【五】-3 埒が明かねえ
エナメルバッグから球体状に丸まったショーシ王子を取り出した。
ボールは金切り声でトモダチと叫んだ。
ジェーンは反射的にトッティーロを全力で殴った。
だが、するりと躱された。
サッカーは巧みかつ高速なステップを基本にする競技。
これほど足運びが重視されるのは、
逆説的ではあるが、拳のみのファイトを求められるボクシングくらいなものだ。
したがって、高レベルのサッカー選手の身のこなしは、
プロボクサーと酷似しているということだ。
サッカーは、絶えず動く選手達とボールの位置、
進行方向、速度を予測し続ける競技だ。
トッティーロはジェーンの拳を見てから避けたのではない。
視線、重心、肩の入り方から、
動き出すより前に次の行動を読んでいた。
「君の疑いを正しておく。
“僕は犯人じゃない”よ」
「トモダチィーーーーーー!」
まずい。ボールにされたショーシ王子をドリブルしている。
ジェーンのパンチを避けるのみならず ボールまで回収しているとは……。
エルロンド家の選手選定眼は圧倒的に正しかった。
「何してんだ貴様ァーーーーーーーー!!!」
慣れない外交、求婚、求婚相手の帝国主義思想、
交際する可能性のある相手の人間関係、
別に起きた密室殺人事件、
昨日プレイした対戦チームの立派なキャプテンの死、
国家安全保障の危機、帝国の侵略、子どもたちの未来。
ショーシ王子がボールになった。 ドリブラーは義兄。
ジェーンがパンクし、
同じことしか話せなくなってしまった。
無理もない。心に負荷がかかりすぎだ。
「何してっ、何してんだ貴様ァーーーーーーーーーー!!!!」
「言い訳はしない。
でも、信じてくれ。これもサッカーのためだ」
「サッカーのためじゃなく
国と人命のためと言え貴様ァーーーーーーーーーー!!!!!」
「それは言えない。
僕の中ではサッカーは全てに優る」
「チイッ! 埒が明かねえ、
このままぶっ殺させてもらうぜ!!」
「待つんだ、ジェーン!」
正常な判断力を喪ったジェーンが
ベンチを超高速で投擲。
狙いはトッティーロの首。
これが直撃すれば、彼はベンチでギロチンにされた、
歴史上初めての被害者になるだろう。
「おっと危ない」
足下のボール(ショーシ王子)を蹴って
ベンチにぶつけた。
容易くベンチが粉砕された。
彼がアーマーを着用していたことが功を奏した。
もっとも、そうでなければ、
サッカー選手も王子をボールにはしなかったのではないだろうか。
「僕は平民上がりだ。
だから、魔術の才能はない。
それでも、効果的にサッカーに使える土属性だけは磨き抜いた」
更衣室から出たトッティーロの足元に、
邸宅の二階から巨大な球体が転がり落ちた。
残された邸宅は、部屋が丸ごとくり抜かれている。
場所的に間違いない。 あれは殺人事件現場だ。
それが球体になっている。
「僕は条件を満たした対象すべてをボールにできる。
ショーシ王子と密室殺人事件の現場はボールとして友達にした。
どうか信じて、追わないでほしい」
「な、なななな何言ってんだ貴様ァーーーーーーーーーーッ!!!!」
迷わず飛びかかったジェーンめがけて、
王子と密室殺人事件現場の二つの球が シュートされた。
「ぐあああああっ!!!!」
鋼鉄の皮膚を持つジェーンでも、
この二球を用いたトップアスリートの全力シュートには、
ひとたまりもなかった。
「待っ、待てっ……!!」
立ち上がろうとすると、
事前に用意されていた 土塊、岩、煉瓦、コンクリート
──様々な材質のボールが飛んでくる。
無数のボールに紛れてトッティーロが逃げようとした。
「逃がすかっ!」
追いかけようとした瞬間、
ジェーンの額をライスボールが直撃。
僕、スゲーマンの弱点、強い思い入れのあるモノには鋼鉄の身体を保てない。
それはジェーンにも受け継がれ、
かつてのお米の聖女は、米に弱かった。
「ブクブクブクブク!!!」
精神、肉体、社会。 特に社会的には前代未聞と言っていいほどの
強烈な圧力が一度にかかり、
ジェーン・エルロンドは白目を剥いて泡を吹いた。
そして、そのまま気絶した。




