【二十六】Love Like You
【二十六】
初めての、世界樹。
太さ3km、高さ雲を超えるという大柄ボディ。
人は死んだら千の風になって吹きわたると言うが、
大樹になることもあるようだ。
僕の意識で枝が曲がって、手の形になる。
その気になれば足も動かせるだろう。
里長が魔術で乗り移っていたのを
上書きした形。
ひとまずは、無事に乗り移れたことに安堵した。
「何を惚けているのです!」
まさかの正面から長の声。
正体を探る前に、頬を殴られた。
樹になってぶたれるのは初体験だが、
肉体がある時とはずいぶんと違う。
「この体は僕が操っているはず……!」
「だから、マナごとボディから切り離しました」
目の前にあるのは
エネルギー体になった長。
それも、姿形は膨大なマナを転用したことによる、
世界樹の生き写し。
そして、大きさもこちらとちょうどぴったり同じ。
巨大な青色のエネルギー体が先ほどと同じく包み拳の構えを取る。
リーチと出、そして狙いを悟らせない技術。
すでに僕にはお見通しだ。
「君も知っているだろう。
僕は宇宙最高のヒーローだった。
つまりは、不可能を何度も可能にしてきたんだ」
「それは力と速度あってのものでしょう。
今の私達は力とエネルギーの互角!
ならば何が当てはまるか……そう、技量!!」
「違う、心だ!」
「空手は毎朝巻藁を突き、精神修養とする!」
僕のパンチが容易く受け止められ、長の右手の掌底が鎖骨部分を陥没させる。
大樹の体で鎖骨も何もないが、
感覚でわかる。僕は鎖骨辺りを打たれたんだ。
気のせいかもしれないが、
人体が叩かれた時と同じ様な痛みの量だ。
歯を食いしばって倒れないように堪えるも、
そうしている間にすぐに包み拳に戻る。
さながら凄腕のガンマンがリロードしているかのようだ。
「貴方の存在が変化を呼び、崩壊を招いた。
歴史が繰り返し証言しています。
世界樹も何度も壊れかけたと」
しかし、技術で圧倒的に勝られているからと、
されるがままではいられない。
果敢に世界樹の枝を振るって攻撃を繰り出す。
やってみてわかる。
普段の体とはまるで勝手が違う。
まるでゲームのコントローラーを
一度に十個も操作しないといけないかのようだ。
ストリーマーはそれをやっていた。
サッカーゲームで一人で十一人の選手全てを一度に操作し、
僕相手に全選手ハットトリックを達成していた。
「フフフ。どうしました。ハエ叩きでもしたいのですか」
僕の攻撃を片手だけで捌き、
もう片方でカウンター気味の連打。
繰り返しの顎への攻撃。
普通なら脚に効き始めるところだが、
この体には正確な顎がない。
攻撃をどれだけもらっても、
それは部位ダメージではない。
つまりは、僕の言葉通り、
どれだけダメージをもらっても倒れなければ、それでいいんだ。
格闘技の知識があっても
実践はからっきしの僕は、
生前と同じように愚直にパンチを繰り返す。
攻撃は当たらない。
受け止められる度に手痛い反撃をもらう。
全身を通り抜ける衝撃。
「映像記録媒体で何度も見ましたよ、貴方のことを」
機械的な動作で技を繰り出す。
さっきまでの力に呑まれかけていた心が、
予定外の事態によって平常心に近づいてしまっていた。
何度も何度も繰り返し、打撃を受ける。
「人々を助けた、偉業を達成した。そんな背景があっても、
こうして戦えばわかります。
どれもが、ただ体に恵まれただけだと」
何度も攻撃を受けたことでついに膝を屈してしまう。
重心が下がるというだけで地面が20mは沈んだ。
当然、そのタイミングを長は見逃さない。
手刀の振り下ろしを脳天めがけて放ってくる。
「ぐうっ!」
脳天に当たった。
下を向く形になったことで
こちらを見上げるジェーン達が見える。
ベスとニュルもだが、おおむね、三戦立ちしているエルフを危険から遠ざけている。
その中で、僕の方を見ている。
「大丈夫かなあ」
「わからないけど、こんなの誰にもできないから」
ニュルとベスがそう話し、
エドガーは救助の手を止めて固唾を飲んでこちらを凝視している。
その間も長は拳を振り下ろす。
空手というのは、瓦割りにも代表されるように、
振り下ろしの突きにこそ最強の威力を発揮するもの。
僕の後頭部に、世界樹の質量でその振り下ろしが
ボディを問わず、大ダメージを与えてくる。
痛み、意識が揺れる、表面が次々に陥没するという感触。
「どうです。徐々に生み出せるマナが微量ながらも減っているはずです。
当たり前のことですよ。世界樹も生き物! 葉が光を受けて酸素を生むように!
