【一】-2 遅ればせながら自己紹介
「さあ切り込んで!
聖女の豪脚で荒廃した世界に
サッカーの灯火を燃やし広げるんだ!」
自軍キャプテン、
エルロンド家の三男坊のトッティーロが叫んだ。
滅多に顔を合わせることはないが、
サッカーへの情熱と技術を見込まれてエルロンド家の養子になった
筋金入りのファンタジスタだ。
「わかった!」
ボールを受け取ったジェーンが胸トラップから
流れるような動作でドリブルを始める。
MFがFWよりも前に出ることで、
アレンとトッティーロのいつものツートップが、
さらに前を走る。
「来なすったぞ! 全員、サッカー先進帝国のクマパワーを見せてやれ!」
「サルモン(了解)!!」
対戦相手のクマ達が本気を出して、
全身に筋肉をみなぎらせる。
ユニフォームが内から膨らむ筋肉に悲鳴を上げ、張り裂けんほどに伸びる。
術とフィジカルの妨害攻撃。
鍛えていなければ、クマのラリアットを貰うだけで、
頭部が破裂しかねない威力。
また相手を怪我させると面倒だったジェーンは、
スウェーとステップのみで巧みにディフェンスを擦り抜ける。
クマの爪が射出され、
彼女のこめかみに飛来したのを手で払いのける。
ドロップキックを跳躍で避け、着地を狙って水鉄砲が放たれたが耐える。
足下のボールに向かって妨害攻撃が飛んでくることは一切ない。
好き放題に相手を妨害していいと思いきや、
禁止されているのは、
ボール付近にある下半身を直接狙った妨害攻撃らしい。
上半身への攻撃の余波で下半身までダメージが及ぶ程度ならば、
激しい試合では珍しくもない。
ましてボールが近くにない場所での巻き添えなら、
それだけで反則を取られることもないようだ。
競技の根幹である球を守るためだとわかれば、
なるほど、何をしても大半は治るのだから、
時代に合わせた合理的なシステムだ。
ベアリタ帝国とリトルファムの親善試合。
観客席からも熱狂が聴こえてくる。
たちまちゴール前に来たジェーンは勢いを殺さずに、
回した両腕で体勢を調整し、脚を振り上げ──
「させるかあぁっ!!」
サッカークマ選手の中でもとりわけ硬いボディの持ち主、
ジェーンに求婚した王子が、彼女の胴体を両手でわっしと掴んで持ち上げる。
「やばいっ!」
無理に逃れようとすれば、
相手の身体を壊しかねない。
ジェーンは力任せにもがくのをやめた。
代わりに、
威力を絞った白い炎を口から吐こうとするも、
彼女のスキルをすでにクレオから聞いていた王子は、
火花がちらつく唇を、フサフサの手で覆い隠す。
「喰らえええええ!!」
ゴール前で地面に叩きつけられたジェーンが、
すぐに相手の脇腹を蹴る。
痛みを感じていないかのような王子は、
繰り返しジェーンをフィールドに叩きつけた。
その度に、巨大なクマの身体の奥から、
みしっ、ばきっ、と鈍い音が響いていた。
鋼鉄の体へ力任せにぶつかれば、
反動だって当然返ってくる。
だが、王子本人はまるで気にしていない。
「ハーーーーハハハハ!
