【一】-1 記憶にはないタイプ
【一】
『さあ今日もゲームが始まりました。
実況はジョン・カーミラと、ホンダ・ホーンがお送りいたします』
『クレバーな試合運びを期待したいですね』
ボールを蹴る音というのは、
誰が調節したわけでもないはずなのに、
根源的な爽快感を齎してくれる。
クマでもそれは関係ない。
だから、ジェーンに求婚をしてきたベアリタ帝国との交流を深めるため、
こうしてリトルファムとベアリタ帝国でサッカーの親善試合をしているというわけだ。
どの時代、どの世界でも、スポーツというものは、
青空と灼熱の日差しの下でやるのが映えるものだ。
ボールを追いかけて相手チームのFWとこちらのDFが真っ直ぐ走り出す。
対戦チームはみんなふわふわした体毛のクマ。
ベアリタ帝国からの遠征チーム。
ボールを奪い合う過程で激しい肉体接触を繰り広げ、
相手がボールに競り勝つ。
競り合いに勝った相手選手がドリブルを刻んで、こちらの陣内に斬り込む。
進行を阻む選手を次々に躱していく。
こちらの選手による風の術が芝グラウンドを傷つけ、
轍を生み出し、ドリブルのコースを狭めた。
スポーツは時代と環境によってルールと精神性が変わるもの。
悲しいことだが、時には戦争や外交という政治の道具にされることもあるほどだ。
e-Sportsとスポーツの最大の違いは、ルールや環境の見直しスパンだと聞いたことはあるが、
悠久の年月を経た、この時代において、
サッカーとはフィールドが動的に変化するものとなっていた。
フィールドの四方、
僕の時代にはボールボーイがいた場所で、
術師達が魔術の詠唱を始めた。
地響きと一緒に、
木々がフィールドを突き破って、立派に直立した。
今回は森林サッカーらしい。
観客が、準備した双眼鏡をつけて目を凝らした。
観客全員が多くの観戦用グッズを持ち込んでるのを見ると、
どのようなフィールドになるかは、
その時にならないとわからないようだ。
選手の対応力が求められるということか。
『フィールドに森林が生成されていますよ。
この状況をどう見ますか?』
『クレバーなプレイを期待したいですね』
対戦相手が放った炎の術が、周囲の酸素を消費しながらめらめらと燃え盛る。
木に火をつければ、当然燃え広がる。
サッカーにおいてフィールドを焼くというのは、
対戦相手だけでなく味方も焼きかねない諸刃の剣のはず。
…………ううむ、初手から森林焼却を選ぶとは、僕をしても予想外だった。
だが今の時代、選手は芝で火が踊っても、火球が飛んできても対応する時代らしい。
こちらの選手がスライディングするように芝生を滑ると、
頭上を火炎が通り過ぎていった。
「ぎゃあ!」
フレンドリーファイア。
敵の術で敵選手の全身が焼かれた。
ただちに担架で運ばれ、治癒を受けると、
たちまち傷が癒えていく。
時代によってルールは変わる。
外傷が瞬時に治る時代なら、
選手の全身を焼いても、反則にはならないようだ。
「ここはあたしがやってやるわ!」
相手選手が味方へとパスを出した。
その軌道へ高速移動によって一瞬で割り込み、
ジェーンがボールを掬い取った。
サッカー選手でも音速超えには対応できないか。
僕の時代なら、五輪出場選手ともなれば弾丸を見切れて当たり前だった。
今のスポーツ界は、術方面の鍛錬の必要性が出たことで、
クマであっても身体能力を伸ばすだけでは足りないのだろう。
ジェーンが相手のパスをカットしたことで、自チームが一斉に走り出す。
相手チームが即座に攻守を切り替えて、
マンツーマンマークでジェーンのパスコースを塞いだ。
”スポーツに興味ない”と公言するジェーンだが、
理解力が非常に高い彼女は、ルールを知るとたちまち原則を理解した。
それはすなわち、”防衛側は内から外に押し出し、攻勢側は外から内に切り込む”ことだ。
それは限定されたフィールドでゴールを目指し、
複数人がボールを回し合う競技なら、外れようのない原則だ。
僕も、かつてそう聞いていた。
ジェーンのポジションはMF、攻勢にも防御にも動く、
分析力と理解力に秀でた彼女に適したポジションだ。
サッカーをやるのは今日初めてだが、
すでに自分の領域であるように、
自信をもってドリブルで相手のフォーメーションへ袈裟懸けに──
「タマァ貰ったァ!!」
対戦選手が見事なフォームでハイキックを繰り出した。
「ギヤアァァァァァァァ!!」
鋼鉄の肌と骨格を持つ彼女の皮膚に負けて、
骨が真っ二つに割れ、たまらず絶叫して
辺りを転げ回る。
敵の攻撃自体は文句のつけようのないものだった。
下半身を鍛えるサッカー選手だけあって、
クマの手足を器用に使って、完璧な上段回し蹴りをお見舞いしてきた。
だがジェーンは硬すぎた。
「痛いいぃぃぃぃっ!!!」
「…………えっと」
森林フィールドサッカーとなったことで、
審判が周囲にいない。
少なくとも、対戦相手の脚が折れたマッチ棒のようになっていることは知らないだろう。