体積が大きいほど出せるマナも大きい!」
………………!
攻撃に耐えて、状況を凌ぐ僕。
それをせせら笑うような空手の乱打。
一方でジェーン、ジェーンはというと──
「あたしを忘れるなあぁぁ!!」
長の顔面らしき場所にしがみついて必死に動きを撹乱させようとしている。
大丈夫。大丈夫だ、ジェーン。
僕はいつだって押されてからこそ強いんだ。
二人を背丈比べさせれば、人間と米粒。
しかし、ジェーンが白い炎を巻き上げ、
怪力を行使していると表面が焼けて
焦げた箇所が怪力で砕けた。
「どきなさい!」
枝を顔に伸ばし、ジェーンを潰そうとする。
これほどに押したのだ、
僕よりもジェーンを優先したくなってもおかしくはない。
「ここだ!」
だが、僕の狙いはむしろこれだ。
ダメージを受け続け、乗ったのを確かめて。
両膝をバネにジャンプ、
僕の石頭が相手の人中(鼻と上唇の間にある急所)に直撃する。
これはイメージだ。
しかし、素人の動きしかできない僕に
手痛い一撃をもらったなら、
精神的な衝撃はかなりのものになる。
「くっ!」
「まだだ!」
相手が動揺している間に拳をねじ込む。
膝を折って巨大な振動を残して長が転倒。
だが地上は無傷だ。
僕のちょっとした能力が、長の自重より里と人を守った。
「これは……!」
ジェーンが炎を出し、シオンは体の硬質化をした。
それらはおそらく二人の個性だろう。
もちろん、僕だって何もないわけではない。
「地上に薄い膜が……!」
「守護力場。
自分には使えないけれど、
誰かに強力な防御壁を展開させられるんだ」
攻撃には使えない、僕の器用さの問題で、
戦いにもあまり役には立たない。
でも、人命救助にだけは抜群の効果を発揮する力だ。
本当なら人一人が限度なのだけれど、
今は世界樹のボディのおかげか、里全体を覆えている。
「馬鹿な……! これほどの力!
世界、空と一体化したほどの巨大!
これらをもって、何故私が押されようとしている!」
「だから心だって」
長に大ぶりのパンチを喰らわせる。
次に、またさらに次に。
「舐めるな。私はマスター空手!
この体なら包み拳こそがベストアンサーだと知っている!」
両手を重ねての構え。
有効な戦術のはずだった。
だが今の彼はついにマスター空手の心身に罅が入ってしまっている。
よくあることだ。通常の力の範囲ではない物を手にし、
徐々に力に呑まれてしまう、技も覚束なくなってしまう。
「世界樹の体の使い方に慣れてきた。
今の僕は強いぞ。だって強い力を振るうのに一日の長があるからね」
長が回し蹴りを繰り出す。
力みすぎで力の伝わりが弱い。
そのまま腰にタックルをして相手の体勢を崩す。
二体の世界樹の転倒。隕石が落下せんばかりの衝撃になるのを、
フォースフィールドで防ぐ。
マウントポジションになった僕が勝利を収めようとするのを、
貫手が僕の頭の上部を切断した。
斬った。枝の形のはずが。
確認すると、世界樹の形をしていたものが、
四肢を針のように尖らせ、刃の如くしならせていた。
エネルギー体である長が世界樹の形になるのをやめようとしている。
文化を背負った姿、伝統と歴史の体現であるそれのはずが。
「まだ負けられない! こんなにもマナが貯まっているんだ!」
両手両足を枝ではなく鋭利な刃に変化させ、
突きと蹴りを続けざまに繰り出してくる。
いくら雑な動きになったと言えど、
四肢を凶器にされては躱せない。
手だった枝がスパスパと切断され、
断面からは血も樹液も流れない。
「あたしを入れて!」
近づけられなくなったところで、
ジェーンではなくフィニーが両手を振って立候補してきた。
馬鹿な。あまりに危険過ぎる。
「ちょっと危ないって!!」
隣でシーズも必死に止めようとしている。
「大丈夫、ママ!