どうだベアリタ帝国次期王の力は。
妻となるに申し分あるまい」
「あたし、力には興味ないから」
ジェーンが両手を曲げて筒にし、口元に添える。
『おおーーーっと、
ジェーン選手、激しい妨害の中で何をするつもりだぁ!?』
『クレバーなプレイを魅せてくれそうですね』
大きく息を吸い込むと、ボールが彼女の方へ吸い寄せられた。
彼女の膨大な肺活量が、球を口元まで運んでくる。
「ぷうう!」
唇を窄め、肺に集めた息を鋭く射出すると、
ボールがキーパーも反応できない高速でネットを突き破った。
ハンドをしたわけでもない。
術が大丈夫なら、こちらも大丈夫だ。
『ゴォーーーーーーール!!』
「おのれぇ!!!」
点が決まっても王子は元聖女への
攻撃の手を緩めはしない。
次第に王子の体から湯気が出始めた。
理由はわからないが、ジェーンへの
彼なりの求婚行為が度を越し始めているのだろう。
『おおっと、業を煮やした審判より、
王子にイエローカード!!』
『クレバーなプレイを心がけてほしいですね』
「ここまでされてようやく!?」
仰天したジェーンが抗議するが、
誰も反応をしてくれない。
体育の授業で、全員経験者のチームに、未経験者が入ったかのような心細さだ。
対戦相手から引き離されたジェーンに、
チームメイトが称賛の声をかける。
「ヘイ、ナイッシュー!!」
両手を挙げてハイタッチをしてきた
チームのキャプテン、義兄トッティーロが、
歓びに任せてジェーンの髪をがしがし掻き回した。
サッカーへの情熱と技術を見込まれ、
エルロンド家の養子となったトッティーロ。
長年、リトルファムのサッカーチームで
キャプテンを務めてきたガッツが持ち味の名選手でもある。
急遽、部外者が加入し、
あまつさえ試合に出場すると知らされても快く受け入れてくれた、ナイスガイだ。
こちらは良いチームリーダーに恵まれたが、
どうやら相手チームは違うらしい。
「離せ!! 爪痕を残さねえと、ジェーン様に見てもらえねえだろ!」
全身から湯気を上げ、
それに火花を散らして王子がさらに暴れる。
とにかく求婚相手のジェーンに自分を見てもらおうと必死だ。
「おやめください王子!」
「試合そっちのけで求婚相手を殴り続けても
良いところ見せたことにはなりませんよ!」
ジェーンだけを見て、彼女に少しでも大きな攻撃をし、
心に自分を焼き付けてしまおうと藻掻く王子。
名前は……。
「ホン・ダーバ・ショーシ」
そうだ、ショーシ王子だ。
ちゃんと求婚された相手の名前を覚えているようで安心した。
全身にこびりついた土、泥、芝を叩き落とし、
情熱的な想いを向けられたジェーンは、
引きつった笑みを浮かべて首を振った。
「もう帰りたい」
「まあモテた時の振る舞い方って
覚えておくと良いらしいから……」
僕にはそんな経験はない。
だが、友人達からの話を分析して、
伝えることはできる。
きっと、これもジェーンが通るべき経験なのだろう。
モテることの辛さとか、
たぶん、そういうやつが。
「どきやがれえええ!
俺はあの人と覇道を進むんだよおぉぉ!!」
「あたしに執着する男ってあんな感じなの多くない?」
チームメイトの制止を振り払い、
ショーシ王子が再びジェーンへ飛びかかろうと地面を踏み込んだ。
その瞬間、これまでジェーンを何度も地面へ叩きつけ、
酷使され続けていたクマの巨体がとうとう限界を迎えた。
みしり、と全身が軋む。
次の瞬間、
両肩の関節が耐えきれずに砕け、
巨大な両腕が外れ落ちた。
脚部から胴体へも亀裂が走り、
クマの巨体が自壊していく。
「ちょっ……!」
蹴った選手は脚を折り、
タックルした選手は全身の骨を折り、
今度は王子までジェーンへの攻撃を繰り返した末に勝手に壊れた。
元聖女は求婚相手の見苦しさを嫌厭していたが、
突然のことに大口を開けて目を見開いた。
「ちょっ……! 審判!!
こいつもあたしに向かってきて勝手にどえらいことになってる!!」
手を振って跳ね、審判を呼ぶも、
リトルファム側以外は慌てた様子がない。
ややあって、両腕を喪った巨大なクマの身体、その胸部が開き、
中から目も眩むようなクマの耳を持つ金髪の美少年が出てきた。
「おおぉ……」
ここ最近、人間として厳しい相手ばかりと会ってきたせいで、
超王道の美形である少年の輝きに思わず手を翳す。
その愛くるしさに、さっきまで
求婚相手の胴体を鷲掴みにして何度も地面に叩きつけてきた王子本人であることを忘れてしまう。
ここで遅ればせながら自己紹介しよう。
ジェーン・エルロンドがサッカーをしている最中だから
することが何もなく、ただ彼女の脳内であれこれ喋っているだけの存在。
前世では宇宙最高のヒーローと呼ばれた者。
スゲーマンこと米倉毅、それが僕だ。
…………しかし、こんだけ変わってるのにサッカーの名前がよく残っていたな。




