【六】 まだ生きているからさ
【六】
時計が鳴る。
国が滅ぶようなことが起こりすぎた日が、
終わろうとしている。
外では夕日が沈みかけ、 じきに夜が始まる。
あれ以降、ジェーンは気を失ったまま眠り続けている。
僕とアクセスできるようになって、はや半年。
それまでの彼女には縁のなかったヒーロー活動に始まり、
竜人との激闘、親友との戦い、婚約者との戦い、
エルフ空手を使う世界樹との殺し合いを潜り抜けてきた。
ついには、他国の王子様に求婚され、
他国とのサッカー親善試合に出場し、
外交の一環として会食に臨んだと思えば、キャプテン・サッカーが密室殺人事件の被害者になり、
王子は義兄にサッカーボールにされた。
「よく頑張ったね、ジェーン」
うなされるように眉間に皺を寄せて、彼女は唸った。
これまでの日々は激動そのものだった。
ヒーローたるもの事件の連続はイニシエーションのようなものだが、
それでも平気なわけではない。
いつかは負荷がかかりすぎてダウンするものだ。
「ジェーン様は……」
「よく寝ているよ」
シスマが冷水を張った盥から タオルを取り、
固く絞って汗を拭いていく。
寝汗が拭われ、スッキリした気分になったのか
ジェーンの寝息がより安らかになった。
「スゲーマン様はどうするのですか?」
ジェーンの額に手を当て続けていた僕は 隣のシスマを見た。
目が合うと、彼女は一度瞬きして目を逸らした。
とりあえずはジェーンを撫でるのに集中する。
子どもの頃、なんらかの理由で寝込んだ時は、
おっどぉとおっがぁがずっとこうしてくれたらしい。
僕自身はそのことを覚えてはいないが、 そうしてもらえる関係というのは、
心にこの上ない温かさを与えてくれるものだ。
エルフ空手を使う世界樹との戦いで、
縁あって世界樹になった僕は 莫大なマナとの繋がりによって、
僕は実体化できるようになった。
だから、こうして泡を吹いて昏倒したジェーンをここまで運び、
ベッドに寝かせ、その側にいる。
「ジェーンはこれまでよく頑張ってくれたよね」
「そうですね。
異論はないです」
シスマも目を細めて同意した。
「なら僕が頑張ろう」
「何をですか?」
「名探偵スゲーマンをだ」
「考え直してください。絶対に無理です」
この時代に探偵という職業は あまり一般的ではないと思っていた。
やはり言葉は知らないらしいが、
やろうとしていることは伝わったようだ。
「その単語はわかりませんが、
何をしようとしているのかはわかります。
それは無理だと思います。あの殺人事件を解決しようというのでしょう?
論理的に考えて、秘密を抱えた誰かを疑っていくつもりなのでしょう?」
「さすがはシスマだ。その通りさ」
「貴方にそれをさせるくらいなら私はドブネズミに数式を教えます」
酷くない?
まあ、仕方ない。彼女は僕の「現在」を知っていても、
ここに至るまでの道のりを詳しくは知らない。
「お言葉だけどね、僕は君が考える以上に、色々と考えているんだぞ」
「ご尊顔を見れば、ひと目で貴方がどういう人か察します」
「そう?」
「はい」
横を向いたまま話すシスマが、
軽くこちらを盗み見た。
すぐ隣にいるというのに、視線だけをこちらへ寄越す。
「その……私の人生では、
ジェーン様とはまた別の意味で、
貴方のような方には出会ったことがないので」
彼女の言っていることはよくわからない。
僕は人を信じることにしているが、
それは自分がそういう人間だからだ。
もちろん、人を疑うことが苦手という気質の問題もある。
しかし、だからといって、
人を疑うことがまったくできないというわけではない。
何故なら、僕は生涯にわたって、
自分の正体を隠し続けてきたからだ。
人を疑うことは苦手だが、 人を欺くことなら、
ずっとやってきたようなものだ。
「もうこの国は終わりでしょう。
ジェーン様がこうも身を尽くしてくれたのを知るだけで、私は満足です」
「なぜ終わりなんだい?」
シスマが訝しむ、というよりは僕を
頭がおかしい相手を見るような目で射抜く。
「状況をご理解していますか?」
「侵略主義が収まった現帝王治世下からサッカー使節団が送られた。
キャプテン・サッカーは、この国で何者かに殺された。
旧公爵家の三男に帝国王子がボールにされて攫われた。
密室殺人もボールにされてたね」
「終わりでしょう」
「まだまだこれからさ。
できることはごまんとある」
「何故、そうも確信できるのですか」
「僕達がまだ生きているからさ」
胸を張って答えた。
言った後に、僕自身は生きているとは言えないことに気づいた。
大丈夫。きっと気持ちの問題だと伝わる。
事実、シスマは暫し唖然として、
手元の紅茶を飲んで一息ついた。
「…………そうかもしれませんね」
おっし、納得してくれた。
「ところで実体化した貴方にも力はあるのですか?
それでしたらトッティーロ様を追っていただくのも……」
「ない。人並みの肉体だけど、
結構大柄だから体は丈夫だよ、きっと。
名探偵をするには支障はない」
「やめましょう。せめてジェーン様の肉体をお使いください」
「まあ、考えてご覧よ」
人差し指を立て、得意げに掲げる。
初歩的ななんとやらをするときの仕草だ。
やってみると、なんか自分が賢くなった気分になる。
「音より速く動けて刃物も通らない体はあるけれども、
ジェーンは今、休息が必要なんだ」
「それは……そうかもしれませんが」
「なら僕がやらないと。
あと、トッティーロは追わなくていいと思う」
「なぜ?」
「犯人じゃないって言ってたもん」
「………………………………………………………………………………………………………………………ハァ」
シスマが眉と眉の間を血の指でほぐした。
ジェーンの額から手を離し、僕は立ち上がる。
コスチューム姿で具現化したが、 着替えた方がいいだろう。
この姿では目立ちすぎるというのもあるが、
今、スゲーマンの座にいるのはジェーンだ。
「お願いがある。
インバネスコートと、鹿撃帽を持ってきてほしい」
探偵ヒーローを何人か見てきた。
ストリーマーが筆頭だが、 全員が抜きん出た智慧と理性、
それに傲慢さを持っていた。
僕が彼らに倣うなら、 まずは形から入らなければ。
「名探偵スゲーマンの出動だ」
「不安しかない」