これがきっと冒険への第一歩だって!」
わけのわからない論理で強引に進もうとしている。
止めたいが、これを止めると、
先ほど後押しすると言った娘の冒険への夢を否定することになる。
「空手やめていいってなったらわかったの! あたしの戦い方!
今なら、ちゃんと戦えると思うから中に入れて!」
たしかに彼女はブラックホール空手での功績、
長にも攻撃を当てた功績と、見事に攻撃を当てることがある。
ジェーンにもわからない、何かが彼女の動きにはあるのだろう。
そのコツを掴んだのなら……しかしあまりに危険だ。
「見ててビギー!」
大声で、戦いを静観していた里の”最強”に呼びかける。
「あたし、最後にこの里で、おっきなことやるから!」
声を振り絞って、希望に満ちた声で叫んだ。
「一緒に里を出て、外行こうよ!」
友達に向かっての叫び。
青春だ。これを目の前でやられては、
ママも他所のおじさんである僕も、
止めづらさが千倍以上になる。
……よし。彼女に任せてみよう。
だが任せるにしてもどうやって世界樹の中に入れるんだ。
口かな? 口を大きく開けるイメージで……
ハイエルフの少女に差し出した枝に穴が空いた。
うわ、本当にできた。挑戦の大切さがよくわかる。
「行ってくるねママ。大丈夫。今のあたしは──大丈夫! とうっ!」
「フィニー!」
穴から僕の内部にフィニーが入る。
ハイエルフだからか、まるで世界樹のボディそのものが
望んで受け入れたみたいにするっと、フィニーが潜っていった。
次の瞬間、僕の巨体が宇宙へ跳んだ。
「やばい、行き過ぎた!」
「大丈夫。僕は宇宙から落ちるのに慣れてるから」
世界樹に入ったフィニーの動きに連動して跳んだ。
遥か高みに到達しすぎた。
急いで戻ると、摩擦熱で全身が赤熱化し、
見上げる長にそのまま蹴りを浴びせた。
普通なら大陸が消し飛ぶほどの衝撃になる世界樹の隕石蹴り。
だが、僕は手加減にだけは絶対の自信があるんだ。
すべての生活が、全力を出せば星を割れる力で、
鉛筆を握り、合同や相似の証明を書き連ねるようなものだった。
いや、それよりはずっと楽しいことばかりだけど。
証明もわかるとそれなりに楽しいけど。
とにかく、そういうこと。
落下の運動エネルギーを赤熱する根の脚に凝縮し、
受け止めた長のエネルギー体と相殺できるようにバランスを取った。
地上への余波は完全にゼロとなった。
「凡夫に無才を入れたところで!」
長が足刀を出すが、それよりも先に膝に足をかけて跳ぶ。
コンパクトに回転(それだけで擬似的な竜巻が発生)しての跳び後ろ回し蹴り。
これも入った。跳びすぎることはない。
フィニーの動きに従うが、行き過ぎた出力は僕が調整している。
自慢だが、生まれてからずっと巨大な力を日常生活レベルにして生きてきた。
「ふふん、僕は手加減の天才さ!」
「あたしもわかったの!」
跳んで、跳んで、低い高度で横回転してのあびせ蹴り。
腹部に直撃。空手ではめったに出ない体勢からの攻撃に、
マスター空手は攻めあぐねる。
そのまま頭跳ね起きを装って両腕の枝で相手の脚を引っ張った。
転倒させたところに倒立をしての膝蹴り。
どれも空手の技ではない。
「型も理も修めぬ者を抱えて勝つ気でいるなど!!」
たしかに空手ではない。
脱力からの沈み、直線的な突きと蹴り、
硬質的な体の捻りによる威力の向上。
そういった空手の特徴は何もない。
だが、攻撃が当たっている。通用している。
奇しくも空手の文化、
空手社会の生贄として期待されていたこの少女は……
「ここでマナを使っての大ジャンプ!」
僕にはできない、
身を満たすマナをふんだんに使っての跳躍。
