【五】-2 何してんだ貴様ァーーーーー!!!
「いったいどうして……!?」
急いで周囲の状況を確認する。
荷物は散乱しておらず、
スーツケースに荷物が詰まっているようだ。
スポーツウェアはシャワー室にあり、
窓は分厚いカーテンで閉ざされている。
昼だというのに薄暗い室内、 排気口、排水溝にも異常は見当たらない。
「キャプテン!!
おお、なんということだ……!」
サッカーチームの副将、
名をワントという、ワントップのフォワードだ。
ベアリタ帝国のサッカーリーグでは得点王に輝いたこともあるという。
「貴様がやったのか!?
今すぐにその汚い手を離せ!!」
小兵のウィングバックであるターンが
ジェーンに食ってかかった。
「待ってくれ。
全員、この場を退出してほしい!」
人混みを掻き分けてクレオがやって来た。
キャプテン・サッカーの亡骸を目にして
頭痛を覚えてよろめいたが、なんとか耐えた。
想定する限りの最悪の状況だろう。
星の大半を支配する大帝国の使節団、
そのキャプテンが 国交もほとんどない国の聖女邸で殺害されていたのだ。
これは何が起きても仕方がないと言えるだろう。
「非常に申し訳ないが、
我が国は貴方達ほど発達した文明を持っておらず、
科学捜査も普及していない。
代わりに、全身が科学と魔術の結晶であるアレンに任せたい」
「そんなことを言って
都合よく現場を弄るつもりだろう!」
「我らからの代表も入れよ!」
「あなた達のお気持ちもわかるけれども、
何があるかわからないから、万全を期したい。
アレンは私達の中で最も人格を信頼できる人物だ。
これはこの国の実質トップである私が保証する」
「あのスゲーマンのアークヴィランを前世とする輩同士の言うことだ!」
「私はその通り、たちまち悍ましい記憶に染まった。
だが、彼はせいぜいが世界征服を企む魔王程度に終わったんだ。
スゲーマンの記録が伝わっているなら、その意味も伝わるんじゃないか?」
淡々と事実を述べるクレオに、
突っかかっていたクマ達も落ち着きを見せる。
「あのシニスター・Lを前世にして?
なるほど、それなら……」
「スゲーマンのコスプレをしたストリッパーを
会社に100人は雇っていたという、あの……?」
「コスプレポルノでコスチュームを脱いだら男優女優問わず呪い殺した、
伝説的なドクズの……?」
「それなら……託すのもいいか」
ベアリタ帝国には、
まだ僕の記録が強く残っているようだ。
それが今回は間接的に役に立った。
ありがたいことだ。
「ごめん、遅れた!」
遅れてやって来たアレンに対するクマ達の目が変わり、
畏怖と敬意を込めたものになった。
そのまま現場に入ったアレンを一人残し、
扉が閉められる。
状況が状況なため、集まってきた人々も次々に戻っていく。
「私が彼らを一箇所に纏めておくよ。
君は、この状況をどう思う?」
これ以上ないというほど憔悴しきった面持ちだが、
それでもテキパキと進めてくれる。
「あたしは──」
「外から見ましたけれども、
誰も出入りしていませんでした。
用務員さんにも聞きましたが、
ベアリタ帝国サッカー選手達がここに戻ってから、
外に出た人間はいないとのことです」
ロータスことジョナサンが廊下の窓から入り込んで、
殺害現場周辺の状況を告げる。
この施設の用務員は盲目なエルフの空手家だ。
達人である彼の探知網から逃れて行動する者がいたとは考えにくい。
つまり、少なくとも外部から侵入し、
そのまま逃走した犯人ではない。
そしてキャプテンの部屋自体も、
内側から鍵が掛かったままだった。
現時点では、密室空間内の殺人と考えるべきだ。
「密室空間内の殺人なんだと思う。
細かい所はアレンの解析待ちだけど」
「とにもかくにも、君の義兄さんのトッティーロの所に行って、
すぐに彼を保護して、ここに連れてきて」
言われてみると、被害者と直前に濃密な時間を過ごしていたのはトッティーロだ。
第一容疑者としてクマ達に疑われるだろうし、
犯人に狙われる可能性も十分にある。
「そうね! ここは任せる!」
トッティーロがどこにいるか定かではないが、
ジェーンはすぐに空へ飛び出した。
その瞳には焦燥が浮かび、
冷や汗がとめどなく流れている。
「まったく、どうしてこんなことばっかり……!」
「まずは目の前のことを一個ずつ対処することだよ。
そうすれば希望が見えてくるからね」
「でも、もしかしたらこの国にベアリタ帝国が攻め込むかも……!」
あのクレオがずっと気を張っていることからも、
その危険はあるのだろう。
ジェーン・エルロンドに僕譲りのパワーとスピード、それに超五感があっても、
ショーシ王子のアーマーが量産され、
攻め込まれれば大打撃を受けるのは間違いない。
「やっとエルフの里からも人を呼んで、
安定して子どもたちが楽しめるようになってきたのよ。
それが……!」
ジェーンが一番に心配しているのが、
プライマル学院の子どもたちの生活なのはわかる。
かつての彼女なら、食料革命を果たした時に、
こういった国運・家運を賭けた決断は山程しただろう。
だが、その時の彼女は精神的にほぼ一人だった。
自分の決断に対して、個人的な責任を感じる相手といえば、
せいぜいシスマとクレオくらいなものだった。
三人ともがどんな世界になっても身を立てられる人物だった。
今は気にかけるべき人物も、
その範囲も広くなった。
だからこそ、「外交の大失敗」がもたらす被害について、
懸念すべき点も膨大に増えたのだ。
「着いた、トッティーロ!
大変なことが起こったわ!
今すぐにあたしの庇護下に入って!」
耳を澄まし、探し人の鼓動を拾い上げた。
「えっ!?」
場所は先程のスタジアムではなく、
殺人現場でもあるプライマル学院であるジェーン邸、
その野外運動場の更衣室。
迷わずそこに飛び込んだ。
入念にストレッチをしていた最中の彼は、 ゆっくりと立ち上がった。
「誰から守ってもらう必要がある?」
「貴方と練習していた相手、
ベアリタ帝国のサッカー・チームのキャプテンが殺されたの!
クマ達が貴方を犯人と思うかも!」
「……でもね。一緒にサッカーをしたんだ。 彼らとはわかり合えたと思う。
本当は、彼らが君にしたようなアグレッシブなプレイも好きではない。
けれども、それが今のルールでもある。
だから、従うしかない。それはそうだ」
ラクダの皮でできているらしいエナメルバッグをベンチに載せる。
中に何がどれだけ詰まっているのかわからないが、
サッカー用具の重みでベンチが凹んだ。
「身分も国境も、
サッカーで結びつけられるんだ」
エルロンド家そのものと確執があったジェーンだったが、
彼の話を聞いて警戒が解かれていく。
「それは素晴らしい理想だと思うわ、義兄さん。
でも、状況が状況だし、もしも貴方になにかがあると、
どっちにとっても争いの火種になるのよ」
「調べたらね。かつては、サッカーは人をボールにして始まったらしいんだ。
何故かわかる? それはね。サッカーは全てを友達にする力があるからなんだ」
話しぶりに違和感を抱き、
かつての聖女は訝しんだが、
そこを追求する暇はないと考え、
無理矢理にでも連れて行こうとトッティーロの肩に手を──
「とりあえずショーシ王子をボールにしてみたんだ」
「トモダチィーーーーーーーッ!!」
「何してんだ貴様ァーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」




