【二十八】いや、スゲーだろう
【二十八】
クエイク・クイーンの鞭に打たれ、
世界樹の中に宿った僕は無事に排出された。
それからジェーンが倒壊した建物の瓦礫を大急ぎで片付け、
一段落してから、追い出されるも同然の形で帰ってきた。
エルフの里《惑星・不動拳》に滞在し、
リトルファムから消えたのはわずか一週間。
だが、たったそれだけの期間でも、
混沌は別の形への変化を見せ始めていた。
無秩序な暴動はクレオの不眠不休の努力で収まってきたが、
ヴィランが早くもこの状況に適応し始めていた。
「来た! スピードスターだ!」
虹色の鱗粉を撒いて超高速で走ってきたベスに、
宝石店を荒らしていた強盗たちから野太い歓声が飛んだ。
「お嬢ちゃんとは言え、大した速さだぜぇ!!」
「だがよ、ただ速いってだけで俺等に勝てるわけねえ!」
「てめえの泣きっ面で俺等の名を挙げてやるぜぇ!!」
邪悪なサンタクロースのように、
肩に担いだ袋いっぱいに宝石類を詰め込んでいた。
奪還に走ったベスだが、すぐに四方を行き止まりで塞がれた。
宝石店のあちこちに土柱が立ち、
移動スペースを潰すどころか、檻のようにベスを囲んでいた。
モグラのコスチュームを纏った者、
土属性の魔術を使う者達。
超速で動き回ることで勝利を掴む戦法が、
狙い撃ちのように対策されている。
特定ヒーローへの対策に特化した者達。
それこそ、僕の時代にごまんと見たタイプ。
さっそく、この時代にも現れたのだ。
走りあぐねるベスの横から、
モグラの鉤爪が飛び出す。
地中を移動しているモグラが狙っている。
壁を超えるにも、超えた先がどうなっているかもわからない。
経験が不足しているベスは、おろおろと周りをキョロキョロするのみ。
一瞬で3つの脱出口を見つけ、
だが、どれも土柱で隠されている。
ベスは速い。判断力もある。
だが、スピードスターとしては、
”自分のためにバッチリ対策を立ててきたヴィラン”と戦う経験が、なかった。
スライムのニュルに穴へ潜ってもらうという作戦も選べるが、
彼は遠征疲れでベッドでぐったりと溶けている。非常に惜しい。
「しゃあ! 泣きっ面の涙で虹でも作りなあ!」
「殺しゃしねえよ! 子どもを殺したら人気投票に響くだろうがよぉ!!」
シオンが最後に残した呪い。
「一年後の人気投票で優勝した者がこの国の支配者となる」。
馬鹿げた条件は、荒くれ者達に奇妙な指針を与えた。
──悪目立ちでもいい。名が売れれば王になれる。
そしてヒーローの増加が、彼らに”才能の無駄遣い”を正当化する口実も与えてしまった。
動きが止まったスピードスターに、
土柱を縦横無尽に縫って小柄な影が跳び回った。
「何だ!? グエッ!」
モグラの動きで用意された土の中を掘り進むという戦い方を選んだ敵でも、
3次元的な意表を突く攻撃には未対応だ。
フィニーが土柱の縁につま先を引っ掛けて、逆さにぶら下がった。
そして出てきたモグラの顎に手をかけ、自分の胸元へ引きずり上げるように締めた。
泡を吹いて攻撃担当が気絶し、
残るは場を作っていた後方のみ。
「大丈夫そうね」
遠くから見ていたジェーンが両脇に抱えたヴィランを持ち直して、
学院に飛んでいく。こちらも別の強盗団を一組畳んだところだった。
「おかえりなさいませ!」
「こいつら、新入生」
「へへーーっ!」
モップを手に、ビギーの父がやってきた。
あの後に、街並みが崩壊した里から、
父娘ともども追放処分を受けた。
仕方がないかもしれない。ずっと横領と特権濫用をしてきたのだから。
また、娘にはもちろん罪はないが、元々あの里を出る予定でもあった。
そして、行き場のない父娘をここに迎え入れることとなった。
回り回って、奇縁によって無事に「用務員」を雇うことができた。
それもエルフ空手の達人。
彼に任せておけば、それだけで子ども達の負担は激減する。
「あたしもついていくわ」
「ハハッ。では参りましょうか」
連行された者達を監視しながら、地下に行く。
クエイク・クイーンがいる部屋の隣にヴィランを入れる。
用務員が一人、それでも彼の技と技術なら平気だろう。
「ビギーは?」
「屋根の上ではないでしょうか。
あそこからの景色を気に入っていましたし」
「ただいまー!」
ベスに途中まで送ってもらい、
それから三人を担いで元気よく地下に駆け込んでくる声。
フィニーが流れ作業のようにモグラ達を放り投げる。
「ビギーは!?」
「いつものところじゃないかな」
「わかった!」
戦いを済ませたばかりとは思えない勢いで来た道を戻っていく。
初めて出会った時はTake On Me を一人で歌って踊っていた子だったが、
どれだけ自分を抑え込んでいたのか。
里を出てからの溌剌さを見るとよくわかる。
次にシスマの所に行くと、
ちょうどクレオもそこにいた。
「ジェーン! おかえり!」
「来てたのね! 忙しいのに大丈夫?」
「ハハッ、大丈夫じゃない!