「これ以上、自由にさせるか!」
捻り貫手が長より放たれる。
しかし、その一撃よりもフィニーの飛翔の方が高くて速い。
素早い動きから縦に回転しての唐竹割りめいた踵落とし。
「ぐわぁっ!!」
「決まったぁ!!」
フィニーはマナを贅沢に使った動きに秀でている。
それも縦横無尽に戦場を動き回るタイプの。
「おのれ……おのれ!! スゲーマン!!!」
怒りに、そして不慣れなパワーに、
マスター・空手の動きから精彩が急速に落ちていく。
「君はこの力を得て、”喪いたくない”と思っただろう」
「当たり前だ! 力を求めずして何が求道というのです!!」
「僕はいらない。僕の送りたい人生に、力はいらないんだ」
「なにが貴方の夢だった!!」
「故郷に錦を飾るオシャレさんデザイナーになることだ」
「なれるわけない!!」
そんなことはない、とは言わない。
僕の人生の結末はここでは関係ない。
僕が第二のちいかわを生み出せたかどうかは、
問題ではない。
「少なくとも、力を抱えて”生活”するのが僕の人生だ。
そして、恐らくは僕はそれこそを最強の武器にしてきた」
長が走ってくる。
「あと、フィニーにはできるのさ。
彼女のやりたいことが」
遮二無二な連撃。
重さも精度も乱れた動き。
フィニーの動きが後ろへのブリッジとなり、
世界樹の根が下から上への逆風となって、攻撃になる。
空手ではない、自由な型の技。
──生贄として期待されていたこの少女は、無形めいた動きに抜群の適性があったのだ。
この里の文化、環境ではまず開かない才能だった。
尻もちをついた長が、
自分の状態に屈辱を覚え、
歯軋りしているかのように震える。
「逃さない……!
貴方達にはまだまだ世界樹の大暴れを引き受けてもらう!
その命が尽きるまで!」
「ならあたしが引き受けてあげるわ!」
長の背後からジェーンが脚をあげての大々的な跳躍。
僕には一瞬、わからなかったが
先にフィニーが狙いに気づいて、走り出す。
助走の中に側転とロンダートとバク転を決める。
派手な動きだ。注目がこちらから外れない。
「生きて数十年程度の小娘の浅知恵に、
里の、世界の命運を託せるわけないでしょう!」
「ラリアーーーーット!」
「トドメ!」
フィニーのラリアットとジェーンの回し蹴り、
その交差点に長の首が挟まり、
ジェーンの脚に白い炎が凝縮し、解放。
巨大な斜め十字の炎。
受け止めたエネルギー体が耐えきれずに爆発した。
手を伸ばしてジェーンを包み、
内部のフィニーも守ろうとして
僕の体である世界樹、その枝の9割がエネルギーの破裂で砕けた。
爆発から落ちる長を仮面の男が受け止めた。
意識はないが、戦いが終わってもうなされて、うめき声を出している。
「兄上……申し訳ございません……兄上……」
その様には同情を禁じ得ない。
恐らくは、ブラックホール空手を遺した兄への想いで、重圧に耐えてきたのだろう。
結果、長として以外の生き方を、思想を、見失ってしまっただけで。
だが、それでも人死には出ない終わりを迎えられる。
ならばこれ以上のものはないはずだ。
「ビギー! どう!? 見てた! あたし、凄かったでしょ!」
世界樹の内部から出てきたフィニーが
駆け寄ってきたビギーに手を振って迎える。
「大丈夫だった?」
心配を他所に、興奮したままにフィニーが跳ね回った。
ようやく自分の才能を見つけて、喜びを隠せないのだろう。
「それよりね! あたし達、似てると思わない!?
だってどっちも親がもう里にいられなくて、
あたし達も、外にやりたいことがあるの!」
「う、うん」
「だから、姉妹になりましょ!!」
姉妹ぃっ!?