……これは良くない。
ジェーン・エルロンドは知略においても運動においても
卓越した学習能力を見せるものだが、
彼女はスポーツ、体を動かすことの専門性を見くびりすぎるきらいがあった。
僕の知識を受け取ったことで、
おおむね理解しただろうが、
スポーツ・武術の真髄とは“如何に相手の想定を超えるか”にある。
”ドリブルしようとしたら対戦相手が顔面にハイキックを仕掛け、
こちらの面の皮の厚さに負けて脚が折れたが
周囲は森に包まれて審判がいないサッカー”。
これは当然だが僕の記憶にはないタイプのサッカーだ。
元々、そこまで熱心に観戦するタイプでもないので、
サッカーの試合にどういうことが起きるかの引き出し的知識もない。
──スポーツなんてちょっとわかれば後は大差ないでしょ。
そもそもさあ。あたし的には体を動かすのって、頭が良くなるためのエンジン造りであってぇ、
運動そのものに熱中してる人っていつまでもエンジン造って動かそうとしないエンジニアみたいに見えるのよねえ。
そう言って、この時代のサッカーを真剣に理解しようとしなかったのはジェーン自身だ。
さらには、競技者のストイックさとクリエイティビティも軽視してしまっていた。
”ルールの軽視”と”競技者への侮り”。
彼女らしくない不勤勉さが重なり、迷いを生み出す事態につながったと言える。
つまり、僕の知識や記憶にない出来事によって、
ジェーンは完全に意表を突かれてしまっていたのだ。
足下でボールを弄り、
判断を下しかねている。
球技において、一瞬の逡巡が命取りなのにだ。
「放置して、行っていいのかな? どう思う?」
頭の中の僕にジェーンが尋ねるが、
僕としても判断がつかない。
こちらに非はないから続行しても問題ないだろうが、
審判に怪我人を伝えないと相手が気の毒だ。
「もらったぁ!!」
樹上から対戦相手の声が聞こえ、
ケンタウロスに変身した選手が枝から幹へ飛び移り、樹皮を駆け下りて、
ジェーンに突進をしかけた。
「ギャアアアアアアアアア!!」
だがケンタウロスよりもジェーンの肉体の方が遥かに硬い。
最高速度に全体重を乗せたタックルが
ジェーンに直撃したことで、ケンタウロスの全身の骨が折れた。
「えぇ……?」
スポーツ自体には不慣れなジェーンが、
自分に攻撃を仕掛けた二人の選手が重症を負った事実に戸惑う。
「そこ!!」
甲高いホイッスルの音が森林に響いた。
「あ、よかった。
選手二人が怪我したからすぐ治療してあげて!」
「遅延行為!
フリーキック!」
「は?」
審判に違反を言い渡されたジェーンが、キョトンと首を傾げた。
なるほど、ルールが掴めてきた。
物事への理解には、やはり元来の好意が大きく影響するんだ。
僕はサッカーも嫌いじゃないから、スポーツ全般に興味がないジェーンより呑み込みが速い。
負傷した者は即死しなければ治る環境なら、
即死でなければすぐに選手の元から離れるのがマナーなのだろう。
プレイが中断されると即座に担架が負傷者を運び出した。
たしかに、怪我をした選手の傍にいない方が、救護隊もフィールドに入りやすい。
これは盲点だった。
ジェーンが改めて眼ではなく耳を意識すると、
複数の審判の位置がわかった。
目を凝らせば、巧みに周囲の景色に擬態して溶け込んでいる。
「無茶言わないでほしいわ……」
茫然とするジェーンだが、ルールに抗議する愚は犯さないようだ。
ルールを把握しなかった自分の手落ちを理解してもいるのだろう。
「ちゃんとルールを覚えててくれよ」
「だって目の前で骨折して転げ回ってるのと
全身の骨が割れてあちこちから血が吹き出てる選手が倒れてるのよ!?」
「君だっていつも骨折れてるけど気にしないだろ?」
「いや! 気にしてないわけじゃないけど」
同じく出場していた頭部以外は全身金属鎧のアレンが呆れつつ、
フリーキック用の壁として整列している。
隣にフィニーやジョナサン、フレディも並んでいる。
対戦選手がキッカーを決める話し合いに額を突き合わせる。
クマ同士のコミュニケーションと同じく、
鼻や額を突き合わせるものだ。
森林フィールドである以上は、
思いっきり蹴っても木々に阻まれてゴール前までは届かない。
だが、巧みに木々を縫う軌道のカーブでは、
連携が取りにくいのだろう。
ふーーーーーむ、奥が深いスポーツだ。
僕の知っているサッカーとまるで違うことを除けば、
極めてエキサイティングな試合展開が魅力になる競技だろう。
「おりゃあっ!」
そして、このサッカーがどれだけ複雑なスポーツでも、
蹂躙することができるのもジェーンだ。
相手のフリーキックを顔面で受けると、
そのままボールが破裂する。
「競技球破壊!
代替球選択権授与!」
審判のホイッスルがまたも鳴り、
自軍キャプテンのトッティーロがボールを召喚した。
どうやらこの時代、ボールは壊れたら壊したチームが持ち込めるようだ。