でも君に会うためだからね」
どんな激務も鼻歌交じりにこなすクレオだが、
今のリトルファムを担うのは尋常なことではないらしい。
いや、それどころではないだろう。
彼女は《惑星・不動拳》が直面する危機にも備えてみせた。
「よく世界樹が動いてるなんてわかったわね」
「ベアリタ帝国にいた時に、あそこがきな臭いって聞いてたからね。
何が起きても不思議ではないから、一番起こり得ないことに張っておいたんだ。
マナの異常増殖はすでに観測もされていたから」
それであんな的確な作戦を。
流石はセイメイの智慧を継いだ者だ。
「それとシスマのヘルミーネ対策も、
安全に捕まえてここに連れてくるには役に立ったわ」
「対象を視認できなくなれば、何の時間を戻すかの指定ができなくなりますからね」
「巻き戻し対策が”目隠し”は雑かつ的確だったわ」
地下の最も深く厳重な場所に閉じ込めた、
エルロンド姉弟の両親。
一旦離脱して、シスマにヘルミーネ対策を聞きに行っていたベスは、
増殖していたヴィラン事件を見過ごせずに、
対処のために帰るのが遅れてしまった。
だが、結果として、ヘルミーネ、そしてヴァルターをここまで連れてくるのに役立った。
暴れまわったエルロンド家の二人への
エルフの里としての対応は「もう関わりたくない」というもの。
向こうが裁くつもりがないのならと、
仕方なくジェーンはこちらに連行して、自ら投獄した。
いくらこちらを殺そうとした相手でも、
実の親を牢に入れる様を見るのは、心が痛む。
願わくば、いつかは良心の声に耳を傾けてくれればと思う。
「これから何をするかが重要だよ。
私は今からそのエルフの里に行くことにした。
世界樹の異常成長の原因は掴みたいからね」
「そんな……! エドガーもあそこに残ったのに……」
「彼は武者修行のため。こちらは原因究明だ。
もしかしたら、君らが一年後に戦う原因を掴めるかもしれない」
「また離れ離れかぁ」
自然と、声が沈む。
それ以上の不満は飲み込んで、肩を竦めて窓の外を見る。
王国を一望できる屋根、
そこでマナ書道の題材を考えている長身のシルエットに、
小柄なシルエットがあれこれと捲し立てている。
最強の空手家ビギーと、
生贄の運命を逃れたフィニー。
お互いに、ここで何を見たか、何をするかを楽しそうに語り合っているようだ。
「まあ、今回も何とかなったし。
きっと大丈夫よね」
「君もスゲーマンの縁者らしくなってきたじゃないか」
「いつもこんな感じじゃなかった?」
「誰かを見ながら、そういうことを言うタイプじゃなかったよ」
親友同士が笑顔で見つめ合って、
互いの友情を確認し合っている。
……実は、世界樹になってからというもの、
僕にも結構大きな変化が起きているんだけども、
なんだか言いづらいな。
でも、いいか。
こういうのは流れだ。
「実はね。僕、世界樹のマナと少し繋がってるみたいで。
今はこうやって実体化できるようになったんだ。
短期間しかできないけど、僕だけで空も飛べるんだぜ?
凄いだろう……いや、スゲーだろう」
「そう言えば、ベアリタ帝国の皇太子がジェーン様に求婚をされているというのは、
お話になりましたか?」
「えぇーーーーー!?」
実体のある映像として現れた僕と、
全く同じタイミングで、シスマが衝撃の事実を打ち明けた。
ジェーンの注意が完全にそっちに行ってしまい、
クレオだけがこちらを見て眉を上げて「ワォ」と口笛を吹いた。
その目は、ジェーンに向ける慈しみと愛情に満ちたものから、
怜悧な研究者・賢者のものとなっていた。
……カミングアウトが空振りしただけでなく、
モルモットを見る目を向けられるとは……。
少し考えて、ちょっと実体化を収めて、
いつものジェーンのマントに戻った。
「それは驚きだね!!」
とりあえず一緒に驚いておこう。
一年後にジェーンと僕が戦う未来が見えていて、
世界に異常が起きているからって、
求婚者の登場は一番の驚きなことに変わりないからね。