その場の全員が口を揃えて驚愕した。
だが、当の発言者は気にしていない。
これからのことに胸を煌めかせるばかりで、”友達”という言葉では足りないようだ。
僕にも覚えのあるドキドキとワクワクだった。
セイメイと会って、彼を知った時の僕だった。
「それなら道がこれから分かれても、繋がれるもん。
あたしも、実績付けたし、今度は無視しないでくれるといいな」
興奮のままに捲し立てたフィニー。
たじろいでもおかしくない熱量と提案だが、
ビギーは、自身の父を振り返りそうになり……やめて、頷いた。
「わたしでいいの?」
「もちろん!」
二人の進路が定まったのを遠目に見て、
ジェーンが世界樹の肩に座った。
「枝も主幹の先端も折れたわねえ」
「大丈夫か不安だったけど、特に問題ないみたい、
ぶっつけ本番の閃きだったけど、やってよかった」
長の言葉を聞いての思いつき。
手繰り寄せた発想へのロープは、秋田での生活、その思い出。
父、母がどうやって”巨きなもの”に向き合っていたか。
その記憶が、いつも僕に無限の勇気と強さをくれる。
圧倒的な大きさだった世界樹。
だが、激闘が過ぎれば、
体積は10分の1にも収まっていた。
折れた枝が里中に転がっているのは問題だが、
後片付けを抜きにすれば……
この出で立ちでは、湧き出るマナは大きく減ることだろう。
「実家でも、育ちすぎた名木はこうやって枝を剪定してたりしたなあ」
「これで大丈夫なのかな」
「わからないけど……先延ばしは間違いなくできた!」
少なくとも、膨大なマナが制御不能になる気配はない。
こうなってしまえば、しばらくは
生贄のことも考えなくて良くなるだろう。
「それでいいのかなあ」
ジェーンの顔は浮かない。
完全解決ではないからだ。
「いいんだ」
不安を浮かべたジェーンに、
父として力強くうなずきかけた。
「君は、一年前、今の自分の姿を予想していた?」
世界樹と会話しているジェーンが首を何度も横に振った。
「そういうこと。どうにもならなくなったら、
みんなでなんとか頑張ろう」
「ええ……そうよね! あたしもたぶん100万年の100倍生きるし。
時間はたっぷりあるはずなのよね」
「当然。君達にはたくさんの明日があるんだからね」
「とにかく、”殺してからの後悔”はなくて、本当によかった」
小声、ともすれば口の中だけの呟き。
彼、シオンのことを思い出しているのだろう。
たしかにそうだ。彼女は今回、自分を殺しに来た親も、
思想として相容れないエルフの里の人達も、死なせなかった。
「僕達ならこれからも大丈夫さ」
ジェーンが小さく頷く。
励ましの言葉はちゃんと届いた。
これでひとまずは一件落着、そう思う。
無限の未来が待っている彼女には、その未来を信じる心を持ってほしい。
そのためなら、僕はいつだって彼女の踏み台にも道にもなろう。
「もしも、あたしが少しでも貴方のようになれたら、
貴方が信じてくれたあたしに、半分でもなれたら、
貴方のように、みんなを愛せるなら、あたし、何だってやれちゃうわ」
歌うような呟き。
驚いた。僕の時代に流行したアニメのエンディング曲だ。
フィニーに紹介されていた曲の中で、それが特に気に入っていたのか。
”Love Like You(貴方のように愛したい)”。
愛せずに傷つけてばかり、愛するように愛せなかった人が、
眩しい誰かに歌う曲だった。
時を超えて、その曲を、娘が歌う。
時間とは、歴史とは、面白い。
後の差し迫る課題は、どうやって世界樹から僕を切り離すかを考えるだけ。
方法は思いつかないが、きっと──
締めに入った僕は、安らげるという空気感に浸っていた。
未来を信じて、瞳を閉じられる瞬間だった。
だから、油断した。
「スゲーマンを出してくれる人、連れてきたよ!」
「私に踏まれないといけない豚野郎はどこかしら!?」
ここに来る前に戦って捕まえたヴィラン、クエイク・クイーンが鞭をスナップし、ふんぞり返って高笑いしていた。
彼女の鞭は、裡を枠から弾き飛ばす。
…………これから僕が何をされるかわかった。
そうか…………僕は、これから豚野郎と罵られて、女王様に鞭で打たれるのか。




