんなことはないよ。
君は今、最も偉大な決断をしたんだ」
膝を折って地面に蹲る彼に合わせ、 僕も腰を落とす。
「僕は米倉毅。君は?」
「ドーリ……」
「よろしく、ドーリ。
君に会えて今日は良い日だよ」
笑いかけると、 彼は自分の力でゆっくりと立ち上がった。
ようやく現場に来たスピードスターが、
またたく間に犯罪者達を連れて行く。
満足に別れも告げられなかったが、
時間があったら様子を見に行こう。
これもなにかの縁ってやつだ。
「ありがとうございます! 本当に、なんとお礼を言えばいいか!!」
「いえ、彼の心を変えたのはお嬢さんの勇気でした。
君こそが真の名探偵だ!」
親指を立てて、昔のように言ったが、相手に伝わらなかった。
たしかに名探偵とヒーローでは基準が違うか。
助かった母と娘から何度も礼を言われ、
ようやく落ち着いてからアレンとジョナサンに出発を促した。
「さあ、行こうか」
「…………やっぱり、貴方って凄いんだな」
「尊敬します」
「いつもやってることをしただけだよ。 さあ、急がないと。
事件は待ってはくれないんだ」
そう言って歩みを速めようとすると、 つるっと足を滑らせた。
いや、違う。 足から力が抜けたのだ。 爪先が宙を舞った。
探偵には、人それぞれ色々なパターンがある。
とにかく相手の弱いところを突くタイプ、
論理の穴を突くタイプ、
ミステリーを匂いの共感覚で嗅ぎ取るタイプ。
僕のタイプが、今わかった。
事件に辿り着く前に力尽きるタイプの探偵だ。
出血に加え、 両腕の損傷と火傷まで重なり、
マナによる具現体にも限界が訪れた。
まだ事件の詳細も聞いてないし、
事情聴取もしてないのに。




